王都入城と王妃の罠

 ダニエルは騎士団を見送ると、軍を整列させた。

 王都入りに、はしゃぐ兵士に告げる。


「先だって、我々は王都で屍の山を築いたところだ。恨みに思う者も多い。敵地に乗り込むつもりで行軍しろ。」


 王都の門で衛兵に誰何される。

ダニエルの軍であることは明らかだが、同僚を多数殺された彼らの口振りは冷たい。


「ジューン子爵だ。王からお呼びがあり、参上した。」

従士長のラインバックがジューン家の紋章を見せ、入城の許可を求める。


「よし、入れ。」

衛士長の許可が出る。


門を通過する際に、背後から聞こえよがしに悪口が聞こえる。

「さんざん俺たちの仲間を殺して、自分は英雄ヅラしやがって。」


「月のない晩は気をつけろよ!後ろからブスッと行くぞ。」


 何を!と襲い掛かろうとする部下に、カケフが言う。

「手を出すな!コイツらは手を出せばしょっぴこうと煽っているんだ。」


 背後には衛士長以下が待ち構えていた。


 ダニエルも言う。

「弱いイヌほどよく吠える。どちらが上かは十分見せてやっただろう。」


 舌打ちする衛士を尻目にダニエル達は城内に入る。


「では、ここでお別れです。出陣までにご連絡します。

御領地にも支店を出しに参ります。今後、より深いお付き合いをお願いします。」

グラバーが去る。


 シンシアも「ダニエル様、必ずお店に来て下さいね。たっぷりサービスするから。」と帰っていく。


 アランとエリーゼは迎えに来た供の者と帰宅し、着いてきた者がいなくなったところでダニエルは軍を整列させ、自らが先頭に立ち、王宮に向かって王都の中を行軍する。


 赤備えにした効果もあり、王都の民衆の評判は上々だった。


「あれが陛下と騎士団長の秘蔵っ子のダニエル様か。威風堂々としてるなぁ。」


「先だっても、王都で凄まじい戦い振りで、戦場となった広場は屍の山、血の池となっていた。怖ろしや。」


「グレートヘルムを被っていてお顔が分からん。歌ではいい男らしいが、実際は鬼のような顔だと言う噂もあるぞ。」


「まあこんな強そうな軍がおれば、騎士団が出征しても安心だ。」


 庶民たちは絶好の見ものとばかり、道路や建物から溢れんばかりに見物に来ていた。


 ジューン軍は、先程の衛士とのいざこざもあり、臨戦態勢で行進していたし、ダニエルも狙撃に備えてしっかりと兜も被り完全武装である。


(好きなことを言いやがって。何が鬼みたいな顔だ。そこまで酷くはないだろう。

歌って何だ?誰のことだ?)

ダニエルは疑問に思うが、まもなく王宮に到着する。


王都に入る前に王には使いを出しており、直ぐに来るようにと言われている。

クリスだけを連れて、後は騎士団兵舎に向かわせる。


王への謁見まで待っていると、王妃付きの侍女が呼びに来る。

「王妃陛下がお呼びです。」


(王妃様とはジーナとの結婚式でお会いしたぐらいだが?)

不審に思いながら、案内されるままに部屋に入る。


「ダニエル殿、お久しぶりですね。

レイチェルは元気にしているようですね。


手紙で王都から優秀でやる気のある女性を送ってくれと頼まれました。

早速、手腕を振るっているようで、何よりです。


あの経綸の才は得難いものです。あなたはどんな多くの持参金を持った妻よりもいい妻を貰いました。大事にしなさい。」


 王妃は上機嫌なようで、コロコロと笑いながらダニエルに話しかける。

 レイチェルがそれほど王妃に気に入られているとは知らなかったダニエルは汗をかきながら、「もちろんです。私には過ぎた妻だと思っています。」と言わざるを得ない。


「それはそうと、あなたに頼みがあります。

全力で陛下を支えてほしいのです。」


「家臣として言うまでもありません。」と言いかけるダニエルを遮り、王妃は言葉を続ける。


「陛下はこれまで政治の実権を持てないまま、ずっとどういう政権を作るべきかという理想を考えておられました。それは私と騎士団長だけがご相談に与っていましたが、まだまだ先のことと考えていたのです。


