ダニエルの今後と周囲のリスクヘッジ
団長と騎士団はジューン領に一泊して、南方街道を王都に出発する。
「ダニエル、近いうちに王都で会おう!」
去っていく彼らを見送り、ダニエルは、
「それで、王都に行った後はおそらくどこかで戦さになるだろう。一方、領地を空にしておく訳にもいかん。誰を連れて行くかだが・・」
そこで言葉を切って家臣を見る。
カケフ・オカダ・バースは当然行くものと言う顔をしている。
従士長のラインバックも、新婚だが仕方ないなあという顔だ。
その中で、新参のネルソンが思案顔である。
(新参であれば、初陣は意気込むものだが、ネルソンは何を考えている?)
ネルソンは、ダニエルにとっては、騎士団仲間とも違い、家に仕える家臣でもない、いわば成り行きでの家臣である。
年齢も領主の経験も自分より上で、頼りになるが、彼を使うのに神経を使うという存在であった。
そのネルソンは、前日夜の自らの家臣とのやりとりを思い出していた。
「お館様、騎士団の移動は戦を念頭に置いてのようです。ダニエル殿もまもなく出陣を命じられる可能性が高い。
その時、居残りを希望し、そして、領主不在の隙を見て、この領地を奪ってしまいなされ。
ダニエルという男、この地にきてからずっと見てきましたが、誠に凡庸。戦でも政治でもお館様に及ぶものではありません。」
ネルソンは苦い顔をして言う。
「お館様はやめろ。もうここではネルソンという名前の一介の陪臣だ。
ダニエル様と言え。野垂れ死するはずのオレたちを拾ってくれた方だ。」
「ではネルソン様。我々はネルソン様の器量を信じてついてきました。幸いこの領地はダニエル様が豊かにしてくれています。
カケフやオカダ、バースの豪傑がいればともかく、奴らがいなくなれば、ここを守るのは小娘と文官のみ。奪うのは容易い。
後は、戦で敗れ恨みを持っているメイ子爵家や隣国のリオ共和国と同盟し、隣接する王直轄領に攻め込めばいい。聞くところでは、王は、かの地を徴税請負人に渡し苛政が行われているので、切り取りは容易。ここで独立しましょう。」
「よせ。オレは一度、領主を失格となった男だ。弟、家臣、おまけに妻にも裏切られた。実績を上げているにもかかわらずだ。
それは自分の考えのみが正しいと信じ、皆の意見を聞かなかったからだ。
ダニエル様を見ろ。毎晩の宴をはじめ、どこでも言いたいことを言わせて、それを取捨選択している。
自分の凡庸を知っているからできることだ。妻や家臣も遠慮なくものを言い、不満を持たない。オレの前であんな風にものを言えたか?」
ネルソンは、弟と対峙した時の敵勢の多さ、またそれを見ていったん引き上げた時に城を守る妻が実家の軍を引き入れていた時の衝撃を思い出す。
「それは・・」
黙り込む家臣を見て、わかっただろうとそれ以上の問答を打ち切る。
しかし、家臣にはそうは言ったが、ネルソンは、ダニエルの施策を見て、オレならばこうすると思い、もう一度領主として手腕を振るいたいという欲が出てきていた。
しかし、今、裏切れば、拾ってもらった恩を仇で返すだけ、何の大義名分もない。
ネルソンは、しばらくはダニエルの下で功績を立てるつもりであったが、その後は貰った恩とダニエルのこれからを見てみたいという気持ち、自立してもう一度自らの力を試したいという気持ちで揺れていた。
(ダニエル、オレに叛く気がなくなるほど面白い目に合わせてくれよ。
さもなければどうするかわからんぞ。)
ダニエルは、思いを巡らすネルソンの様子を見ながら、決断する。
「バース、悪いがここを守ってくれ。
カケフ、オカダ、ネルソン、王都に行くぞ。
ラインバック、従士と兵を500。今回は攻勢に出るのだろう。
騎兵を多くしてくれ。」
バースは一瞬、驚くが、わかりましたと頷く。
「レイチェル、後のことは任せる。政務はバレンタインと、軍務はバースとよく相談しろ。」
「承知いたしました。後のことは心配されずに、思う存分ご活躍ください。」
新婚を楽しむ間もなく出陣である。
