女たちの動き、そして王都への召喚

 一発触発で睨み合うダニエルと異端審問官。

審問官は、不安そうに周囲で見守る民衆に呼びかける。


「この男は異端に与した故に破門である。もはや領主でもない。

皆の者、その男を捕えよ!

さもなくば貴様たちも破門、地獄行きだぞ!」


オロオロする民衆に声をかける者がいた。


「皆さん、心配いりません。

 ダニエル様は領主の責務として領民を保護しただけ。神の意に沿うことです。

異端審問官殿。教会に反する者を火炙りにせよ、免罪符を買えば罪は消えるとは聖書のどこに書かれていますか?

神の子ナザレがそのようなことをされましたか?」


「貴様は異端者フランシス。お前のような者が神の意志を語るな!」


「そこの免罪符売りは、『免罪符を買ったあなたのコインが箱にチャリンと入れば魂は天国に飛ぶ』と言っていますね。

 聖書では、ナザレは金持ちが天国に行くのはラクダが針の穴を通るほど難しいと仰っています。

 あなた達の行っていることは詐欺であり、神への冒涜です。いかに権威をかざそうとも地獄へ行くのはあなた達の方でしょう。」


 フランシスに論破された審問官達は、僧兵に命じ実力行使に出ようとするが、従士達に手もなく捕縛され、殺すまでもないとそのまま小舟で流される。

「貴様たちは全員火炙りにしてやる!」

異端審問官はいつまでも叫んでいた。


  暫く後、ベルネ家との話し合いが合意したとレイチェルから朝食時に聞く。

ベルネ家との交渉はすっかりレイチェルに任せっきりになっていたが、彼女の表情を見ると満足いくものとなったようだ。


「どうなったんだ?」


「ベルネ家の嫡男なので財閥の年収の半額で要求しましたが、先方は借金の減額を提案。

 こちらの世間の身代金並の要求と、先方の捕虜の身代金ではなく保護に対する謝礼なので身代金との比較がおかしいという水掛け論になりました。


 理屈は先方の言う通りですが、シンシアと相談し、ポール≪バカボン≫の彼女への誘拐・強姦の罪を公表し、牢獄に入れると脅したところ、先方が折れました。

 訴えることを取り下げる代わりに、借金の棒引きに加え幾ばくかの謝礼を貰うこととなりましたが、更にもう一押しすることを考えています。


 シンシアも望み通り、王都で豪邸を3軒ほど買えるぐらいの賠償金をもらうことになっています。

 本日支店長が借金証書と謝金を持ってきますので、ダニエル様にも立ち合いをお願いします。」


 ダニエルはその相場が適正がわからなかったが、重荷になっていた借金がなくなるだけでも満足である。


 午後にベルネ家の支店長がやってきて、借金証書と約束の謝金を渡し、嫡子≪バカボン≫を連れて帰ろうとするが、レイチェルが声をかける。


「お互いにメリットのある提案があるんだけど、聞いてもらえるかしら?

 やはり借金は棒引きせずともきちんと返済するわ。その代わりに、同額を借金させて欲しい。我が家は今、目先の現金が必要なの。

 そちらも長い目で見れば借金を棒引きされるより、返してもらった方がいいでしょう。王陛下の保証もついているしね。」


 支店長は考えたが、今回の件で、当地の領主ダニエルに横柄な態度をとったため信頼関係がなかったことが本店に知られ、大きなマイナス評価となっている。このレイチェルの提案である、借金の棒引きを無くすことを自分の得点とすれば、評価も上がるだろうと計算し、応じることとする。


 支店長が書いた巨額の借用手形を確認すると、レイチェルは、以前の借金証書に今回の借金額を足して書き直すと言い、支店長から以前の証書を受け取り、焼却する。   その上で新たな借金証書を渡す。


 それを見た支店長は、「これは何だ!250年の年賦で無利息とはどういうことだ!」と叫ぶ。

 ダニエルが証書の控えを読むと、借金の額は確かに増えているが、その後ろに但し書きとして、無利息とし、250年年賦かつ手元不如意の時は延期することができると書かれている。


