目立たぬ日常が欲しい【俺】の物語。手放せないもの。

 今晩は久しぶりにトニーと酒を酌み交わしている。いや、設定上今は高校生なので俺が飲んでいるのはあくまでも「般若湯はんにゃとう」である。真綾もメイドとしてではなく俺の同級生として同席した。


 結局、「反魔族の血」ってなんだったんだろう?世界を救い、俺を魔王に変え、俺から愛する女性を奪ったもの。

「本当のところは俺にもよくわからないのさ。」

え?トニーが錬成してくれたじゃん。


「俺はコピーしただけだからな。」

なんだよそれ。で、勇者くんたちに装備を作ってるんだって?どんな感じのやつ?


「それはナイショだ。たとえお前が相手でも依頼者の秘密は厳守なんでね。」

そうなんだ。そういうところだけはしっかりしてるよな。女にはだらしないくせに。

「俺は女にだらしなくなんかないぞ。恋愛と女性に対して常にその瞬間瞬間を大切にしているだけだ。」

 トニーの屁理屈、いや詭弁はいつでも楽しいわけじゃない。やり過ぎて不快だったり、正論以上に抉ってきたり。でも基本的にこいつは信用できる人間なのだ。なぜならトニーは彼自身を決して裏切らないから。


「お前みたいに大切なものを作ってしまうと失った時が恐ろしすぎるからな。だから俺は瞬間を生きる。そして振り返らない。いい女は誰にとってもいい女だからな。独り占めなんかしたら勿体無いだろ。だからお前も振り向くのをやめればいいのさ。マーヤは違う世界に転生したんだ。とっくにもうどこかで良い男と巡り逢っているに違いないさ。」


その時真綾が口をはさんだ。

「じゃあ、マーヤさんに似た私が奏のそばにいない方が良いんじゃないの?それってめっちゃ過去を振り向いてるじゃん。」


 グサリと来た。俺は真綾を手放せないでいる。俺にとっての真綾は「戦利品」なのかもしれない。この世界の非力な一高校生だった俺が無能力ながらも命がけで守り切った唯一の証。勇者で魔王という比類なき力を持ちながらいちばん大切なものを守れなかった自分への免罪符めんざいふ。だから俺は言葉につまる。


しかしトニーはすぐに否定した。

 「違うよ真綾ちゃん。俺が言いたいのは、真綾ちゃんの『向こう』にマーヤを見るのをやめなということさ。そこにマーヤはいない。」

そして真綾の胸を指す。

「つまり真綾ちゃんの『中に』マーヤを探せばいいんだよ。そこに彼女はいるはずだからね。」


 リアクションまで数秒を要する。なぜならマーヤと違っておっぱいは小さいんですけどね!恐らく3人とも同時にこの同じセリフを心の中で叫んだはずなのだが、折角のイケメンなセリフを台無しにしないため誰も口にしなかったのだ。


 トニーの言いたいことはわかる。そう、相手を思い、気遣い、信頼し、大切にする気持ち。つまり愛するという気持ちがマーヤと俺の絆。だからこそマーヤの血は俺の力を倍増させるのだ。そして、今この世界で同じような絆を育めるのは互いに同等イーブンだと思っている真綾しかいない、ということだろう。


 でもな、愛ってのはトニーの得意な瞬間芸とは違うんだぜ。真綾が俺を相手にするはずがない⋯⋯。いや待てよ、最初の勇者との対決の時に真綾の汗の成分が効いた、ってことはつまりだな⋯⋯。俺は一気に酔いが回ってくるのを感じていた。

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