決戦の決着を見る【賢者】の物語。

 戦況の潮目が変わった。


 今度はこちらが押し込まれる。敵の倍加エンハンス効果の恐ろしさはジャスティンにも警告されていた。だからこそこちらも慎重に慎重を重ねて来たのだ。こうも簡単に形勢をひっくり返されるとは。


 徐々に俺たちの方が追い詰められる。ジョーに騙されていたことに気づいた魔王はさらに腹を立てたのか、リミッターが外れたかのごとく攻撃を仕掛ける。だいたい、ジョーのやつが前に出しゃばるからこんなことになったんだぞ。まさか本当にあの真綾って子が好きにでもなったのだろうか?


 冗談はさておいて本当にピンチだ。ここに来てリュパートの脱落による魔力供給の停止が効いてきている。


「仕方ない。最終手段を行使する。」

リアムが思い詰めたように言う。やめておけ。お前はそれで散々苦しんだじゃないか。

「ここで敗北することは俺の人生の終わりを意味する。だから絶対に敗北は許されない。」

彼の腕につけられた腕輪。それには「最後の手段」が仕込まれている。


「それを使うことは勝負の如何に関わらず君たちの負けだ、だからこれは君たちの『覚悟』の象徴に過ぎない。絶対に使うな。」

トニーから何度も言い聞かされた。最後の手段。「魔王の血」だ。


 かつて魔王は自分が高山奏本人であることを証明するためにDNA鑑定のための血液サンプルを提供したことがある。それを盗み出し培養したものなのだ。それは一時的に魔王と同等の力を与える。まさか魔王当人にもそんな効果があるとは知らなかったのだろう。


 リアムは「転生」するためにその投与を申し出たのだ。薄めたものでさえ、彼を劇的に強化できた。残念ながら他のメンバーに適性はない。投与されれば一瞬で灰になれるしろものだ。「昂揚ハイ」ではなく文字通りの「灰」だ。


 「ノア。⋯⋯後は⋯⋯マリーのことを頼む。」

囁くような小声でリアムは呟いた。俺は思い直せと叫びたかったが声には出来なかった。


 彼が腕輪を回すと直ぐに異変が生じる。勇者の装備が解ける。すると彼の身体が山のように大きくなり頭には牛の角のようなものが生え、背中から白いコウモリのような翼がはえる。

「堕天使ルシファー」きっと例えるとそんなイメージだ。


魔王なのに神々しいほど白く輝いている。

「さあ、魔王。決着を着けようではないか!」


「あんた、魔王に魂でも売ったのかよ?」

呆れたように魔王が言い放つ。魔王にも力が漲る。例の効果がまさにきいているのだ。


 「お前程度が相手なら人間ひとの姿で充分だ。」

魔王が煽る。リアムは雄叫びを上げる。止めろ!それ以上は制動が利かなくなるぞ。


「どうしたリアム。俺を倒すのに俺の力を借りたのだろう?さあ、さっさと本家オレを超えて見ろ!」

魔王が嘲笑わらう。リアムの身体に異変が生じる。触手が次々と生え出てくる。彼の背中から別の頭が生えくる。もう、これはリアムじゃない。リアムの頭部は前へとおいやられ、彼は目を瞑り、かすかにその唇がうごく。

「マリー、愛してる⋯⋯。」

そう言った。


「⋯⋯リアム。」

魔王は目を一瞬逸らした。リアムの触手が6つに集約し槍のように鋭くなる。それは魔王の心臓を目指し、一本に収束するやいなや一気に襲いかかる。


 その瞬間、鋭い金属音がして触手は食い止められる。なぜか、そこにいたのはマリーだった。マリーはリアムから贈られたロザリオを胸の前で握り締め、静かに祈りを捧げていた。触手は彼女の身体を貫いていた。鮮血が流れ落ちる。彼女の白いドレスは真っ赤に染まっていた。確かトニーが作ったロザリオだ。おそらくは真綾の髪留めと同じ効果、彼のピンチに駆け付ける機能があったのか。


「リアム。帰りましょう。……私の血にはあなたの暴走を止める効果があるの。これが私の愛の魔法。」

彼女が微笑んだ。すると触手が一気に収縮しマリーの身体がリアムに引き寄せられる。彼がマリーを抱きとめるとその身体は徐々に元のリアムの姿に戻って行った。


「マリー?⋯⋯なぜ君の血にそんな力が⋯⋯?」

これほどリアムの絶望した顔を俺は見たことがない。いや、二度と見ることはないだろう。

「トニー様が教えてくれたの。私は女神様によって選ばれたあなたのパートナーだから。あなたのための力が女神様によって与えられたの。だから私はただの道具でもよかった。

 でも、あなたは私を必要としてくれた⋯⋯。私を大切にしてくれた⋯⋯。だから私は幸せ。たとえ私が消えたとしても私は守りたいの。私の愛する人ダーリン、あなただけを。」


 リアムの腕の中でマリーはがっくりと項垂れる。閉じたまなじりから一筋の涙が頬を伝った。

「マリー!マリー!……ステラ!回復を頼む!マリー!」

リアムが絶叫した。

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