勝ち気なレイチェルも堪えたが、平和の中にいる王都の官僚と異なり、これが領主の妻と言い聞かせる。
その後は大忙しで、兵の選出、出陣の装備の点検、食糧ほかの準備を行い、空いた時間に家族との別れを惜しむ。
出立の前日、ダニエルや武官が出陣の最終チェックに追われている頃、レイチェルはアランと話し合いをしていた。
「アラン、今回の陛下の下命による戦争はダニエル様の試金石となるわ。
ダニエル様は、王都での派手なデビューからメイ侯爵戦を単独で勝利したということで注目されているけれど、まだビキナーズラックではないかと疑う貴族も多い。
次回に勝ってこそ、本物だったとわかる。
まず、あなたは王都に戻れば、ダニエル様のために全力を尽くしなさい。
王の寵臣、若手領主の一番手の候補と言われるダニエル様に近寄りたい貴族・官僚は多い。それらをうまく使い、情報を取り、物資を届けて。
もちろん敵も多いわ。隙あらば足を引っ張ろうとする輩を見分けて、排除しなさい。
ジュライ家は、ダニエル様の王政府での代理人としての仕事を果たすのよ。
しかし、戦は水物と聞きます。
ダニエル様が武運つたなく一敗地に塗れたときのジュライ家の動きを考えておきなさい。」
「姉さんはどうするの。」
「私はダニエル様に全張りしました。
もしあの人が負けても生きて帰ってきてくれれば、リオ共和国にでも行って、商人にでもなるわ。
でも、ジュライ家はそれに付き合う必要はない。
我が家の縁戚と今回縁を結んだアレンビー子爵を頼り、生き残りなさい。
エリーゼはしっかりした子だけど、その分、利がないと思われれば、見切られる可能性もある。よく彼女と仲を深め、早く子供を作りなさい。
家が生き残るのに邪魔となれば私の縁も切りなさい。」
アランは唯一の家族である姉との縁を切るなんてありえないと思うが、理屈は姉にある。
「わかりました。義兄さん≪ダニエル≫は大丈夫と思うけど、万一には備えておく。
でも、もし義兄さんが亡くなったりしたら、ジュライ家に戻ればいいから。それくらいは僕がなんとかする。」
アランもしっかりしてきたわと思いながら、レイチェルは、ありがとうと微笑んで礼を言う。
レイチェルは、そのあと、大広間にダニエルを頼ってきた、新たな領民やJ教徒、異端の疑いをかけられた者、賤民たちを集める。
「あなた達、聞いていると思うけれど、ダニエル様は今回、王陛下の命により、出兵いたします。
もちろんダニエル様は名将でジューン軍は精鋭ぞろい、負けることはないと思うけれど、万が一ということがある。
みな、ここで暮らしていけるのはダニエル様のお陰。その勝利のためにできることを協力してください。お願いします。」
頭を下げるレイチェルに、口々に、誓ってダニエル様のためにできる限りのことをいたしますと言う。
ここに呼ばれたのは、ダニエルの統治なくしては行くところのない者たち。レイチェルは彼らは裏切ることがないと思い、協力を要請した。
そして、J教徒や異端の信者、また賤民たちは独自に全国のネットワークを有しており、それをうまく活用すれば大きな力になると踏んでいる。
一方、別室で兄妹も語り合っていた。アレンビー家のアレクサンダーとエリーゼである。
「兄さん、ダニエル様は勝つかしら。」
「陛下が誰と戦えと言うか次第だね。ダニエルは、陛下が諸侯まで引き立てて使える駒にしたのだから、早々使い潰すことはないと思うけれど、戦は何があるかわからないからね。」
「勝てば、既定方針どおり、ジューン家と仲良くやっていけばいいけれど、もしダニエル様が負けたらどうするの?」
「それはアレンビー家≪実家≫のことかい、ジュライ家≪嫁ぎ先≫のことかい。」
「もちろん両方よ。アラン様のことは私、気に入っているのよ。できるだけ大事にしたいわ。」
「勝った場合から言うが、そうなればダニエルは名実ともに南部を代表する有力諸侯となるだろう。ヘブラリー家はレイチェル夫人がいるからどうかわからないが、ジャニアリー家は間違いなく長男を廃嫡し、ダニエルを後継とするからね。恩賞もあるだろうし、ここジューン領の繁栄と合わせれば一大諸侯だ。
