夏祭りを楽しむメイド【私】の物語。



「真綾に大事な話があるんだ。」

え?「大事な話」というパワーワードに思わず私の脳内がパニックを起こす。


「教えて欲しいんだ。マーヤが亡くなる前日、俺たちは花火を見たんだ。その時、マーヤが俺に伝えたいことがあったんだけど、花火の音で聞こえなかった。マーヤの言葉がなんだったか教えて欲しい。」


ついに来た。いいよね、マーヤ。彼に伝えてしまっても。


 マーヤはあの魔王との決戦の日、死ぬ運命にあった。マーヤの血によって力を倍加させギリギリ魔王に打ち勝った奏にも、他の仲間たちにも彼女を助ける魔力も魔法薬もなかった。


 その時、奏は瀕死の魔王から力を受け取ったのだ。マーヤを死からあがなうにはそれしかなかった。でも、それは彼が勇者としての資格を失い、将来得るべき全ての栄光を諦めることでもあった。


 奏に迷いはなかった。全てを投げ打ってもマーヤを救う。揺るぎない気持ち。愛する女性を守れない男に勇者を名乗る資格はない。奏はマーヤを自分の手に取り戻し、勇者の称号を手放した。


 助かったマーヤは自分を責めた。助けてくれたことを毎日のように感謝し、奏の栄光を失わせる結果になったことを毎日のように詫びた。宮廷を追われた時も涙を流した。


 でも奏には窮屈な宮廷勤めより辺境で魔王として魔族の仲間たちと愉快に過ごす方がよほど性に合っていたのだ。


 奏は私にそう語った。この話はマーヤさんの記憶に合致する嘘偽りのないものだ。じゃ、教えてあげる。


『私、あの時は本当に死にたくなかったの。私は世界を敵に回してもあなたと一緒にいたかった。だからこんなに自分勝手で、世界の未来よりも自分の幸せの方が大切なわがままな女を助けてくれて本当にありがとう。愛してる。』


 私が言うと、奏が確認する様に私の顔を覗き込む。


 これは真実よ。でも、前半で花火の音でかき消されちゃったから、後半は言ってないかな。でも、マーヤさんはそう言うつもりだったんだ。そう、マーヤさんはあの時一生分のわがままを使い果たしたんだ。だから、奏には愛するという気持ちしかなかったんだ。


「良かった⋯⋯。俺の決断が間違ってなくて。」

奏は泣いていた。いや、涙だけが出ていた。大丈夫、奏の決断を迷惑だなんて思ったことは一度もないよ。そう言って奏の頭を撫でる。


「さ、主催者がサボってたらダメじゃん。戻ろっか。」

そう言って俺にハンカチを渡す。

「さっさと涙を拭きなさい、旦那様。」

涙を拭いた奏の顔は少しすっきりしたようだった。彼の心のつかえが軽くなったのかもしれない。


「じゃ、最終日もよろしくお願いしますよ、若旦那。」

店は奥さんに任せてすっかり出来上がったおじさんたちが意気揚々と引き上げていく。


「もーーーー、日本人は祭の時はなぜ民度がこんなに下がるんや!」

自慢の庭を荒らされまくったマリコさんはぷんぷんしながらゴミを片付けている。

師長マイスター、花見と花火とハロウィンもですよぉ。」

部下がボケともツッコミともつかない合いの手を入れた。


 奏は明日の夜に公開する光の妖精のショーのリハーサルに立ち会うため広場の真ん中に寝転んだ。空が美しい光に溢れる。近所迷惑にならないよう結界でマスキングして。


 私は奏の横に寝転がると手を握ってみた。

「いいの?」

間違いなくマーヤとの甘い記憶を反芻はんすうしている奏がおずおずと握り返してくる。


「そう言う気分なんでしょ、今日くらい付き合ってあげてもいいわよ。」


 ああ、まじで綺麗。きっといつか、奏にとってこの祭が良い思い出になるといいな、私はふと、優しい気持ちに満たされていた。

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