残された【私】の物語。忘れてしまえという圧力。
「もう無理するな。高山だってお前に無理して欲しいなんて望んでいない。いい加減忘れろ。良い意味で忘れるんだ。高山だってあの世でお前の幸せを望んでいるはずだ。」
担任にも、保健医にも、カウンセラーにも言われた。解っている。私が頑張ったところで奏が帰ってくる事はない。ただ、インターハイが終わって私を襲ったのは今度は虚無感だった。なにもする気が起きない。生きる気力がない。
突然訪れた私の「電池切れ」。いわゆる「鬱」だ。夏休みの後半、そして、文化祭の準備たけなわの時期に私は全く動けなくなってしまったのだ。
パパもママも優しくて、何もできない私を一切責めたりしなかった。クラスメイトもお見舞いに来てくれて準備の状況を淡々と教えてくれただけで、頑張れなんて地雷ワードを踏み抜かないように注意してくれた。
私はなんて愛されているんだろう。私は泣いた。そうだ。泣いてなかったんだ。前に進むことだけ考えすぎて今現在の感情に対処するのを怠っていたんだ。
「そうだ。お別れを言いにいこう。」
お盆はとっくに終わっていて、新学期がもう始まっていた8月の最後の日曜日、私はパパに頼んで奏の墓参りに連れて行ってもらった。
線香の臭いが嫌なので、花だけ供えた。まだ残暑が厳しくて汗でびっしょりになってしまったけど、なぜか時折吹く秋らしい風が心地良かった。私はしばらく手を合わせた後、パパに聞こえない程度の小さな声で言った。
「ねえ奏、私って幸せになろうとしてもいいのかな?幸せになる資格なんてあるのかな?」
気がつくと墓石には名刺大のカードが貼られていた。小さな奏の顔写真とQRコード。カメラを向けるとネットが起動する。帰りの車の中でそれを辿るとYouTubeのチャンネルだった。「高山奏の黒歴史スペシャル」。スマホで自撮りしたような狭い画面。彼が一生懸命にピアノを弾き、歌う。琴音ちゃんが、奏の残したデータをアップしたらしい。
天性の才能のかけらも無い声だけど、音程を全く外さないヘタウマならぬウマヘタな歌。聞いていて胸が熱くなって涙が出た。良かった。ちゃんと生きている場所があるんだ。
また会いに来るね。演奏が納得いったのか、ややイラッと来るほどの彼のドヤ顔にそう呟いた。
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