旧友の宣戦布告に戸惑う元勇者【俺】の物語。

「奏、ここ座ってもいいか?」

 昼休みも後半に差し掛かってのカフェテリア。俺と真綾は最近は混雑を避けてこの時間帯に昼食をる。濱ちゃんのように遠方から通う生徒と違い、朝食の時間が比較的遅いから空腹加減にも余裕というのもある。


 そこにジャスティンが近づいて来たのだ。すでに食事は済ませたらしい。彼が座るとロックフォード家のメイドさんが彼の前にコーヒーを置く。女子生徒たちが羨ましそうにこちらを見ていた。


 ジャスティン・ラウ。9月から3Eに転入して来た噂の転校生は、背も高くてハンサムで、しかも成績も優秀だそうである。まあ、そして、俺と知り合いだということはすでに校内では有名な話である。


 気取らない性格で、人当たりも良くたいそうモテるらしい。でも、既婚者ですけどね。俺の元に何人かジャスティンを紹介して欲しいと頼まれたのだが断っていた。さすがに既婚者とは言えず、「婚約中」とだけ伝える。


「今回、ぼくは君の敵に回ることになったよ。」

ニコニコした顔で怖いことを言うやつだ。話を聞くと彼は「中華連邦」の依頼で召喚されたそうだ。誰が、どうやってお前やトニーをご指名ピンポイントで召喚するんだよ。あり得ないだろ?


 「あり得るさ。君だって自力で元の世界に帰ってきたんだ。ぼくらにも似たり寄ったりのノウハウがある、ということだ。それに、何と無く君がぼくを避けているようだったしね。」

  

 もちろん、聞きたいことは山ほどある。それは、お前が俺の「敵」になるための理由づけが必要なんだ。

 

 マーヤ暗殺の主犯、ミシェル・ルグランはリリアの御学友、つまり幼馴染みであり、かつてはリリアの婿候補に名が挙げられていたことさえある由緒正しい貴族の子弟、伯爵家の跡取り息子だった。


 確かに彼にとっていきなり異世界から現れた俺は「ライバル」だったかも知れない。しかし、俺がマーヤを伴侶として選んだ以上、俺もマーヤも姫の寵愛ちょうあいを巡るライバルではなくなったはずなのだ。


 それなのに彼はなぜマーヤをつけ狙ったのだろうか?しかも彼はマーヤを殺害したあげく、その直後に王が遣わした憲兵によってあっさりと殺処分されている。「裏切られた」と言う叫びをあげながら。


「さあ、君が信じたいものを信じるしかないね。」

俺の推測をジャスティンは軽く受け流す。


 つまりミシェルは自分の欲望のままにマーヤを害したのではなく、誰かの意図に沿って追い込まれたことになる。そして、その元凶げんきょうは誰なのか?


「もし、それがぼくだと言えば君は剣を抜くのかい?」

 ジャスティンの目は静かだ。そうじゃない。ミシェルが彼にとってライバル視すべきお前にではなく、マーヤに刃を向けたのはなぜだ?と言うことだ。


 ただ、それを知ったところでマーヤは俺の元へは帰って来ない。そして俺もアストリアには帰らない。だから俺は俺自身だけを責めることにしたのだ。それは魔王を倒す旅を共にしたお前への礼儀だ。


「ぼくに勝ったら、全てを教えてあげるよ。知りたいのだろう?マーヤの事件の真相を。」

 

 シレッと言い切りやがった。俺はこいつの「偽悪趣味」が大嫌いなのだ。本当はいいやつなのに、悪いやつを気取らずにはいられない精神の幼さ。知略に富んだ男だからこそ、かえってそれが醜悪しゅうあくに映る。


「決戦の時は、追って知らせる。せいぜい準備を怠らぬことだ。」

それでも俺は怖いんだ。彼が自分をマーヤ暗殺の黒幕だったと告白したら、それは彼の偽悪趣味によるものなのか、それとも真実の告白なのか判断しなくてはならないのだから。


 






 

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