陰キャ転入生な【俺】の物語。「今日のところは」

 「どうした魔王!この程度で終わりか?」

リアムが俺を見下ろして言った。うーむ、何か勇者のセリフっぽくないんだよな。まるであちらが魔王みたい。別に俺は勇者を「退けたい」だけで「倒したい」わけではないのだ。実は俺も魔王の力の方は使っていないのだ。だからパーティで来られると正直言ってしんどい。


 「勇者は仲間がいてこそ輝くものよ。」

マーヤがよく俺たちが喧嘩するとそう言って諫めてくれた。もちろん、俺たちはそこまで深刻な争いをしたことはない。異世界に送られた家族みたいなものだったから。

この、アメリカから送り込まれた勇者たちも、日本という「異世界」で同じような感覚を身に着けていくのだろうか?


 「魔王の力を俺に寄越せ。」

 リアムが言った。なるほどそれが狙いか。俺の支配魔法は全ての支配者たちにとって垂涎の的だ。世界の覇者たちが欲するのも理解できる。


 だが断る。俺が断るとリアムは勝ち誇ったように片眉を上げる。

「この期に及んでまだ勝算があるとでも?」


あるんだな、これが。だって俺には「護衛」がついているからだ。


「呼んだ?」

 真綾がゲートを通って現れる。俺はゆっくりと立ち上がり、振り向くとそこにいた真綾の手を取って引き寄せる。ありがとう。待ってたよ。


「⋯⋯ぁ。」

 予想しない俺の挙動に真綾はなすがままになる。俺はそのまま真綾の首筋にキスをした。真綾の顔が上気し、耳まで真っ赤になる。

「ちょっ!あんた何すんのよ!?」

真綾が上擦った声で怒鳴る。俺は魔王の力の封印が解かれるのを感じた。


「リアム!気をつけて!」

ステラが叫んだ。彼女にはステータス鑑定スキルがあるのだろう。


俺は右手を上に突き上げる。

「魔王斬!」

天井に向けて放たれたエネルギー波が結界を一瞬にして撃ち破る。外界からの風が吹き込んだ。


俺は真綾を抱いたまま上昇する。呆気にとられる勇者たち。

「逃げるか!?」

リアムが追いすがろうとする。


「いけません。リアム様。」

執事のウインチェスター氏が止める。振り返った勇者の顔には明かに焦燥の色が見えた。どう考えても現在の力では圧倒的に自分たちに不利な事は理解できているようだ。

「魔王は逃げたのではありません。我々をを見逃したのです。」

氏の言葉が全てを表していた。勇者たちは腰に手を当て、無念さにため息をつく。


 上空で真綾は大人しく俺に抱かれていた。俺はそのままカラオケボックスに降りると彼女を解放する。ショックが大きかったのか真綾は無言で店内に向かう。そして、振り返った。


「今日はありがとう。⋯⋯ほんとに助かった。」

俺が頭を下げると真綾はようやく笑みを取り戻す。

「貸しにしとくわね。そして、感謝なさい。⋯⋯その、マーヤさんにね。」

 そう言って友人たちの元に戻って行った。その後ろ髪の髪留めに俺は初めて気付いた。あれは確か椿姫が形見分けにと望んだものだ。そうか、真綾がつけていてくれたのか。俺はマーヤにそれを贈った日の思い出に少し浸っていた。






 


 

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