王の国家構想及びダニエルへの褒美と仕事

 通されたのは小ぶりな応接室であり、王と王妃のみが座っており、ダニエルは対面の席を勧められる。


 非公式の面談であるが、異例の厚遇を感じ、ダニエルは恐縮するとともに、何を言われるのかと緊張する。


「結婚式以来か、久しぶりだなダニエル。

メイ侯爵戦は奮戦したと聞いているぞ。


今日は赤備えの見事な軍で王都に入ってきたと噂になっている。

抜擢した余も誇らしいぞ。」


「陛下のご威光の賜物であります。」


「領地での統治は楽しいか?

随分と好きにやっているようだな。余のところにもたくさん苦情がきておる。


 王都のギルドからは領地にギルドをつくらず、楽市楽座を行なっていること、宗門からは異教徒、異端、賎民を受け入れていること、最近ではベルネ財閥から随分と巻き上げたそうだな。嫡男を人質に大金を強奪されたと言ったきた。

 最新の苦情は、異端審問官を縛り付けて追い返した、あんな奴を領主にすべきでないとイオ宗から抗議に来た。坊主どもは真っ赤になって怒っておった。」


 王は楽しそうに笑うが、一つ間違えば罪に問われ、領地没収だ。ダニエルは、王に根回ししなかったことを暗に叱責されていると理解し、冷や汗をかく。


「まあ良い。

お前が役に立ってくれる限り、余はお前の味方だ。


新領地で束縛されずに思ったことができるのは楽しいだろう。

余もそれを手に入れたいと考えている。


ジューン領と異なり、王国は伝統と前例がすべて。

王であっても思うことの一つも自由にできはしない。」


そこで王はいったん言葉を切り、ダニエルは言葉の続きを黙って待つ。


「ダニエル、そもそもこのエーリス国の建国由来は存じておるだろう。

 乱世の中、祖王が小領主から権謀術数を駆使して、自ら領地を切り取り、諸侯に成り上がった。更に、周辺諸国との講和条約までに周囲の諸侯を調略し、臣従させて王国を立ち上げた。


 その成り立ちから、王家は諸侯の第一人者ということで発足し、諸侯は主君と思っていない。そのため、当初の体制は、能力に応じて、王政府に文官、王都周辺には武官として、直属の家臣を配置し、諸外国と外様諸侯に備えたのだ。


 そこから紆余曲折はあれど、なんとか王国は健在だが、今の体制を見ろ。


 外様諸侯は相変わらず王国を利用することしか考えず、それを牽制するはずだった譜代諸侯も今や自分のことしか考えていない。王政府の役人どもの官職は世襲となり、抜擢人事や適材適所などできもしない。

 王国を考えているのは、余の他は、唯一実力主義の騎士団だけだ。


 お前の実家のジャニアリー家は譜代のはずだが、王家のために名目以上のことをやってきたか?」


 ダニエルが思い出しても、家系を誇る時ぐらいにしか譜代であることを聞いたことはない。


「余は、一君万民の体制、すなわち王をトップに戴き、その他のすべての国民はその前に平等であるという国を作り、身分や生まれでなく、実力に応じた地位を与えたい。

 いくら愚かでも、大貴族に生まれれば一生安泰、いくら優れていても賤民の子供であれば賤業で終える。こんな馬鹿げたことがあるか。

 それでは、この大陸の争いを勝ち抜いていく国など出来はしない。


 領地において分け隔てなく民衆を受け入れ、実力主義を実践しているお前であれば、余の気持ちも理解できるであろう。」


(オレはそんな遠大な理想を抱いていた訳ではなく、成り行きみたいなものだったが。


 しかし、王の言うことはわかる。オレたち騎士団に入れられた次三男は、親も同じにもかかわらず、生まれた順番だけで居場所を奪われてきた。いくら能力があっても長男でないだけで足蹴にされた。この国、この時代に生まれたことを呪ったものだ。)


