【私】が見た運命の日の記憶。

 「辺境伯ロード、お待ちください。そのお方はどうぞこちらへ。」

奏と腕を組むマーヤさんを式部少輔しきぶしょうゆうクレマン卿が両手を広げて阻止する。彼は彼女を大広間に入れないよう上司から厳命を受けているのだ。彼は名の知れた騎士であり、奏より身体が一回り大きい。


「マーヤは我が伴侶。しかも魔王討伐の殊勲者の一人なのだが。いったい今日は何の祝賀会なのか?」

不快さを隠そうともしないが奏は穏やかに抗議する。クレマンはひざまずく。

「閣下、ご高配賜わりますよう。中には魔族によって家族を失い、魔族が祝賀会に同席いたしますことを心苦しく感ずる者もおります。」


「あなた、やはり私は控室おへやでお待ちしていますわ。」

 マーヤさんは奏の腕をそっとほどくと控え室に戻った。


「むしろ救国の英雄の一人に礼も尽くせぬことを心苦しく感じるべきだろうに。」

奏はいていた刀をクレマンに渡そうとする。王の前でも帯刀できるのが貴族の特権なので当然それを受け取ろうとはしない。いや、受け取ってしまえば英雄に恥をかかせたとして彼はただではすまないだろう。

「そ……そればかりはご容赦を。」

ひざまづき、うつむく彼の額に大粒の汗が浮かぶ。


奏は再び太刀を佩くと言った。

「マーヤはけいに恥をかかされた。それでは伴侶たる私も共に恥をかこう。英雄ながら魔王の力を吸収した私を疑わず、太刀を受け取らぬというのであれば、魔族ながら非力なマーヤの入場もまた認めるべきであったな。」


 控え室に戻るマーヤを衛兵が睨みつける。すれ違う貴族たちがさげすんだ視線を浴びせ、夫人たちはひそひそと悪口を言う。


 「王宮はいつも居心地が悪い。でも、それは仕方がないことなのだ。私は魔族だから。」


 何度か繰り返し見せられたマーヤさんの最後の日の記憶だ。マーヤさんは強いと思う。みんなと出逢い、一緒に旅をして、魔物や魔王と戦う。魔人に裏切り者と罵られ、人間からは恐ろしい魔物と忌避される。それでも笑顔を絶やさない。


 彼女のことを受け入れてくれたのは異世界から転生してきた仲間パーティメンバーだけだった。


 だから自分を信じて愛してくれる奏の気持ちに全力で応えた。奏がいてくれればどんなに辛いことも耐えることができる。


 控え室のドアは奏が結界を張っているから安心だ。マーヤは手持ち無沙汰なので収納から編みかけのセーターを取り出し、編み始めた。


 控え室に置かれた大きな鏡。その鏡面が波打つ。鏡がどうして?でもマーヤは編み物に集中している。おい、マーヤ後ろ、後ろ!私(真綾)はいつも叫びたくなる。


 鏡から現れたのは魔法防護結界を服に仕込んだ3人の男たちだった。憎しみと殺意を全身にみなぎらせマーヤさんをあっという間に組み伏せると背中に鋭い刃物を突き入れた。


「かな⋯⋯で。」

心臓を突き通され、マーヤは呆気あっけなく絶命する。最後に愛する人の名を呼び求めて。そこで映像は途切れ、音声だけが続く。


「ミシェル。札を。」

反魂はんごん封じか、これでこいつを異世界へ転生させれとばせば復活呪文も効かない。」

マーヤさんの魂を送り出すと男たちは逃走を図る。しかし、鏡の抜け穴は封じられてしまったようだ。焦って鏡をバンバン叩く音がする。

「くそ、裏切ったな。」


 すると重装備の兵士の足音と金属がすれ合う音が響く。そしてドアが勢いよく開ける音、

狼藉ろうぜき者を成敗せよ!」

と叫ぶ声、響きわたる怒号。荒い呼吸。最後は絶叫。

「裏切ったな!」


それが最後。音だけでも怖くて、悲しくて夢から目を覚ますと私の顔は涙やその他のものでぐちゃぐちゃになっている。


私はまだ、この場面を見たことを奏には言っていない。


 

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