平和な日常を望む【私】の物語。「いちいち心臓に悪い。」

「ねえ、トニ先どうだった?やっぱかっこいいよね!」

「私、(芸術教科は)美術を選択すればよかったよぉ。」

紗栄子も華もつい最近まで奏、奏、だったのに節操がない。


「もちろん、奏くんも財力が魅力だけど。やっぱりヨーロッパ人ってかっこいいよね。造りがまったく違うの。」

ぷー、奏ご愁傷様ぁ。じゃあリアム君やノア君はどうなのよ?

「二人とも十二分にカッコいいけどさ。でも明らかに日本人が嫌いだよね。それにもう婚約者だったか許嫁だかがいるらしいよ。ロンドンにいるんだってさ。」


 さすがよく知ってんなあ。トニー先生は別れ際、私の髪留めに気づいた。

「これさ、俺が作ったんだよね。」

イケメンに後ろ髪を愛おしそうに触られると思わずうっとりしそうになる。


「ねえ、異世界の話を聞きたかったらいつでもおいでよ。マーヤのこと、知りたくない?」

 うん、それはすごく興味がある。お屋敷のみんなが私を腫れ物を触るかのように扱う理由。椿姫さんですら他のメイドたちに対する様に私を頭ごなしに叱ろうとはしない。それはおそらく私がマーヤさんとそっくりだからだ。


 翌日の放課後、私はトニー先生にアポを取って美術準備室を訪れることにした。美術準備室の壁に扉が付いていて、そこを開くと綺麗な部屋と工房になっていた。壁の向こうは美術倉庫のはずなのに。これはいわゆる「収納魔法」を応用した部屋だそうだ。


「実は俺のマンションとも繋がっているからね。通勤時間は0なわけ。東京はいいね。ナイトライフの充実ぶりと言ったら⋯⋯。」


 あのぅ、いいですか?私は先生の話をぶった切って聞く。先生は奏と戦うつもりなんですか?

「いや、そのつもりはないさ。」

トニー先生は私の頬に触れる。

「こんな可愛らしいお嬢さんを敵に回すなんてごめんだからね。」

 もう、いちいちそういうのはさまなくていいです。心臓に悪いんで。魔王は「転生」こそできないが次元を渡る「転移」能力があり、奏に元の、というかあちらの世界に送ってもらうつもりでいるらしい。だから事を構えるつもりはないのだという。


 せっかくこの世界に帰って来れたのに?リアム君たちに頼めば大きな会社に入れてもらって、働かなくても生きていけるくらいの給料くらいは貰えるんじゃ?

「俺は巨匠マエストロなのさ。何かを作らなければ生を実感できないんだよ。美しいものを造り出せる環境はあちらがいちばんでね。魔鉱石がこの世界では少なすぎるんだよ。まあ俺の話はまたにしよう。奏のいないところできみにどうしても話しておきたかったんだよ。

 なぜ奏がこちらに帰って来たかは知っているかい?」


 その、マーヤさんが死んだから、というような話は聞いている。マーヤさんの記憶も度々夢で見ているからだ。そう言えば「殺されるかもしれない」と夢の中で言っていた気もする。


「マーヤを殺したのは誰だと思う?」

さすがにそこまでマーヤさんも言ってなかった。次の先生の一言が衝撃的だった。


「彼女を殺したのは人間さ。それも自分が命をかけて守った国の人間に殺されたのさ。」




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