転機を迎えた【勇者】の物語。夏の薔薇咲く別荘で。
ロンドンの夏はそれほど厳しくはない。いや東京の気候があまりにも異常な暑さなだけだ。
「リアム、お顔の色が優れませんわ。体調が悪いのではなくて?」
マリーが僕の手を握りしめる。問題ない。そっけなさすぎる返事だったが彼女は安心して微笑んだ。親が勝手に決めた婚約者だが容姿にしても家柄にしても人柄にしても、僕の尊厳に十分かなう女性であることには違いない。
別荘に着くと僕はすぐに父上に一人で来るように、と呼び出された。書斎を訪ねるとそこには父と共に見知らぬ男がいたのだ。年齢は父とそう変わりはないだろう。
「遠路はるばるご苦労だったな、リアム。ただ、労力に見合うだけの結果は伴わなかったようだが。」
父上の声はいつも以上に冷徹なものだ。僕は心臓を鷲掴みにでもされたような恐怖心がわく。
「ご期待に添えず、申し訳ありません。」
ここはただ虚心坦懐に謝るしかなかった。こみ上げる悔しさに唇を噛む。ただ、父の言葉は厳しかった。
「お前を勇者の任から解く。」
まるで脳天を殴られでもしたかのような衝撃だった。母上は僕の遺伝子上の母ではない。勇者の能力が現れやすくするため、他の英雄の血を引く女性から提供された卵細胞を父の生殖細胞によって受精卵とし、他の女性の子宮の中で育てられたのが僕だ。僕はいわゆる
僕はすぐに床に膝をつき頭を垂れる。
「父上!今一度、私めに猶予をお与えください!」
ただ僕の叫びは父上の心までは届かない。
「猶予を与えても無駄なことだ。私は他の当主たちと相談し、対魔王の
その客人は僕を見下ろしたままだ。その
「そちは高山奏が憎いか?」
僕はすぐには答えられなかった。
「
しかし、やつが全てを余から盗んだのだ。だから今度は余がヤツから奪う。
そちはどうじゃ?そちの得るべき力と誇りを奪ったのは誰ぞ?」
わかっている。僕がこの世界で生きるためには勇者であり続けなければならない。このままでは待ち受けているのは破滅しかないのだ。
「⋯⋯憎い。」
そうだ。魔王を憎んで何が悪い。この世に、
「これを飲むがいい。勇者であることを望むならばじゃ。」
男が怪しげな小瓶を僕に手渡す。これは?僕は彼の顔を見た。
「安心するが良い。人を超えるための薬だ。だから死にはせぬ。そちは選ぶことができる。この先
誰がこんな薬を?男は笑う。憎しみと悦楽が混じった複雑極まりない表情で。
「⋯⋯『神』だ。教えてやろう。余の名はリュパート。リュパート・ブークリエ=ディ=アストリア。至高の召喚術師、そしてかつて王だった男だ。余は高山奏を斃すためにこの世へと来たのだ。」
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