 王の過大評価に戸惑うダニエルだったが、王の言うことには同感する。話を合わせるとともに、疑問を呈する。


「陛下の言われること、私にはよくわかります。誠に立派なご理想、ダニエル感服いたしました。

 ところで、我が小領と異なり、王国では多くの権門が既にあり、理想の実現は多難だと愚考いたしますが、いかに進めるのか陛下のお考えは如何に?」


「もちろん、こんなことは直ぐに出来はしない。

 余の代ではどこまで行けるかわからない。しかし、諸外国も中央集権、貴族から王への権力集中の流れにある。

我が国は他国に先駆け、なるべく早く、この動きを進めねばならん。


 ダニエル、お前の進めるジューン領の施策には非常に関心を持っている。貴様には政戦両方で王国の先陣として働いてもらいたい。」


(えっ! オレみたいな若輩かつ子爵風情にそんなことを期待しているのか!

確かに妙に庇い立てしてくれるとは思ったが、買いかぶりだろう・・・)


ダニエルの気持ちをよそに、王は更に話し続ける。


「まずは、軍の増強だ。今、王国は戦争の都度、諸侯に命じ軍を出させて対応している。余の直轄軍は騎士団のみ。諸侯は自分の都合で軍を出したり、出さなかったりだ。そこで直轄軍として親衛隊を新たに編成している。


 ダニエル、貴様、子爵領の定数を遥かに超える500の兵を率いてきたな。

期待以上だ。親衛隊が稼働するまで、当分、余の直轄軍として動け。


 直轄軍の増強と合わせて、国内では遠交近攻で行く。

 今の目の上の瘤は我が国の四大諸侯、北のセプテンバー辺境伯、東のオクトーバー伯爵、西のエイプリル侯爵、南のメイ侯爵だ。こいつらが王政府の貴族と結び付き、王国の中を蠢いている。


 奴らを潰すか、動けないようにし、その間に近郊の教会領や諸侯領を併合し王の直轄領を増やす。兵の増強と財政の強化は並行してやらねば破綻するからな。


 幸い、南はお前が潰してくれた。北のセプテンバーは、レスター公爵に攻められ救援を求めてきたので、ヘンリーに騎士団を率いて行かせた。ここで恩を売っておけば当分大人しいだろう。西は親子で険悪な仲。東はまだ若く、家中の統率に苦労している。これで大諸侯は動けん。


 一方、王都近郊では、王都の抑え、騎士団がいなくなれば、ここぞとばかりに余に不満を持つ者達が蜂起するのは必定。そこでお前の出番だ。ダニエル、反乱が起こればすぐに鎮圧しろ。


 これで、大諸侯を制し、王都近辺を王家直轄領として固め、王家の実力を抜きんでたものとする。

 そこで、全国に税をかけ、中央集権を成し遂げた上で、国外に進出し、覇をとなえるつもりだ。」


 この間まで一介の騎士だったダニエルには、遠大な国家プランにわかりかねるところもあったが、自分にトンデモない大役を期待されていることはわかった。正直なところ、大役を任され意気込むというより迷惑という気持ちしかない。


