王都前での出会いと補給の話
ダニエル達は南部街道を上りながら、山賊の潜みそうな茂みや藪に火をかけ、徹底的に炙り出していく。
「今後のジューン領の繁栄は王都との安全な交通の確保にかかっている。賊は全員殺せ。退治した者には褒美を出す。」
ダニエルの指令で、兵は狩の気分で山賊を狩りながら王都近辺まで辿り着く。
そこで休憩を取ったあと、王都に入ろうとするタイミングでJ教徒のシモンや死刑執行人サムソンは別れを告げる。
「我らと一緒に入城しないほうがいいでしょう。
ダニエル様に神の御加護がありますように。」
「賤民はダニエル様のためにあらゆる手段を講じ、助力いたします。
後ほど気の利く者を連絡係に寄こしますので、小者としてお使いください。」
彼らが去るのとほぼ同時に隊商のような人馬の集団がやってくる。
「ダニエル様とジューン領の軍ですね。」
先頭の主人らしき若い商人が尋ねる。
「貴様は何者だ。名を名乗れ!」
オカダが誰何する。
「失礼しました。私はトーマス・グラバー。交易商人です。
先日は私の妹のメアリーが魔女の嫌疑を受け、ジューン領に逃げ込みました。ダニエル様に異端審問官達から守ってもらったと手紙を受け取り、一言お礼に参りました。
良ければ軽食とお茶を用意しております。」
ダニエル達は、ちょうどいいとその好意を受け、兵に飲み食いさせる。
その休憩の間に、グラバーは軍装を見て、
「王都では、陛下が子飼いの精鋭部隊を呼び寄せたと話題になっています。
見たところ、武器には気を使っておられるが、軍装はまちまち。王都の住民は口うるさい。一工夫されてはいかがですか。」と将兵の装いを赤で揃えることを提案する。
ダニエルは金もかかるしと迷ったが、ネルソンの「見た目や評判は思う以上に大事です。赤ならば血に染まってもちょうどよい。戦場では、ダニエル軍の赤備えとして一際目立ちますぞ。」という言葉で、いいだろうと決断する。
グラバーは手廻しよく、赤い服を大量に用意し、兜や鎧などは染料で染められるものを染める。
足りない者は入城時に後ろに回し、用意できた者だけでも赤備えを印象付けることとする。
「手持ちがそれほどない。手形を渡すので、後日領土で妻から受け取ってくれ。」
「お手持ちの分で、残りはいつでも結構です。」
ツケでおまけに値段も相当安い。
ダニエルは、ただより高いものはないと言う信条だったので、適正な額を払うと言い張ると、グラバーはこう言った。
「では二つお願いがあります。妹のメアリーがダニエル様にお仕えしたいと言っていますので、お側で小間使いにでも使ってやってもらえませんか。
もう一つは、私を御用商人にしていただきたい。
実は、最近、羽振りがいいのが目立ったのか、イオ宗から異端や魔女の言いがかりをつけられ、身の安全のために大金を出せと言われています。
王政府やギルドに保護を求めても、こちらでは業界秩序のため、商売の縮小を迫られ、困っているのです。
そこで、陛下のお気に入りで、既成権力を恐れないダニエル様の保護が欲しい。ダニエル様もベルネ財閥と縁を切られたとか。軍への武器や食糧の調達に商人が必要でしょう。
持ちつ持たれつでいかがですか。」
騎士団の食糧は現地の領主が用意するか、王政府が手配するため、ダニエルはあまり補給をどうするかの考えが及んでなかった。
「王命で派兵されたら現地の領主が調達するのだろう。オレも騎士団に食糧を用意したぞ。」
「その地の領主が給付できればいいですが、できなければ自弁するしかありません。また、敵領に攻め込めばどうしますか?通常は現地で買うか略奪ですね。
現地で調達できなければ、売りに来る商人から買うしかありません。信用できる商人でないと足元を見られて酷い目に遭いますよ。」
自分もメイ侯爵軍を兵糧攻めにしたことを思い出し、遠征先で日干しになったら大変だと認識する。
グラバーは言葉を続ける。
「ダニエル様、騎兵が多いですね。馬にやる飼い葉の補給のことは考えられてますか?