我が家もそれに乗っかり、利を得ていけばよい。
負けた場合だが、どの程度の負けかと陛下に罪に問われるかによるが、最悪の場合、戦死や失脚も考える必要がある。
そうすると、このジューン領は王が没収するか、ジャニアリー家に返還されるかだが、いずれにしてもこの領民たちは行き先がなくなるし、繁栄も水の泡だ。
その場合は、レイチェルと取引して、彼女や家臣の身柄の保護と引き換えに、我がアレンビー領にこの地の繁栄を持ってきたい。
仮に、王都が混乱すればジューン領を切り取ることも視野に入る。
その時の情報は一刻を争う。エリーゼ、王都ではしっかり情報網を作り、至急の連絡を頼むぞ。」
兄の想定にエリーゼは頷くが、さらに質問する。
「ダニエル様が負けて、立場が悪くなれば、ジュライ家と縁を切るため、私は離縁した方がいいのかしら。」
「その時の状況次第だ。ダニエルが惨敗すればその可能性もある。
しかし、お前がアラン君を気に入っているのであれば、ジューン家とは縁を切ってもらうが、できる限りアラン君と一緒にいられるようにしよう。」
「ありがとう、兄さん。
できればダニエル様には勝ってほしいけれど、そうでない時は我が家≪アレンビー家≫と嫁ぎ先の利益を考えないとね。
兄さんもジュライ家への援助をよろしくね。王都では色々と物入りになりそうだわ。義姉さんの置き土産の女性の会でのお付き合いもあるし、女のお付き合いにはお金がかかるのよ。いきなり嫁ぎ先で大金を使うのは気が引けるわ。」
苦笑いしながら、承諾するアレクサンダーと喜ぶエリーゼだが、どちらも今後の展開を考え、頭を回転させている。
次の日の朝、ダニエルはベットでレイチェルを抱きしめ、言う。
「では行ってくるよ。いつ帰れるのかわからないが、手紙をまめに出す。
あまり家臣や領民をイジメすぎないようにな。」
「何をおっしゃるの。私はみなの幸せのために頑張っている・・」
レイチェルは笑って送り出すはずが涙声になる。自分はしっかりしていると思っていたが、見知らぬ土地で思った以上にダニエルを頼りにしていたようだ。
「いつも冷静沈着な奥さんの涙とは珍しい。折角の出陣に雨が降るぞー。」
ダニエルの戯けた声にも反応できない。
「あなた、新婚早々の妻をいきなり寡婦にするようなことはしないでね。お願い。」
「もちろん五体無事で、武功も立てるさ。オレがこれまでどれだけ戦ってきたと思う。勇将ダニエルだぞ。」
ダニエルは、これまで戦の際に誰かに心配してもらった覚えがなかった。こんなやり取りの中、ようやく妻をもらったという実感がした。
身支度を整えたところで、クリスが呼びに来て。整列した軍の前に赴く。
軍の後ろには輜重隊が続くが、そこには王都に帰る人々もいる。
アランとエリーゼ、J教徒の使いのシモン、死刑執行人サムソンが見えるが、その中にシンシアもいて、ダニエルに手を振っている。
「クリス、イザベラとロレッタがいるが、なぜだ?」
「レイチェル様から女手も必要なので、夫のいる二人が選ばれたそうです。
なお、シンシアを絶対にダニエル様に近づかせないように厳命を受けているとか。」
「オレも信用がないなあ。」
「お言葉ですが、あのシンシア嬢を見ていると、とてもダニエル様では太刀打ちできないかと。」
行軍の準備中に、無駄話をしていると、アレンビー子爵が話しかけてくる。
「ダニエル、もう縁戚だ。領地のことは心配するな。何か怪しげな動きがあればオレも協力して撃退するからな。
その分、アースの交易路にはアレンビー領も含まれるようにしてくれ。共存共栄だ。」
「アレクが協力してくれるとは心強い。
我が領地の繁栄には隣接する友好領主が必要だ。手を取ってうまくやっていこう。」
やがて準備も整い、オカダを先頭として軍が出発する。
名残惜しそうに、また若干心配そうに、人々はダニエルの姿を見送るが、その思いは様々であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます