予定通りにならない結婚式の招待

ジーナと夫人が別室に引き上げた後、伯爵は結婚式への段取りを話した。


「結婚式は1ヶ月後で教会と話をつけた。両家の親族のみの極少数で簡易に済ませる。


本来なら王都の式の後、領地で領民を集め、盛大な式をもう一度行うのだが、それも止める。


ダニエル君には済まないが、我慢してくれ。これはジャニアリー伯爵も了承している。」


「それは構いませんが、伯爵家同士の結婚式に王家や宮廷の重臣を呼ばないのは不味いのではありませんか?」


「もちろんいいことではないし、宮廷や貴族達から批判されると思う。

しかし、ジーナが婚前に妊娠していることを衆目に晒すよりはマシだと判断した。

これは君の父上やマーチ侯爵とも相談した結果だ。」


「では、王家や宰相の了解も得ているのですか。」


「いや、こんなことを王家に言うわけにはいかない。

隣国が攻めてくる様子があり、急遽結婚式を繰り上げ、その後直ちに領地に戻るとして、君には王家や宮廷に招待状を渡してきてほしい。


おそらくは既に予定が入っていて断られるとともに、急な招待への叱責があるだろうが、上手くやってくれ。」


嫌な役回りだが、憔悴した伯爵の顔を見るととても断れない。


承知し、自宅に引き上げたあと、クリスと相談して段取りを考える。


翌日、まず騎士団の退職願いを出しに行く。

同僚は驚いていたが、団長や幹部は既に聞いていたのか、直ぐに承認された。


それどころか、話があると団長の部屋に呼びつけられた。


「来てもらったのは、お前がヘブラリーの軍を率いることになったときは、よく騎士団と連携を取ってくれということを言おうと思ってな。

今回、伯世子がなくなるという不覚をとったが、ヘブラリー軍は精強だ。


お前も長く騎士団にいたのだから、諸侯が自分の利益を追い求めているため、我が国がバラバラとなっていることはわかるだろう。せっかく気心の知れたお前が指揮をとるのだから、騎士団と共に国の為に動いてくれ。」


ダニエルは、騎士としての体験から騎士団長の言うことはわかったが、直ぐに頷くわけにはいかない。


「団長が自分に頼まれるとは光栄です。しかし、当主となった自分の一番の仕事は領内の繁栄です。それに繋がらないことはできかねます。」


「わかっている。婿のお前にムリは言わん。しかし、騎士団から話があり、領地の為にも国の為にもなると思ったら動いてくれ。」


「それはお約束します。」


団長はニカッと笑い、手を出してきた。

握手のあと、


「オレも結婚式には呼べよ。あと、余計なことかもしれんが、妻がどうであれお前がやるべきことをすれば、見る人は見ているぞ。心配するな。」

とダニエルの心を読んだようなことを言った。


ダニエルは心苦しかったが、言わざるを得ない。

「団長、すいませんが、隣国が攻めてくる気配があり、結婚式は1ヶ月後に開き、その後直ぐに領地に戻ることになりました。

既に予定もあるでしょうからご欠席で構いません。」


「馬鹿を言え。手柄を立てた部下で、今後も付き合っていく相手の結婚式より大事な用があるわけなかろう。


そうやって醜聞を隠したいヘブラリー家の思惑はわかるが、お前がそれに乗るべきかは考えたほうがいい。


少なくともオレが出て、騎士団との繋がりを誇示することはお前の為になるぞ。」


なるほど、ヘブラリー家の婿になるからと言って、自分の利害と一致するかは別かとダニエルは一つ勉強になった。


ダニエルは、その後宮廷に廻り、重臣に招待状を渡し、頭を下げて回る。

ほとんどの重臣は、予想通りこの非常識な短期間の招待を相手にせず、断ってきた。


その中で、宰相だけは違った。

「せっかくのご招待だ。短時間になるかもしれんが、出席させてもらおう。」


ダニエルは宰相とは初対面であったが、その手腕は噂に聞いていた。

 思わぬ回答に驚いていると、冷酷な眼差しで値踏みするようにジロリと睨みつけられ、自分が出席することが不満かと問われた。


(諸侯となれば、宰相とも渡り合うのが自分の仕事だ。)

ダニエルは気後れしないよう自分に言い聞かせ、

「とんでもありません。よろしくおねがいします。」と言って去った。


最後に王の秘書官に、王への招待状を一応形ばかりということで渡して済ませようとしたが、


「少し待て。」と言われて、暫く控室に居た。


驚いたことに、その後、王の執務室に案内され、謁見することになった。


(なぜだ?)

