現世に生還した【私】の物語。

 「そう、一杯食わされて終わりなんて悔しくないか?だから俺たちが共闘するしかないだろ。」

トニー先生は続ける。


「その世界の連中は女神に洗脳されている。だからそいつを解いて自分の生き方を決定するための知恵、それを与える魔法を発動させてやるんだ。そのための魔法具は俺が作った。まあさすがに材料は依頼者持ちだがな。


 だからジャスティンたちの召喚魔法で魔法具をその世界まで送り込む。そしてそれを起動させるにはリアムと奏の魔力が必要だ。もちろん真綾やお前たちのバックアップも必要だ。


 ただな。その異世界の座標を知っている魔女がそれまた別の異世界で例の女神によって幽閉されてしまってな。


 その魔女を助けるために健介が今向かっているところだ。彼が帰ってきたら作戦に加わって欲しい。」


 私にはトニー先生の話は半分くらい意味不明だった。奏の元仲間パーティメンバーでエリスさんのパートナーでもある小津健介さん。彼もかかわっているんだ。そして、これは奏とリアム君たちともう戦わなくてもよくなったということ?奏はファーストクラスのシートに身を沈めたまま答える。


「まあな。俺がアメリカ政府と手打ちにするにも飴と鞭は必要だからな。トニーとしてはリアムたちに最大限の付加価値プレミアムをつけてたとえ俺の討伐が失敗に終わっても彼らが冷遇されないように気を遣ったんだろうな。あの5人がいれば俺に対するかなりの抑止力とみなしてもらえるだろう。意外にトニーのやつ、教師に向いているんじゃないのか?」


 まあ私は苦手なんですけどね、トニー先生みたいな超絶肉食フェロモン系はどうも。


「そうかあ、あの女神かぁ。最後の最後でとんでもない黒幕が出て来るとは思わなかったな。俺は名前すら知らんわ。」


 奏も自分を異世界アストリアへと転生させた女神が黒幕だとは予想だにしなかったようだ。もっとも女神様とて人間風情に名乗る名などないわーだったんじゃないの?


 こうして、飛行機に全員が無事に搭乗する。事の顛末てんまつを聞かされた女王様が召喚陣を開いて私たちを送ってくれた。あーあ。異世界も良かったけどハワイにも行きたかったなぁ。


  魔法で上空まで上昇し飛行機のエンジンが点火すると巨大な魔法陣が開く。そこを通るとなんと元の世界の上空だった。


 「あ、日付が元に戻っている!」

一週間は過ぎているはずなのに再びもとの日時に戻って来たのだ。

「タイムパラドックスが起こらない場合の時空調整は許可されてるんだよね。俺も4年は向こうで過ごしたはずだけど帰って来たら半年しか経ってなかったし。」

奏は予想済みだったみたいで涼しい顔だ。


「あれって夢⋯⋯だったのかな?」

 紗栄子も華も異世界での経験に半信半疑になっていた。ちゃんと現実だったよ。でも時間が戻ったということは二人の告白あれも無かったことになっちゃうのかな。


「そんなことないよ。思い出はなくなったりしないから。なかったことにはならないよね、真綾ちゃん。これでもう一週、修学旅行が楽しめるね。」

バンちゃんがウインクした。そう言えばちゃんとお返事してなかったな。


「こら、何が楽しめるだ!お前のせいで俺は大変だったわ!色々と。」

奏が怒りを表す。多分15%くらいの怒りかな。

「そうでしたね。大変でしたね、色々と。」

バンちゃんの方が何枚か上手うわてだな。奏がムキーってなってんの珍しいな。


ちなみにバンちゃんの正体を知っているのは奏と私だけだ。

「おーい。もうすぐ着陸だから席戻れー。」

また担任がファーストクラスまでやってくる。私と奏に出されたシャンパンをたかりに来たのだ。


 「ぷはー、うめえ。未成年にはもったいねえな。」

「一応飲んではいないことになっていますから。」

高級なシャンパンを下品に飲まないでほしい。奏も少し呆れ顔だ。


「まあなんにせよ、騒ぎにならなくて良かったわ。運命のエルフ嫁はいなかったがワイハのビーチにブロンドの天使エンジェルが俺を待ってるからな。」

先生はまたキモいことを口走りながら階段を降りて行った。


「なあ真綾。」

ん?なに?

「俺が戦いに行く前にドア越しに言ったことってやっぱ眠ってて聞いてなかった?」

んーなんか言ってたっけ?そっか、バンちゃんの魔法で眠っていたことになってんのね。奏はホッとしたような、そして残念そうな顔をする。良いよ、今聞いてあげるよ。言ってみな。

「いや、良いんだ。また機会があったら話すわ。今度はちゃんとな。」

そう言うとシートに身体を沈める。


 やっぱチキンだね、奏。ま、いいか。とりあえずハワイの雰囲気が台無しになっても困るしね。


 こうして私の異世界修学旅行は幕を閉じた。



 

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