降臨した本職メイドな【私】の物語。

 「トニー先生!PR手伝ってよ。いや、そこに座ってるだけでいいかも。」

女子たちは大喜びするが、トニー先生は女性を何人か連れていた。ざわつく女子生徒。派手なメイクをした綺麗なお姉さんたちが先生にまとわりつくようにしていたからだ。間違いなくキャバ嬢である。

「どう?ケーキ食べる?特注品のケーキだから味は保証できるさ。」


先生は注文を済ますと周りを見回す。

「さすがに調度インテリアのセンスはいいね。ところで奏、そこのピアノは飾りなのか?自分で弾いてみたらいいんじゃない?」

そう言えば、私は奏が帰って来てから戦闘以外でピアノを弾いているところを見たことがなかった。しばらく弾いていないから腕が落ちたとか?


奏は首を傾げる。

「うーん。魔道器ベーゼンドルファー影響せいでかえって腕がとんでもなく上がってるんだよね。自分が努力したもんじゃないから使っていいものかどうか⋯⋯。」

真面目か?使えるモンは親でも使えって言われてるでしょうが。すぐやんなさい。


「じゃあ弾こうか。」

奏がピアノの前に座る。最初に弾いたのは某有名RPGの戦闘シーンのBGMだった。


「そう、これこれ。これはじまると上がったよねぇ。」

トニー先生が懐かしそうにうなずく。何がこれこれよ?ここはカフェなんですけど。もっと落ち着く曲にしてよ。でもそれにしてもここまで上手くなっていたとは知らなかった。


 BGMなので消音ペダルを踏みっぱなしの演奏。最近流行ってる曲を中心に弾いているうちに結構お客さんが集まってきた。


 私は琴音ちゃんがYouTubeに上げてた奏の弾き語りの動画を思い出す。私も彼が帰ってくるまでは何度も聞いていた。自分なりに物凄くガンバっていたあの頃を思い出して泣きそうになる。今もがんばっているけどあの頃の悲壮感はない。パパとママに会えない寂しさは募るけどそれなりに充実した日々を送っている。


 メドレーが終わると拍手が起こった。

「奏、久しぶりにアレでも歌おうか。」

トニー先生がリクエストする。いつの間にか先生はバイオリンを手にしていた。

「歌はちょっと⋯⋯。」

奏はものすごく恥ずかしそうだったが先生がバイオリンを弾き出すと再び弾き始める。少し哀愁がただようマイナーコードな感じのメロディ。そして歌い始めた。


 失った人を思い、懐かしむ。自分の犯した失敗と愚かさを悔い、それでも前へ進んでいく気持ちを歌う、そんなバラード。みんな思わず引きこまれる。


2番はトニー先生が歌い、リフレインは二人で歌う。おお、ちゃんとハモってるじゃん。

「やっぱりトニ先カッコいい!」

曲が終わると拍手。声もマスクも圧倒的に甘いトニー先生に称賛が集中する。まあそうなるわな。


 で、なんの曲?すごい厨二感たっぷりだったけど。トニー先生は笑った。

「ああ。俺たち転生者が故郷を思って作った曲でよく仲間パーメンで歌ったのよ。『朝ぼらけ』って題だったかな。ちなみに奏は真綾ちゃんを思って歌ってたのさ。」


え、思わず顔に血が上る。『マーヤ』さんじゃなくて私なの?

「そらそうさ。あの頃マーヤは奏のすぐ傍にいたからな。考えたら可笑しな話だな。真綾ちゃんを思ってマーヤに聞かせた歌を今はマーヤを思って真綾ちゃんに聞かせる、か。」


そう言ってから先生は私の頭を撫でる。

「すねるほどのことじゃないさ。奏があれを歌えたってことは絶望から立ち直ろうとしている証拠だし、そこには真綾ちゃんの力も大きい。だからありがとうな。奏をたすけてくれて。」


いや、私なんにもしてないですけど。それにねてもいないですし。

「ま、これは俺の主観だから。あとここの不調からの打開策は奏に伝えておいたから。じゃ、また明日。」


そう言ってお姉さんたちをはべらしたまま去って行った。

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