王との接点といえば、先日の戦勝式しかない。


待つこと暫くして

「待たせたな。」王が招待状を持って入ってきた。


「1ヶ月後とはまた急な。貴族の結婚式とは思えんな。

まあ、結婚式の準備は面倒なので短いほうが男には良いがな。」


ダニエルはこれまであちこちで述べてきたように、急遽領地に戻るということを繰り返す。


「秘書官、1ヶ月後は何かあったか?」

「市会との懇談のあと、ゴードン侯爵に招待されております。」


「わかった。市会とゴードンの間にダニエルの結婚式に出る。」


「陛下、このような勝手な申し出に応える必要はありません。

王の権威が軽く見られてしまいます。」

秘書官はかなり怒っているようだった。


「いや、これはヘブラリー家に貸しを作るチャンスだ。ダニエル、オレが出席すれば恩に着るな。」


伯爵はもちろん来てほしくないだろうが、ダニエルにとっては王が自分のために来てくれることは王とのパイプを家中に見せるために大きなメリットがある。


「是非にお願いします。」

「よかろう。」


王の前を下がったダニエルは、宮中を出てクリスと相談した。


「ダニエル様、王と宰相と騎士団長が出席となると国のトップ3がみな参加することになります。ヘブラリー伯爵はお怒りになるのではないですか。」


「出席するというものを断れまい。

それに、この話はヘブラリー伯爵というより、夫人の実家のマーチ侯爵が仕切っているような気がする。


ヘブラリー伯爵は領主貴族で、宮中や貴族の関係に詳しくないし、この段取りを考えたとも思えない。


噂ではマーチ侯爵は宰相の座を狙う野心家と聞く。放っておくとどう転ぶかわからない。

このままマーチ侯爵にあって説明しよう。」


マーチ侯爵邸を訪問すると、幸い侯爵は在宅であった。

孫娘の婿ということは知られており、すぐに通される。


ダニエルが聞いているところでは、マーチ侯爵は宮廷政治に通じた老獪な法衣貴族であり、宰相の座を狙っているとの評判だった。


「結婚式の話なら聞いている。儂のところに来るなら他を回れ。」

書類を読んでこちらを見ようともしない侯爵のにべもない言葉から会話が始まった。


「いや、式の招待客についてご相談があります。

宮中を回ったところ、王と宰相、騎士団長から出席の返事を頂きました。


多分、国のトップ3が出席する以上、他の貴族も多くが出席することになろうかと思いますので、そのご了解を頂きたい。」


その言葉を聞いてマーチ侯爵は初めてこちらを見た。

「ヘブラリー伯爵の指示を受けただろう。何を勝手なことをしている!」


ダニエルはこれまでの経緯を語り、やむを得ないことを述べるが、侯爵は一蹴した。


「小僧。儂が何年宮廷にいると思う。貴様の思惑はお見通しよ。

どうせ王や騎士団長の出席で、自分の後ろ盾を見せつけ、家中や貴族の間での立場を強めようとしているのだろう。」


ダニエルの考えは見抜かれていた。

続けて侯爵は話をする。


「これからお前も我が家の親族となる。あまり勝手なことをするな。みな、急に領主になるお前をいかに利用するかを考えているのだ。」


ダニエルは上から目線の発言に面白くなかったが、親族の重鎮となる侯爵の言葉には黙って聞くしかない。


「今日あったことを当ててやろう。

騎士団長のところでは、ヘブラリーと一緒に戦いたいので協力しろと言われただろう。


王は、恩着せがましくお前の為に出席してやるという感じか。

宰相は、淡々と出席すると言ったのではないか。」


「そのとおりです。何故わかったのですか?密偵でもいたのですか?」


「阿呆が。国内の政治がわかっていればそんなことはすぐにわかる。

お前は今の国内の政治について何か知っているか?」


「王を支持する王党派と貴族の権力を維持しようとする貴族派がいて政争しています。王が国の為の施策を行おうとしても貴族派の反対でできず、またその中心はマーチ侯爵と言われています。」


「一介の騎士ならそんな理解か。」


鼻で笑われたダニエルはカッとしたが、宮廷の大物相手ではどうにもならない。ムッと黙り込むだけだった。


「まあいい。幸い今日は予定もない。かわいい孫娘の婿殿に教授してやる。飯でも食いながら話をしよう。」


侯爵は従僕を呼ぶと二人分の夕食を用意するよう命じた。











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