 怒りのあまり真っ赤になる支店長に、レイチェルは涼しい顔で、「返済するといったけどいつまでかは言わなかったわ。250年先だけどちゃんと払ってあげるから心配しないで。

 不満があるなら夫が剣で話を聞くと言っているけど。」と言う。


 更に、「ご不満のようだから、アースから支店を引き上げていいわ。領主に頭を下げさせるような店は我が領にいらないから。」と言い放つ。


 支店長は、多額の金を毟り取られ、更に現在エーリス国きっての発展都市であるアースから支店を追い出され、今後ベルネ財閥での出世の道は閉ざされたと肩を落とす。


 対照的に、解放された嫡子のポール・ベルネ≪バカボン≫は、まずい飯と酷い女だったと文句を言いながら、元気いっぱいに軟禁されていた部屋から出てきて、「シンシアはどこだ。帰るぞ!」と呼びかける。


 シンシアは、ダニエルの背後から顔を出し、ポールに言う。


「ポール様、ここでお別れです。二度と顔を見せないでください。頭も悪いし、礼儀も知らない。ベットのテクニックも最低。本当にひどい目にあいました。


 あ、そうそう。博奕で負けた分は誰か使いを出すので払ってください。ちゃんと証書を作ってありますから、払わないと法廷に訴えますよ。」


 何をと飛びかかろうとするポールに、シンシアは、まあ怖いとダニエルに抱き着く。レイチェルに睨みつけられるが平気である。


 ダニエルは、従士にポールを連れて行くように命じ、レイチェルに「よくやった。さすがはわが妻だ。」と褒める。


 レイチェルは相好を崩すも、まだダニエルの腕に抱き着いているシンシアを睨み、「ダニエル様、褒める前にその女をどこかへやってください。」と言う。

 

 しかし、シンシアは「今回の決着は、私が訴えると言ったからベルネ家も折れたのよ。この褒美に、アースでの娼館の開業許可とダニエル様の愛人にしてくれるようにお願いします。」


「開業は認めるけど、愛人は認めない!」

 さしものレイチェルも、シンシアという自由奔放な野生の猫のような女には苦戦を強いられているようだった。



 さて、準備が整った後、領主館前の広場にて、フランシスの司式のもと、合同結婚式が執り行われる。

 式は、ダニエルとレイチェル、アランとエリーゼ、クリスとイザベラの三組に加え、ダニエル配下の騎士・従士とジャニアリーやヘブラリー家から派遣された侍女達のカップルも多数いる。


 その中には、玉の輿を狙ってダニエルを夜襲し、手を出さなかったことを嗤った娘も含まれていた。その娘の結婚相手はジューン家の従士長であるラインバックである。


 ダニエルはそれを知ると、密かにラインバックを呼び、経緯を糺したところ、案の定、酔わされた挙句に既成事実を作られ、そのまま押し切られたという。


「そんな経緯で結婚していいのか。なんならオレから断りを入れてもいいぞ。」


 従士長といえば、平時は従士を束ねて家老とともに家中を治め、戦時には領主の命を受けて、部隊の指揮を行う重要ポスト。家庭の問題で仕事に支障を来されては困るとダニエルはラインバックに確認する。


「ダニエル様、ご心配はありがたいですが、こんなことで始まった中ですが、ロレッタとはうまくやっていけると思います。自分は以前に馬鹿な婚約者に裏切られましたが、ロレッタは賢明な女です。うまく家庭を治め、子供を育ててくれるでしょう。」


 既に尻に敷かれているようだが、本人がそう言うならとダニエルは矛を収めたが、執務の休憩時にロレッタが茶を運んできたときに、小声で「ラインバックを大事にしてやれ。浮気などしてあいつを傷つけると許さんぞ!」と釘を刺しておく。


 ロレッタは澄ました顔で、「言われるまでもありませんわ。ラインバック様は誠実で有能な旦那様。大事にいたします。ダニエル様はわかっていないようですが、結婚は女の戦場。騎士が手柄を立て領地をいただくように、女は頭も身体もすべてを使って男を射止めるのです。自分のものとなった領地を粗末にする領主がいますか。それと同じように女は獲った夫を大事にします。」と逆に説教される。


