納涼祭でたたずむ魔王【俺】の物語。あの日、花火の音でかき消された彼女の言葉が知りたくて。

 漆黒に塗りつぶされた夜空から色とりどりの眩い光が次から次へとシャワーのように降り注ぐ。まるで勇壮な滝のしぶきのように、あるいは舞い散る花吹雪のように、時には幻想的な蛍の乱舞のように。


 その度に周りから歓声が上がる。これは花火ではなく、光の妖精による魔法の光だ。この光のショーを俺は異世界でよく楽しんだ。そこで出逢った運命の女性と共に。


  でも、もう彼女はいない。彼女は幼馴染みの美少女と瓜二つだった。そして、その少女はいま、俺の傍らにいる。俺は見事なまでの光のアートより、その少女の横顔が光に照らされているのを見ていた。真綾が俺の視線に気づいた。


「奏、私の顔に何かついてる?やだ、さっき食べた焼きそばのソースかな。」

手に持った巾着から手鏡を取り出して確認してる。すまん、なんもついてない。

俺は異世界で出逢った彼女があまりにこの子に似てるため、マーヤと名付けていた。


 マーヤは快活と闊達かったつと強気を絵にしたような真綾とは違い、大人しくて内気で引っ込み思案で、なかなか我儘わがままも口にしない女性だった。彼女はその体内に俺の力を倍加させる能力を秘めていたため、俺を嫌った国王派の貴族によって暗殺され、魂を別の異世界へと飛ばされてしまったのだ。


 だから俺はこうして異世界を去り、こちらの世界に舞い戻って来たのだ。彼女が殺されたのは魔王を倒した日の初めての周年記念祭の日。


 そしてその前夜、俺の魔王就任1周年を祝う花火大会が魔王城のある街、オデッサで開かれたのだ。


 俺は傍らにいるマーヤが俺の手をギュッと握ってきたのに驚いた。そんなことを自分の方から積極的にする性格タイプではないのだ。俺が彼女の方を向くと彼女は両目にいっぱいの涙をたたえ、口を開いた。


 その瞬間だった。花火が轟音をあげて開いたのだ。彼女のか細い声はかき消されてしまった。え、なに?今なんか言った?彼女は精いっぱいの笑顔を浮かべて首を横に振った。

「ううん。なんでもない。」


 なんでもないはずはないだろう。明日、式典が終わったら二人でゆっくり時間をとって話をしよう。そう思った。でも、その機会は永遠に訪れることはない。その前に残酷な別れが待っていたのだ。あの時マーヤは俺になんと言ったんだろう。それこそ彼女の遺言そのもののはずなのだ。


 俺はよくその夢を見る。何度耳を澄ましてみても決して俺の耳に届かない彼女の言葉。俺はそれをずっと知りたかったんだ。


 でも一縷いちるの望みは残っている。真綾なら。真綾ならその言葉を知っているかもしれない。でもその一方で真実を知るのが怖い。そう、躊躇する俺がいるのもまた事実なのだ。

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