夏祭を楽しむメイド【私】の物語。

「お願いします。若旦那っ、この通り!」


 商店街連合会の世話役たちが土下座せんばかりに頭を下げる。奏が、というか私たちが住んでいるお屋敷は日本政府から提供を受けたものだ。旧華族が昭和初期に建てたもので、重要文化財にも指定されている。


 奏は調度や老朽化した建物に「時間遡行そこう」の魔法をかけて使っている。ただ、断熱材とかは使われていないので、さらに魔法でコーティングしているのだ。


 ここは最近まで公園として地元にとっての観光地でもあったが、それまで管理していた都庁にはあまり商業的なイベントをさせてもらえなかったらしい。敷地内で納涼祭イベントをやりたい、という申し出が目黒区内のほうぼうの商店街組合からよせられたのだ。さすがに一つだけに限定すると、今度はうちがうちがと喧嘩になり、結局連合会主催ということでまとまったのである。


 しかも金が無いとか言い出す始末。あきれ返った奏が魔王主催、商店街共催ということでスタートしたのだ。すったもんだがありすぎてどうなることかと心配したが思っていたよりずっといい感じになった。


 色とりどりの魔法で発光するおびただしい風船が駅から屋敷までの沿道を柔らかな光で照らす。間違いなく「映える」わね。若い男女がキャッキャしながらスマホを振り回していた。


 敷地に入れば両脇には露店が立ち並ぶ。「人間」が出した焼き鳥やたこ焼き、綿飴や焼きそば、と言ったお馴染みのものもあれば、「魔人」や「亜人」が出す異世界の露店もある。クレープに似たものやアイスクリームに似たもの、フライドポテトに似たものだが味は美味しい。馴染みの味とは少しちがうんけどね。


 祭のコンセプトは「異世界の祭、異次元の夜」なんだそうだ。まあ、本当に奏がオデッサから魔族や亜人の的屋さんを呼んでくるとは思わなかったけどね。エルフやドワーフ、ホビット。ゴブリンやオークまでいる。みんな喜んで一緒に写真を撮っていた。


「すげー、本格的リアル過ぎる、コスプレ。」

お客さんも大喜び。いやー、実はね、ホンモノなんですよね。


 メイン会場の広場に出れば灯は仄暗く設定されて、屋敷の壁面をスクリーンにしたプロジェクトマッピング風の映像が流れている。風、というのは魔法を使っているら。予想以上に大勢のお客様でごった返す。広場には目黒区の商店街連合会きっての名店が出店を開いていてたいそう賑わっていた。奏もおじさんたちに囲まれてなんとも複雑な表情を浮かべている。まあ経費はほとんどが奏持ちだし、これだけ集客があればウハウハだろうな。


 奏がずっと私の横顔をチラ見していたのはわかっていた。だって、この光景シーンは見たことがあるもの。あれはマーヤさんの最期の夜の記憶。とても素敵な花火大会。彼女が精一杯の想いを告げた夜だった。彼の耳には届かなかったけど。多分、奏が花火大会に行くのを渋ったトラウマの原因だと私は思う。


 私はマーヤさんのことをよく知っている。というのも彼女の形見の髪留めバレッタを私がしているからだ。これは魔法具で彼女の記憶が記録されており、「魂の波長」が同調シンクロするという私にしかその記憶を見ることができないからだ。


 彼女が奏になんと言ったかも、どんな気持ちで言ったかも私だけが知っている。ただ、これは奏にきちんと訊かれるまでは答えないで欲しいというのが彼女マーヤ残留思念おもいだった。

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