平和な日常を望む【私】の物語。「 夏風邪をひいた日」

 梅雨時である。今日も雨が朝から降りしきっている。今日はあまり体調がよろしくない。少し咳も出るようだ。熱は36°9。私はいつも平熱が低い方だから割としんどいかも。身支度は整ったが少しふらつく。奏が私の不調に気づいたみたい。


 「大丈夫?無理しないで学校休んだら。ナベ先(担任の渡邉)には俺から伝えておくから。」

 でも護衛が行かないわけにもいかないし。

「そうか、だったらついでに俺も学校休もうかな。」


 アンタは行って来い。私は嫌がる奏を車に押し込むとベッドに戻る。私の部屋は元の女中室だった部屋の一部を6畳ほど仕切ってある。収納魔法つきのクローゼットがあるので意外にすっきりしている。実は魔族のみんなは住み込みではなく、一階にあるゲートを使って異世界にある城から通っているのだ。残りの部分は男女別の宿直室になっているのだ。


 私は風邪薬は効かないからなあ。とりあえず眠ってみる。すぐに寝ついて次に目を覚ましたらもう昼過ぎだった。サナさんが付き添っていてくれたらしい。

 ただの風邪だからそんなに気を遣わないで。私の言葉に首を振る。


「これを旦那様が真綾に、って。」

渡されたのはドリンク剤だった。ラベルが無いので少し怪しい気もするが味は普通のドリンク剤だ。これなあに?


 「ポーションよ。程度が軽ければほとんどの『状態異常』は全快するわよ。」

まあ風邪は病気じゃ無いってよく言われているけど「状態異常」て⋯⋯。

私がくすくす笑っているのを見て安心したのかサナさんは私の頭を撫でると

「じゃあもう一眠りしなさいね。風邪は治りかけが肝腎だから。あと何か食べたいものある?」

 じゃあ、妖精姉妹の甘いものスイーツがいいな。


 私は眼を瞑ると再び眠りにつく。今回の夢はマーヤさんの記憶の再生だ。ひたいに手の平の感触を感じて目を開けると奏がいた。ぎゃあなんであんたがっ!って叫びそうになるがすぐにマーヤさんの記憶だと気づく。


「マーヤよく眠れた?熱は下がったみたいだね。」

「ええ、あなたの魔法が効いたみたい。ねえ、ずっと付き添っていてくれていたの?」

「まさか、今来たところだよ。」

いや、間違いなくずっと居たやろ?奏はしゃがみ込むと顔を近づける。近い!近いってば!


「ねえ、私の寝顔、変じゃなかった?」

「いや、きみの寝顔はとても愛らしくて見ていて飽きないからね。まるで子猫みたいだったよ。」

キモっ!やっぱり見ていたやんけ。私のゲンナリ感をよそにバカップルのイチャイチャトークが続く。マーヤさんお願いだから再生やめてください。ライフがゴリゴリ削られてるんですがっ。風邪再発ぶりかえすわ。


「ねえ、何か食べたいものある?」

「んー、妖精姉妹が作る甘いものがいいな。ダメ?」

あちゃー、私と同じこと言ってるよ。しかも奏のとろけそうな笑顔。

「いいよ。キミがもう一眠りしている間にこしらえてもらうね。おやすみ。」

 そう言って額にキスすると奏は部屋を出て行った。ねえ、まさかこれ本物の「記憶」じゃないですよね?できれば「妄想」だったということにして欲しいんですけど。


そこで私が目を覚ます。するとワゴンと奏が目に入る。

「どう、具合は?」

手で確かめんのかい?いや要らんけど。えっと、ポーション効いたよ。どうもね。私が礼を言うと奏は心底うれしそうな笑みを浮かべる。

「ティラミス作って貰ったよ。少し甘さ控えめだって。あとリゾットかな。」

いい匂いがする。体調も回復した甲斐あってお腹が空いてる。あーハイハイ、自分で食べられますんで、それ置いて部屋の外に出てくださいな。私は照れ隠しでも最低のリアクションを取る。でも奏の反応は変わらない。


「おお、素の真綾に戻ったね。よかったよかった。じゃ、俺戻るわ。華と紗栄子がとってくれた授業ノートのコピーと、学校からのお知らせのプリント、机に置いとくからな。ワゴンはサナが後で取りにくるからそのままにしといて。」

奏はそういうとすっと背を向けた。思わず呼び止める。

「ん?」

奏が振り向く。今日はごめん。そしてありがとうね。

「どういたしまして。俺たちは家族ファミリーなんだから遠慮すんなよな。じゃ、また明日。」

うん。ちょっと胸の奥が暖かくなる。

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