兵の食糧より馬の方がよほど大変です。
商人から見ると、多数の騎兵は見栄えはいいですが、長い対陣には向きません。」
「なるほどな。
食糧を現地で調達できなければ、お前に頼めば何とかしてくれるのか?」
「大事なことは、季節や豊凶にもよりますが、何より軍の居場所です。我々は運送の便のいいところまでしか運べません。南部街道のような大街道や河川の船着場付近までです。そこからはご自分で運んで貰います。
さもなくば大金をかけて傭兵を雇いますが、彼らもどこまで信用できるか。」
「逆に言えば、交通の便のいい物資の集積所から離れたところで、現地調達ができなければ戦以前に兵が動けないと言うことになる。」
「それが、ダニエル様がメイ侯爵にされたことですよ。」
(よく調べてやがる。油断できないな。)
問題はコイツが信用できるかだと思いながら、ダニエルは相談すると言って、アランとシンシアを呼び、今の話を聞かせる。
シンシアは流石に情報通だった。
「グラバー商会と言えば、最近躍進中の商社よ。武器商人だけど色々と手を出して、あちこちで揉めていると聞くわ。
商会長は若手だけどやり手よ。うちのお店もよく使ってくれている。
まあ信頼できる方だし悪くない相手じゃないかしら。油断すると喰い物にされるけど、こちらも怖ろしい目を光らせている
アランも財務部の調達でグラバー商会とは付き合いがあり、厳しいことも言うが、約束は守ると言う。
「王都では派手な商売をして、権門や同業者から睨まれているとは聞きましたが・・」
「向こうも窮地にあるならちょうどいい。ならば御用商人として役立ってもらおう。」
そこまでは良かったが、妹の側仕えに口を滑らせたので一悶着あった。
シンシアもアランも商人の妹はいらないと口を揃えて言う。
(異端審問官が恫喝したときに、身体を震わせてオレの方を縋るように見ていた可愛らしい女の子か。あとでグラバーと名乗って礼を言ってきてたな。
ああいう少女からお茶を淹れてもらえると安らぎそうだ。
シンシアならば、恫喝されても、「うっせえわ」と怒鳴り返しそうだしな。)
ダニエルがシンシアの方を見ながら、彼女が王都で流行りの歌「うっせえわ」を異端審問官に言い返す姿を想像すると似合いすぎる。
思わずぷっと吹き出すと、ニコッとした彼女に頬を抓られる。
「今、何か酷いことを考えましたわね。ダニエル様は顔に出やすいんです。」
アランはもし雇うなら、女衆の統率はレイチェルにあるので姉の了解が必要という。
(侍女の一人くらいオレは選べないのか。)
と思いながら、ダニエルはグラバーに、妹の件は断り、御用商人の件は了解した、その場合、武器や兵糧の調達に加えて、領土の産品の販売もやってくれと頼む。
いい子だし、私との繋ぎ役にもなりますがねえと言いながら、グラバーは本題に入る。
「領内の産物の王都での販売は引き受けました。但し、売れるものはありますか。王都の競争は激しいですよ。
グラバー商会の本業は戦場です。武器・兵糧の販売の他に、戦場や敵領での略奪品や捕虜の売却もお受けします。
今後、軍の遠征には我が商会の酒保商人をつけますので、よろしく。」
横で聞いていたシンシアも口を出す。
「ダニエル様の軍の娼婦はうちの店で出すからいらないわ。」
「娼婦などいらん!」
「騎士団にはいないんでしたね。軍隊について行って炊事洗濯から夜の世話までしてくれますよ。アタシもダニエル様専属で行きましょうか?」
「うちの軍には不要だ!」
そんな問答中に、声がする。
「ダニエル、カケフ、オカダ!」
知り合いの騎士団の面々である。
「どうした?巡回か?」
「アホ。巡回でこんな大軍になるか。出陣だ!
北でセプテンバー辺境伯が救援を求めてきた。
隣国との戦争だ。騎士団の出番よ。」
後ろを見ると、騎士団の大軍である。
その中で一際大きな男が来る。団長である。
幼いころから見慣れたその姿が、ダニエル達を見つけると声をかけてくる。
「おう、お前たち、赤備えとは洒落とるな。騎士団でも考えるかな。
陛下がお待ちかねだ。騎士団不在の間、しっかり王都を守ってくれ。
王都滞在中は騎士団の兵舎を使っていいぞ。」
ダニエルが尋ねる。
「団長、誰と戦ですか?」
「セプテンバー辺境伯が侵略した領地に、レスター公が攻め込んできて、今両軍が
対峙していると聞く。あの軍神が相手だ。相手に不足はない。
戦場はいいなあ。王宮のこせこせした陰謀に付き合っていると嫌になる。
お前たちもいい戦場で暴れる機会があるといいな。」
「向かわれるのは、なんという場所ですか?」
馬上で過ぎ去りながら、団長の声が響く。
「リバー・ミドル・アイランド≪川中島≫!」🈩
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