魔王な【俺】の物語。家族の形、愛のカタチ。

淫魔たちの色香に逡巡する俺に椿姫は言った。

 「吐き出しなさい、奏。あなたの悲しみも絶望も苦しみも怒りも全部。私たちではあなたの苦悩を事細かには理解できないでしょう。それは奥様だけの特権だった。でも『分かち合う』ことはできる。だってわたしたちはあなたの家族なのだから。私たちは全員、あなたのそばにいたいのです。」


 俺は大声を上げて泣いた。無理しなくてもいいんだ。カッコつけなくてもいいんだ。「楔名」の絆がある限り配下の魔族たちは俺を裏切ることができない「家族」だ。妬み、足を引っ張り、隙あらばこき下ろそうとする「仲間」を名乗る人間たちよりもよほど安心できる。


 その時俺は自分が心底魔王になったことを自覚した。もちろん人間の世界に害をなす気は毛頭無い。アストリア王国はこれからはリリアーナ姫を娶るジャスティンを軸にして進んで行くだろう。もうこの世界に俺は必要ではない。


  帰るか……故郷へ。二人の結婚式の前に帰った方がいいだろう。それがこの世界への餞になるというのなら。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「朝よ。さっさと起きなさいよ。」

寝室に窓のカーテンレールを滑らす音がして光が差し込む。真綾だ。

「どうしたの?朝っぱらから。」


 昨日までの嫌悪感に満ちた表情が少し和らいでいる。淫魔のことを少し解ってくれただろうか。

「今日からチェンバーメイドの研修だって言わなかったっけ?」

チェンバーメイドとは清掃やベッドメイクなどホテルの客室業務員のような仕事をこなすメイドである。主に吸血鬼族の魔族が担当しているのだ。


 もう少し寝かせておいてくれないか?俺が注文をつけると真綾は呆れたように言う。

「あんたバカ? 今日はお客様が来るってコーデルさんから聞いていたはずよ。」

 そうだったっけ。なんかまた真綾のキャラが変わった気がするが。いわゆるツンデレというやつか。


「ねえ奏。マーヤさんて、どんな女性ひとだったの?」

真綾が仕事の手を休めぬまま唐突に尋ねる。俺の動きがピタリと止まる。


「一言で言えるほど単純じゃないよ。⋯⋯。」

「⋯⋯そう。」

 どういう意味で聞いたのだろう。マーヤと自分が似ていることは知っているはずだけど。別に俺は真綾にマーヤの代わりになって欲しいなんて望んでいないのだ。ただこの屋敷に連れて来られた経緯を考えればそう感じても仕方がないことではある。


ふと浮かんだ言葉があった。

「ずっと一緒にいて欲しかった……。そんな人だったよ。」



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