 しかし、突然の前宰相の失脚、そして重鎮であった私の祖父、グラッドストン公爵の死去により、一気に陛下は権力を握ることができましたが、その準備は十分ではありません。


 陛下はこの好機に一気に中央集権を確立すべく早急にことを進めようとされています。媚びを売り、追従する者はたくさんいますが、真に陛下や王国のことを考え、物を言う者はヨーク参議が断罪されたのを見て、誰もいなくなりました。

 ヘンリー団長も何度か諫言し、政務への口出しを禁じられています。」


王妃はここまで一気に話し、喉が渇いたのか、水を一口飲み、話を続ける。


「陛下は聡明な方だが、頭の回転の速い方にありがちなせっかちなところが多分にあります。ヨーク卿や団長の言うこともわかっているのですが、真正面から言われては陛下のメンツが潰れてしまいます。

 ダニエル、陛下はお前を子飼いの諸侯だとお気に入りです。また、お前は騎士団で下積みからキャリアを重ね、人付き合いも巧みだと聞いています。うまく陛下を糺しておくれ。」


(なぜオレがそんな面倒なことを。まさにトラのしっぽを踏みに行くようなもの。

いつかみ殺されるかわからないのに、勘弁してくれ。)

 心から頼りにしているような王妃の願いだが、ダニエルは内心、厄介ごとをもってくるなと思う。

 

 確かに、騎士団で子供のころから過ごし、伯爵の息子と言うことから人一倍先輩達からしごき倒されたし、出世頭の団長付きの小姓や騎士見習いとして、お偉方への難しい交渉事もやらされたが、そんな苦労は自ら望んでのことではない。


 あーうーと芳しい返事をせず、俯くダニエルに、王妃は打って変わってキツイ口調となる。


「ダニエル、お前は厄介ごとに巻き込まれたくないと、自分や領地の安泰を考えているでしょうが、そんなものはどうにでもなるのです。お前の寄って立つところを考えてごらんなさい。


 ようやく得たジューン子爵領はジャニアリー伯爵からの分与で、いつでも父権で取り消せます。ヘブラリー伯爵の称号はジーナとの関係を考えれば、言うに及ばず。

 お前とレイチェルとの結婚は、教会の公認もなく、私が陛下に話をして違法だと言ってもらえば、たちどころに重婚者、背信者となり、領主・貴族の地位も危うくなります。

 お前の基盤はすべて王家の胸三寸。陛下を支えるしか、お前もジューン家も生きる道はありません。」


 そして、一転して優し気な言葉で言う。


「陛下を支えていけば、王家は全力でお前とジューン家を支援しましょう。新しい領地で新施策を試していると聞いています。宗門、ギルド、周囲の諸侯など敵は多いでしょう。資金、人材、それにも増して、それらの敵へ対抗するのに王家の後ろ盾がいるのではありませんか。

 ダニエル、私たちはお互いに支えあっていくことで生き残っていこうではありませんか。」


 ダニエルは、王妃の硬軟使い分けた説得に、到底敵わないと観念した。

 さすがに大グラッドストーン卿の愛した孫娘である。

卿が多くの子供・孫を見渡し、自分の才を継ぐのはこの娘だとして、彼女を王妃に推挙したという噂は本当のようだ。


「王妃陛下のお話、承りました。

このダニエル、誠心誠意、この身に賭けて、陛下をお助けいたします。」


「よろしくお願いいたします。

 何分、女の身ではできることは限られます。ダニエル殿のような勇将の助けこそ陛下には必要なもの。

 今後のダニエル殿の働きは、陛下から伺うとともに、この目でもよく見させてもらいます。励んでください。」


(類は友を呼ぶとはよく言ったもの。レイチェルが気に入られるはずだ。

何が女の身ではだ。最後に、今後も見張っているから手を抜くなと念まで押しておいてよく言うよ。

 しかし、ここまで見張られては、王から離れることも難しそうだ。

かといって、王に処断されることも共倒れも避けたい。どうすべきか。)


 ダニエルは、領地で楽しくやっていたことがもう遠い昔のように感じながら、再びのっぴきならない苦しい立場に陥ったことを噛みしめていた。


 思いめぐらす間もなく、「陛下がお呼びです。」と侍従が告げに来る。


(やれやれ。どんな難題を言い出すことやら。)

ダニエルは途方に暮れる気分であった。



 




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