バレンタインデーに驚愕する【私】の物語

 「もうすぐバレンタインですね。ナデちゃんへのチョコレートですか?」

私がネットでチョコレートの記事を見ていたら急にバンちゃんが後ろから私に声をかけた。もうびっくりさせないでよ。


 そういえばこの間の戦いでバンちゃんは何やってたの?彼は意味あり気にウインクする。

「それは秘密ですよ。でも報酬分はきっちりと働いてましたから安心してくださいね。」

 きっとなにかはやってはいたんだろうな。さて、季節はバレンタイン。例によって近所の商店主たちが「仲間になりたそうな目でこちらを見ている」状態だったが、奏も先の戦いでさすがに消耗しすぎて勘弁してもらったみたい。例の都知事もエンゼルのコスプレを用意してたらしいけどごめんなさい。


 うちの高校はバレンタインのプレゼントは原則持ち込み禁止なんだけど、生徒会長が女子の年は特例解禁になるというおかしな伝統がある。紗栄子も無事に「特例」を勝ち取ってきたのだ。ちなみに会長が男子の年はバレンタインは当日は4限で授業が終わりプレゼントを渡す放課後が早く来るという特例である。じゃあ全面解禁しろよと思うのだがそういうものではないらしい。


 「じゃあお屋敷でみんなでチョコ作りだ!」

紗栄子たちが盛り上がっている。私は家で奏に直接渡せばいいだけの話なので持ち込み関係ないのですが。また奏になんでまたウチでやるんだよ、って言われそう。ま、そう言いつつ万端に用意させてるんだけどね。ドMかよ。と言いたいが日本ではこれができるのが「大人」ということらしい。


 厨房でやるのかと思いきや和館の広間で女子生徒が大勢集まっていてびっくりした。それでも一応は人数を限定したらしい。講師はうちのブラウニー&ホイットニーの妖精姉妹。試食してびっくり。なんだよこの異次元の美味しさは!?ますますお菓子作りの腕とセンスが人間離れして行ってる気がする⋯⋯いや、もともと妖精だから人間離れして当たり前なのですが。


 正直言ってこの二人が作るデザートを毎日食べている奏にチョコを渡すというのがなかなか無謀な気もするんだ。違う意味で勇気がいるんだよね。

「はい、分量さえ守れば必ずそれなりの味になりますよー。皆様の応用とか機転とか閃きとか工夫とか全く要りませんのでー。あ、発想の転換も要らないですからね。」

講師たちもなかなか厳しい。


 バレンタイン当日、私は恐る恐る奏にチョコを渡す。

「ありがとう。実はいつ渡されるかもって朝から緊張してた。」

奏も嬉しそうだ。

「そう言えば俺って真綾以外はお袋と琴音からしかチョコもらったことないんだ。」

そういえば幼馴染みだった幼稚園児の頃、あげたような記憶が⋯⋯。彼は嬉しそうに包みを開け一つ手に取って口にした。


「真綾ありがとう。甘くて美味しいよ。」

奏が私をスッと抱き寄せる。こ⋯⋯こいつ手馴れてやがる。顔が童貞くさいからついつい油断してしまうんだけど、実は恋愛の経験値は私よりずっと上なのをすっかり忘れてた。


 初めてのキス。口にチョコレートの甘さとほろ苦さを感じる。少しカカオ多過ぎたかな。いや、分量ちゃんと守ったし。これがファーストキス?


 いや実は奏とはもう幼稚園の頃にファーストキスを済ましてたらしいです。それをママに中学生の時に言われてとてもショックだったけど。何しろ全く記憶にございませんときたもんだ。


「きょ、今日はここまで⋯⋯。」

キスの余韻から覚めると思わず私は身を離す。奏もそれ以上拘束しなかった。


 私もここに来て少しだけ素直になれたと思う。もっと素直にはなりたいけど流されてしまうのは嫌だ。


 晴れて奏のパートナーになった私にはメイドとしての公式な仕事はなくなってしまった。でも私は事あるごとにメイド服を引っ張り出しては助っ人に入る。みんなも遠慮する素振りだけして嬉しそうに仲間に入れてくれる。このお屋敷と学校が私の世界のすべて。それが私が選ばざるを得なかった「生贄」という生き方なんだ。


 でも私はその選択を後悔したりはしない。だから彼との関係はこれからも大切に育んでいきたい。慌てず、一歩ずつ私たちのペースで。


 2月も終わろうとするある日、

「真綾さん。あなたが欠員したことで新しいメイドを補充しましたよ。」

椿姫さんが私の部屋を訪れた。


へえ、どんな子だろ。おい、まさか⋯⋯。超絶美少女やんけ、しかも見覚えあるどころじゃないレベル。その子はすすっと前に出るとエレガントにお辞儀する。


「新しく入ったステラ・リュパンです。得意なものは治癒魔法です。よろしくお願いします。」

ステラちゃん、こんなとこで何やってんの?


「ステラは合衆国と財閥連合からの生贄として旦那様に献上されました。最初は旦那様も固辞されておられましたが、日本政府からだけ受け取るのは不公平だろうとの抗議を受けお引き受けになられたのです。


 あなたに代わり旦那様付きのナースメイドを担当します。あなたの方から業務の引き継ぎをよろしくお願いします。」

ちょっと椿姫さん、奏がステラちゃんに手とか出したらどうするつもり?下手すると国際問題だよ?


「リュパン家からは旦那様と彼女との間にお子様ができればすべて引き取って大切に育てあげますのでご随意にとの申し出がございます。彼らとしてはむしろ大歓迎ウエルカム。リアム殿を失った今、彼らには魔王と勇者の血がどうしても必要なようですね。」


はあ。頭がおかしいんじゃないの?手を出すことが前提かい。ステラちゃん、奏に変なことされそうになったら私に言いなさいよ。


 ステラちゃんは首を傾げる。

「んー、私は奏のことは大好きだから大丈夫だよ。奏は私が嫌がることなんかしないもん。だから私も真綾みたいになれるように頑張るね。」


 私はこの時気づいた。この子は純粋だ。そう生粋の「肉食獣」なのだ。

彼女は保護対象ではなくライバルなのだ。ああ、でも世間ではかわいそうなのはステラちゃんで私は強かな女なんだろうなぁ。なんか涙が出そう。


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