魔王な【俺】の物語。絶望の淵から。
「おはよ、奏。」
目が覚めるといつも傍らにマーヤがいてくれた。魔王討伐の旅、そして辺境伯として過ごした併せて4年近い日々。恋人として妻としてずっと支えてくれた人。
今はふと横をみても真っ白な妖精のような彼女の姿はそこにはない。まるで象牙細工のような白い指、小さくて柔らかな掌もそこにはない。
身を引き裂かれるような強烈な心の痛み。そして喪失感。勇者にして魔王という最強の力を持ってしても守れなかったという自責の念。
無駄に広い寝室。無駄に広いベッド。無駄に白い天井。マーヤは王宮で宮廷魔術師たちによって暗殺されたのだ。その下手人たちはその場で近衛兵たちによって惨殺される。
俺の存在を快く思わない過激派の一味だったと王は俺に謝罪した。俺は立場上何も言えなかった。暗殺犯たちの背後にいたものは間違いなく王家だ。俺の力を強大にするマーヤの血。それを排除するための罠だったのだ。
ただ物証はどこにもない。
マーヤを奪ったやつを俺は許せない。ただそれ以上にマーヤを守れなかった俺を俺自身が許せなかった。俺は城に帰ると部屋にこもって酒をあおり、絶望の淵でただのたうち回っていた。
身体の中を破壊衝動が貫く。すべてを破壊し、蹂躙せよ!復讐の時は来たのだ!俺の中で「旋律の勇者」と「戦慄の魔王」が壮絶な葛藤を繰り広げる。
「旦那様。」
俺の部屋に椿姫が勝手に入ってくる。その後ろには大勢の美女たちが控えていた。
「何事だ?」
ぶっきらぼうに尋ねる。椿姫は腰に手を当て床にだらしなく酔い潰れた俺を見おろした。
「惨めなものですね。とても私を降した勇者様とは思えませぬ。今なら私一人でもあなたに勝てましょうに。」
「なら……そうするがいい。」
俺は目を背ける。椿姫は片膝をつき礼をとる。そして俺の肩に優しく手を触れた。
「それでは旦那様、我が楔名『椿姫』の名に懸けて非礼のほどをお許しください。者どもかかれ!」
俺は後ろの美女たちを見て驚く。
そして俺をベッドへと連れていく。次に待ち受けた展開を理解した俺は、俺には愛する妻が……と言いかけて絶望する。そう、その最愛の存在はもういないのだ。俺は声なき声で絶叫した。
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