再び残された【父】の物語。息子を見送った日。

  DNA検査は奏と私たち夫婦が親子関係にあるかどうかを調べるものだった。というのも「死んだ」奏の部屋に残された毛髪くらいでは本人確認のサンプルになり得なかったので、「帰ってきた」奏と私たち夫婦の間に親子関係があるかどうかの鑑定になったのだ。そして、結果は99.9%親子という判定だったのだ。


 これは奇跡以外の何者でも無かった。私も妻も大いに喜んだ。しかし、その喜びは束の間のものに過ぎなかったのだ。


  結果が出てすぐに私たちの家を政府の役人が訪れた。彼らは奏が国家機密を負っているため家族とは隔離されると伝えてきたのだ。妻は半狂乱になって掴みかかる。しかし奏は飄々としていた


 「父さん、母さん、琴音。最後に家族で旅行に行こうよ。二人ともこれから年末公演で忙しいと思うけど2泊3日でいいんだ。俺に時間をください。」


 奏が用意してくれたのは沖縄旅行だった。もちろん、しばらく奏が身を寄せた義母も一緒だ。そして飛行機は自衛隊機であり行き先も自衛隊の基地であった。そこから近くのホテルに案内される。


 最初の一日はゆっくりとホテルで過ごした。というのも小さなホテルだったが全館貸し切りの上、周りを警察が厳重に警備して缶詰め状態であったのだ。


翌日、奏が本題を切り出す。彼が異世界で得たのは勇者と魔王の力であり、それはこの世界ではあまりに強大過ぎるということだった。


 奏は日本国籍に復帰せず、「魔王国」という独立国家として日本が承認することになった。そしてその強大な力を国防力として有償で日本国に提供し、政府は奏に「大使館」(住居)と国家元首として外交官特権の接受を提供するというのだ。


 私や妻や義母は口ポカン状態だったが、ただ琴音だけが反応する。

「ねえ、お兄ちゃん。魔法を見せて。」

「どんなやつがいい?」

「空を飛ぶ⋯⋯とかできる?」

「いいよ。琴音も飛ぶか?」

「うん、スカートじゃないから大丈夫だよ。」


 奏は琴音の手を取る。そして浮かび上がった。開け放たれたベランダから夕焼けの空に浮かび上がる。


「凄い!ピーターパンとウエンディみたい!」

 はしゃぐ琴音だが妻は心配そうだ。だが私は不思議と落ち着いていた。琴音が落ちたりしたら、なんて心配はなかった。


10分くらいだろうか。二人が戻ってくる。奏は私たちにも手を差し伸べた。

「父さん、母さん。ばあちゃんも一緒に飛んでみよう。母さんと婆ちゃんは俺の手をつないで。琴音も飛び方も覚えたから父さんは琴音と手を繋いで。」


 私は初めて生身で空を飛ぶ。それはとても新鮮で、かなり怖い体験だった。高いところから見る夕焼け。海。そして薄闇に浮かぶ星。全てが美しく幻想的である。

「まるで夢見たい」

 涙ぐむ妻の手を私が握ると家族全員が一つになる。私はこの光景を決して忘れないだろう。


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る