残された【父】の物語。現実と期待の狭間で。
私の足は自然と家路を急ぐ。身重の妻と幼い息子が待つ我が家へと。ドアを開けると、その音を聞きつけた息子が満面の笑みを浮かべ、私を迎えにくる。
「奏!おいで。パパだぞ!」
「パ⋯⋯パ。」
その軽い身体を抱き上げる。体温の高い幼児の身体。全身で再会を喜んでくれる息子の鼓動を感じる。ああ、俺は命に代えてもこの子を守ってやりたい!
なぜだろう。死んだ息子、奏は16歳だった。でも思い出すのは彼が2歳か3歳の時のことばかりだ。そして、自分の命に代えて可憐な少女の命を守り切ったのは他ならぬ私の息子の方だった。
私は自分の頭がおかしいと思う。死んだ息子と男同士としてずっと向き合ってきたつもりだった。でも俺の中の息子はずっと3歳のままだ。今でもずっと。そして、これからも。
「そういうものですよ。」
そう言ってくれたのは三橋さんだった。
「私も真綾が俺の首にかじりついて離れてくれない頃をいつも思い出します。3歳か⋯⋯4歳くらいでしたかねえ。暑くて暑くて鬱陶しかったのに今では懐かしくて仕方ないんですよ。それが親ってもんじゃないんですかねえ。コイツ、今でこそ偉そうな顔をしてるけど、年端もいかない頃にゃあな、そう思うのが親の慈悲ってやつですな。」
私は時々三橋さんと酒を酌み交わす。二人とも「てつや」という名前なのが連帯感を持たせているのかもしれない。「てつや会」とでも名付けようか。なぜかお互いの子供の思い出を語り合うと私のストレスは軽減されるのだ。すまない、奏。私はお前にとって最善の父ではなかった。世の中には音楽以外の才能なんていくらでもあるのに、私はお前の中にそれが無いことを知った時、あからさまに落胆して見せてしまった。
私はそれを自分への罰として終生忘れないだろう。だって、お前になんの才能があるかどうかわかりもしないあの頃が私が父親として最高に輝いていた頃だったのだから。そう、我が子としてのお前に無償の愛を惜しみなく注ぐことができていたのだから。
もうどんなにあがいても二度とはそうできないことがつらく、そして悲しい。
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