 せいぜい騎士団がいない間の留守番役ぐらいと思ってきたのに、近隣の反乱平定とか子爵の仕事ではないだろう。


「しかし、私は、ジューン領の統治のほか、ヘブラリー領にも顔を見せる必要があり、騎士団のように王都在住という訳にもいきません。


 また、近郊の鎮圧と言っても、我が軍は大した数でもなく、とてもそこまでお役に立てるとは思えません。お考え直しを。」


ダニエルは、一方的に決められそうになるため、必死に抗弁する。


「領内統治については多少は休みをやる。それでうまくやれ。

 軍は足らなければ、養成中の親衛隊や傭兵を使えばよい。メイ侯爵戦でも三家の軍をまとめて上手く指揮していたと聞いている。


 反乱軍の蜂起まで多少は時間があるだろう。準備を急げ。

期待しているぞ。」


 それでも渋い顔をするダニエルに、王は逃がさないとばかりに念押しのような言葉を吐く。


「そもそもお前になぜこんな秘中の秘ともいえる話をしたと思う。

 お前には、余の構想を踏まえて、領内では試験的な施策を行い、戦いにあっては先読みして必要なところを叩いていく、政戦で懐刀としての働きをしてほしいからだ。


 余の考えは年寄りはついてこれない。ヘンリーも、方向はわかるが時期尚早、国が乱れると賛成しなかった。ダニエル、これからは我々若者が時代を切り開いていくのだ。」


 確かに騎士団長は40代、王は30代、オレは20代だが、年齢で決める話ではないだろう、とにかく逃げられないかとダニエルは思う。


それで話を終わりそうになる王に、王妃が横から口を挟む。


「陛下、ダニエル卿に褒美を与えなければ。」


「そうだった。メイ侯爵戦の戦功への褒美がまだであったな。

 報奨金をやろうかと思っていたが、ベルネ財閥から大金を毟り取ったと聞き、はした金など渡しても仕方ないと思い返したところだ。


 ベルネの抗議は、嫡子を保護してもらって謝礼をするのは当然だろうと叱責しておいた。よくも上手く巻き上げたものだ。これで余も補償せずにも済むし、両得だ。


 代わりに官位を上げてやろう。5位上と王相伴衆を与える。

諸侯諸卿が憧れる、押しも押されぬ一流貴族の仲間入りだ。嬉しかろう。」


 確かに、王が言った官職は一流貴族の証と言われるが、実力もないのにそんなものを貰ってもやっかみを買うだけだ。

男の嫉妬ほど面倒なものはないと、ダニエルは騎士団暮らしの中で痛感していた。


「陛下、その官職は私にはもったいない。

更に功績を立ててからいただきたいと思います。」


 ダニエルの辞退は思ってもいなかったようで、王は驚くが、思い当たるところがあったのか、言い足す。


「ダニエル、悪いが領地の加増は認められん。親衛隊の創設や新規施策の準備に金がかかり、メイ侯爵領はすでに徴税請負人から税収を前払いさせている。


 そのうちに国政が安定したら、まとめて大領を加増してやろう。

そうだ。古巣の騎士団のポストがいいなら、名誉副団長はどうだ。」


「いや、陛下のご事情もおありでしょう。ジューン領の統治の不手際でお手を煩わせたことだけで十分でございます。以降も、我が家の後ろ盾としてご配慮を頂ければ幸いでございます。」


(何もいらんから、帰してくれ!)と思うダニエルだが、王はそれを聞き、王妃とヒソヒソ相談し、言う。


「やはりそうはいかん。お前の功績に何も与えないと王の評判にもかかわる。

何か欲しいものを言え。可能な範囲で叶えてやる。」


(そんなことを言われても、領地も金もくれないのだろう。

それ以外と言われてもなあ・・)


ダニエルは困ったが、レイチェルやグラバーと雑談していたことを思い出す。


「では僭越でございますが、隣接するリオ共和国との貿易にあたっての関税免除と共和国への代官駐在権、領地から王都までの関所の自由通過と免税、南方街道の警察権をお願いいたします。


 また、王都の中から土木・農業・工芸の指導者をお借りさせていただけますか。

 もう一点、現在、宰相が病気休養と聞きました。我が義祖父のマーチ侯爵を宰相に任じて頂けませんか。」


 ダニエルの願いに、王はニヤリとし、こう言う。


「ダニエル、ジューン領はまだ碌に産物も無いと聞いているのに、免税とは気が早いな。南方街道を使い、リオ共和国と王都との中継貿易を狙っておるのか。

 人材の貸し出しも含めて認めてやる。それで上手く稼ぎ出せ。

 ただし、代官を置くならば、リオ共和国の動向はよく探っておけ。今後戦火を交えることもあるからな。


 マーチ侯爵はどうするかな。もう宰相は廃止して王の親政とする予定であったが。」


(あの爺さんのために弁じるのも愉快ではないが、これで借りは返せる。)

