【勇者】の休日。婚約者と。

 「ご主人様。何がお飲み物をお持ちいたしますか?」

僕が本を読みながらくつろいでいると、メイド服に身を固めたマリーが声をかけた。


 彼女はマリー、ぼくの婚約者だ。


 マリーはフランス貴族の末裔、いや正確にはリュパン家の分家の血筋だ。名馬に名馬を掛け合わせているつもりなのだろう。勇者の血を引く娘をなるべく遠縁から選んでくるのが当家の慣習らしい。


 ありがとう、紅茶を頼む。そして僕のことはリアムで構わないよ。

「でも⋯⋯。」

消え入りそうな声で彼女が抗議する。今はそんな時代じゃない。


 父が勝手に縁談を決め僕に結婚を命じた時は激しい怒りを覚えた。

「別におまえは好きな女を幾らでも抱けばいい。自分の甲斐性でな。しかし、彼女とは最低二人は子どもを産ませろ。私が求めているのは勇者の血を絶やさぬことだけだ。」

僕は女性を「子どもを産む道具」程度にしか認識していない父の頭の頑なさに吐き気を催したのだ。


 しかし彼女と何度か接するうちにそんな気持ちは溶けてなくなってしまった。

彼女は高貴な地位を望む計算高い女性でもなければ、運命に流された被害者を装う女性でもなかった。


彼女は極めて純粋な魂の持ち主なのだ。


 どれくらい純粋かと言えばそう、「妖精が見える」程度レベルにはと言える。彼女は僕を心から受け入れ、愛しててくれるのだ。


 彼女はこの夏大学への進学資格を取った。9月から大学へと進むこともできたが、この極東の島国で足踏み状態の僕を待ってくれているのだ。そしてこの9月から「花嫁修行」と称して僕付きのメイドをしているのだ。


「リアムぅ。マリーはいる?」

そこにづかづかとステラが踏み込んでくる。ステラはマリーと近縁で幼い頃から互いに面識があり僕よりも付き合いが長い。天然過ぎて扱いが難しいステラではあるが、マリーもステラのおかげで故郷を思って寂しがる気持ちが薄らいでいる。


 「ねえ、今度、かな⋯⋯魔王の屋敷でハロウィン祭りがあるんだけど一緒に行かない?」

 おい、ステラ。魔王との決戦も近いと言うのになにを馴れ合いをするつもりなんだ?

「だって、可愛い動物がいっぱい来るんだよ!しかも異世界からだよ!」

ステラは少し涙目になる。よほど楽しみにしていたのか⋯⋯。しかし敵味方は明確に一線を引くべきなのだ。


ステラはこっちを睨みつける。

「て⋯⋯敵情視察だもん。偵察行動だもん!」


そう来たか。するとマリーが僕の手を握った。

「リアム、女の子は可愛いものが大好きなんです。私がついていきますから。」

ほほう、ここで初めて僕のファーストネームを呼ぶか。それも友人のために。ただ、僕としては二人で行かせるのも心配だけどね。


「それじゃぁ⋯⋯。」

二人の顔がパアァっと輝く。期待させて悪いな。俺は執事からスマホを受け取るとクロエに二人を頼むことにしたのだ。


「もぅ」

二人が拗ねた顔をぼくに向ける。マリーにもたまには女の子同士の付き合いをさせた方がいいだろう。


 魔王なら二人を捕らえたりすることはなかろうが、市井をウロつく悪い人間の方が怖い。魔王の矜恃プライドを信頼する勇者か⋯⋯。ふと苦笑を漏らす僕をマリーが優しい眼差しで見つめていた。

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