代休に旧友と飲みに行く魔王【俺】の物語。

「ジャスティンがこっちの世界に来ているらしいな。」

文化祭の片付けが終わってヘトヘトになっている俺にトニーから電話がある。お前、知らなかったのか?


「ああ。女神様に魔道具アイテムの納品したらさ、そんな話を小耳に挟んでな。」

 どうも俺たちの学校に編入したらしいぞ。昨日、直々じきじきに挨拶に来た。恐らく狙いは俺だろう。しかし、なぜこうも都合よく俺の元仲間パーメンが召喚されるんだ。背後にはよほど凄腕というか、俺に何か恨みでもあるやつでもいるのだろうか。


  俺はもう争いの螺旋らせんに身を投じて報復に報復を重ねたくなかった。今は転生したマーヤが俺の知らないどこかの異世界で幸せに暮らしてることをただ祈っていたいだけなのだ。


 「奏、お前に話しておきたいことがある。どうせ明日は学祭の代休みだ。俺に付き合え。」


 そして翌日⋯⋯。


 やっぱりキャバクラじゃないか。黒服ボーイいぶかしげに見られながらトニーの後をついていく。真綾を連れて行こうかどうか迷ったがここは連れて来なくて正解だったか。


 目が眩みそうな照明と座席の仄暗さのコントラストに目をくらませながら個室に案内される。その途中も女の子たちがうらやましそうにこちらを見ている。


 個室に付いていたボーイにトニーが耳打ちするとみんなが席を外す。よほど通ってるんだな、そうとしか思えない。

「飲むか?」

トニーが答えを聞くまでもなく氷の入ったグラスにウイスキーを注いだ。


 異世界アストリアの酒場を思い出す。酒場は宿屋の一階にあって、冒険者たちの情報交換の場だった。死の危険が隣り合わせの修羅場をくぐり続ける奴らにとってはなくてはならない場所だった。


 「よくみんなで飲んだよな。」

 トニーが懐かしそうに言うが、それはどうだろうな。お前は女の子と一緒で俺たちとはほとんど別行動だったじゃないか。で、話ってなんだよ?


「マーヤのこと、ジャスティンにちゃんと聞けよ。」

俺は目を逸らす。

「お前は逃げてる。王と姫、そしてジャスティン。マーヤの死の背後に彼らの意図があったのは明らかだ。考えてもみろよ。マーヤは自分のことで未だにお前がくよくよしてると思ったら、安心して幸せになれると思うか?俺の知っているマーヤはそんな子じゃない。」


 わかっているさ。じゃあなぜ、あの髪留めバレッタは真綾には反応して俺には反応してくれないんだ?俺だってマーヤのことをもっと知りたかった。お前が作ったんだろ?なんとかしてくれよ。


「それがマーヤの注文オーダーだったからだ。いつまでもマーヤとの思い出を反芻はんすうするだけの状態でいて欲しくないからだ。お前は今、やっと立ち上がった。次は歩き始める番だ。目を逸らすな、もう十分にお前は悲しんだ。」


 それは俺の勝手だ。俺の気持ちは俺だけのものだ。悲しんで何が悪い?

俺は涙を流していた。トニーは俺におしぼりを渡した。


「分かってないのか?お前の悲しみはお前の眷属ファミリーを悲しくさせるんだ。悲しいのはお前だけだと思ったのか?あの髪留めバレッタをマーヤと一緒に葬る前に椿姫が形見分けにそれを望んだ理由がわからないのか?

 お前の執事が、メイドたちが真綾を大切に扱う理由がわからないのか?


 いい加減、マーヤを見送ってやれ。旅立たせてやってくれ。それができないのは、お前がジャスティンやリリアと向き合わなかったからだ。同じ間違いを繰り返すな。」


 そう、俺は怒りのベクトルがずっと自分に向いていた。俺はマーヤを守れなかった自分を罰したかっただけなんだ。そして、不幸であり続けることに満足していた。⋯⋯大切な家族を巻き添えにして。


「立ち直ることはマーヤに対する裏切りじゃない。むしろそれが手向たむけなんだ。


⋯⋯ほら、涙拭けよ。さ、厄落としにパーっと行こうぜ。騒ごうぜ。」


 くっそ、最後のこれがなければいい話なんだがな。でも、このあと無茶苦茶飲んで、フロアのピアノ弾いて、トニーと歌った。


昔もこんなことあったな⋯⋯そうだ、マーヤとの結婚式の2日前、独身卒業夜会バチェラーナイトだったかな。




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