とダニエルは思い熱弁を振るう。


「陛下の異例の抜擢人事や領地取り上げの処分で、貴族は怯えております。ここで宰相を廃すれば、貴族の権利を更に縮小するのかと抵抗するでしょう。


 それよりマーチ侯爵を傀儡の宰相とし、降格された貴族の怨嗟をそちらに向けさせることが円滑な施策の実行につながるかと思います。」


「なるほど、そなたも義理堅そうに見えて、腹黒く諸侯らしくなったな。よかろう。あまりに王の専制と思われては抵抗勢力が増えよう。

マーチを宰相として、盾とするか。これでお前も恩を返せるしな。」


 その時、侍女が白磁の皿とカップを持ってくる。

 美術品に詳しくないダニエルでも、これは尋常でない美しさだと思わせるオーラを放っている。


「何か目に見える褒美も与えるべきだと王妃が申すので、これを下賜する。

遥か東洋から来た名品の白磁器で、名を初雪という国宝だ。

これ一つで城が立つというぞ。大切しろ。」

 

そして思い出したように言う。


「これと同じものを作れと前々から錬金術師のパラケルススに申していたのだが、さんざん金を使わせた挙句に、カオレンとかいう土がなくては作れんといいおって。追い出したわ。今頃どこで野垂れ死んでいるやら。」

とダニエルの顔を覗き込む。


(ジューン領に検非違使が入り込んで調べまわってやがる。

迂闊なことはできないぞという警告か。)


「ありがたき幸せでございます。」

とお礼を言って、ダニエルは引き下がる。


退出前に、チラッと王妃の方を見ると、笑顔で親指を立てている。


(合格ということか。狼王と雌狼のような夫婦だな。そうするとオレは雌狼に追い立てられ、狼王に仕留められたのか。


 えらい重荷を背負わされたぞ。失敗すれば切り捨てられ、成功しても身は危険。

 騎士のころは、領主になれば左団扇で、仕事は任せて、きれいどころを侍らせているんだろうなと思っていたのに、オレの境遇は何なんだ!)


 今日は久々の王都でなじみの居酒屋でも行くかと思っていたのだが、それどころではなさそうだ。

 王の話では、反乱まで時間もないようであり、急ぎ帰って、仲間たちと相談し、レイチェルにも状況を伝え、国元で援軍や物資を用意させねばならない。


 気もそぞろに王宮を歩くダニエルだが、王との長時間の密談を羨む宮廷人に、どんな話だったか探りを入れられ、また、「王に気に入られただけの騎士風情が。」とか、「運とゴマすりが良かっただけで諸侯になれた。」などの陰口を聞こえよがしに叩かれる。


 極めつけは、控室から迎えに来たクリスと歩いていると、女官達の噂話を聞いた時だ。

「噂のダニエル様が退出しているそうだけど、どちらかしら?」


「それはあのハンサムな優男でしょう。歌でも、輝く貴公子と言ってたじゃない。隣のダサい大男は護衛でしょう。」


 王宮の門を出たところで、ダニエルは聞く。

「クリス、歌ってよく聞くが、何だ?」


「さあ、私は存じませんが。」

と言うが、隠しているとダニエルは直感する。


「王宮の女官に褒められて良かったな、クリス。」

風向きが悪くなってきたと感じるクリスは逃げを図る。


「そういえばジュライ家に用がありまして。」


「そんなものは後でいい。久しぶりに素手の格闘戦の稽古をしよう。」


 嫌だというクリスを広場に連れ出し、散々に技を掛けてスッキリする。


「昔からですが、嫌なことがあると、私をサンドバッグ代わりにするのはやめてください。ところで何があったんですか。」

とボヤくクリスに答える。


「オレだって王宮でサンドバッグになったんだ。

乳兄弟たる者、痛みを分かち合うものだろう。」


「そんなことでイジメられる乳兄弟いませんよ。

皆、主人に大事にされてます。」


 道端でエールを買って、飲みながらクリスと馬鹿話をすると、少しは落ち着く。


(どうせ逃げられないなら、使えるものはみんな使って、なんとしても生き残ってやる!

さもなければオレを頼りにしているレイチェルも仲間も領民もおしまいだ!)


 涙声で送り出してくれたレイチェルを思い出し、決意する。

 

「右も左も真っ暗闇よ、筋の通らぬことばかり♪

馬鹿と阿呆のからみあい、どこに男の夢がある♫」


 腹を据えたダニエルは、クソッタレと思い、酔いもあって、騎士団時代からの持ち歌を大声で歌いながら、仲間の待つ兵舎に帰った。


 

 


 

 

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る