 そんなものかと思うダニエルに、ロレッタは言葉を続ける。

「ダニエル様の奥方様もそうでしょう。王都の戦いに自ら出られてダニエル様を射止めたのではないのですか。

 でも、あの時ダニエル様のお手付きにならなくて良かった。奥様があんな方と知っていたら恐ろしくてあんなことはできません。何もなくお互い良かったということにしましょう。」


 レイチェルは、アースに到着してまもなくジャニアリー・ヘブラリー両家の女の争いを聞き、バーバラとイザベラを呼んで、女たちの指揮は以後すべて自分が執るので、無用の争いは直ちにやめるよう指示し、両家から来た女たちと面接し侍女を選抜、残りは領地に戻るか、この地で平民として生きていくように選択させた。


 今更実家に帰れない彼女たちは、ジューン家の家臣の妻を狙い、積極的なアプローチをかけた結果、ジューン家は結婚ラッシュとなっている。


 一夜にして、ジューン家の女帝となったレイチェルは、アメとムチを使い分け、侍女たちから恐れられていた。

 もっとも、要領のいいレイチェルは、ダニエルの母代わりのバーバラやヘブラリー家の代理人たるイザベラには、王都の高級な土産を贈り、良好な関係を築いている。


 さて、言いたいことを言って、茶を置き、去っていくロレッタを見送りながら、ダニエルは、

(夫は妻にとって領地なのか。

 そうだとするとジーナにとって兄貴≪ポール≫からオレへの乗り換えは領地替えだったのか。主君に与えられた領地が気に入らないという領主は取り潰しだよなあ。)

と考えていた。

 突然後ろから、「あなた、何を見てらっしゃるの?」とレイチェルから声がかかる。


 驚いて茶を落としそうになるダニエルは、なんとか平静を装うが、レイチェルに追及され、結局ロレッタとの間にあったことを白状させられる。そして以後、泊りの視察は厳しくチェックされることとなる。


 十何組もの結婚式が上げられ、最後にダニエルとレイチェルの番となる。

 さすがのレイチェルも緊張しているようだが、ダニエルは二度目とあって落ち着いていた。

 しかし、レイチェルに、「今回が、ダニエル様にも初めての式であれば良かったのに。」と残念そうに言われると、申し訳なさを感じる。


 ダニエルとレイチェルの入場で、広場は最高潮の盛り上がりとなり、集まった領民は「ダニエル様、レイチェル様万歳」と叫ぶ。


 そこに、一群の騎馬兵たちが現れ、突然のことに緊張が走る。

カケフ・オカダが剣を取り、何奴と誰何する。

クリスとバースは、すぐにダニエルの盾となるべくその前に立ちはだかる。


一団の背後から大柄な男が馬に乗って現れ、兜を脱ぎながら「俺だ!」と叫ぶ。


カケフ・オカダ達から緊張感がなくなり、駆け寄っていく。

「団長、久しぶりです。いかがされましたか?」


ダニエルもすぐに駆け出す。


「メイ侯爵領に置いてきた騎士団第一隊を引き取りに来てな。その帰りに南方街道を通っていると、領主様の結婚式で大盤振る舞いだという話を聞き、いっぱいご馳走になりに来た。」


 団長の言葉に、ダニエルは「喜んでおもてなしさせて頂きます。館の蔵が空になるまで飲んで、食べていってください。」と喜色満面で返事する。


「それはありがたい。みな、ダニエルに感謝しながら飲んで喰え!」

団長の言葉をきっかけに、騎士団員たちがご馳走に貪りつく。


「ここ、数日野営でろくなものを食べてなかったからありがたい。

ダニエル、結婚おめでとう。困ったときはオレたちに言え。助けに行ってやるぞ。」


 ダニエルにとって、幼くして入れられた騎士団は家族同然、団長は父親代わりであり、彼らに祝ってもらうことは何よりの祝福であった。


 レイチェルも夫の仲間たちを笑顔でもてなす。

 血の婚礼事件で、レイチェルとともにダニエルの救援に向かった騎士たちも居合わせ、レイチェルに「おめでとう。本当にダニエルを仕留めたのか。あんたの度胸には騎士も顔負けだよ。」と祝いの言葉を述べている。


 その歓声の中、団長はダニエルを手招きし、人のいない部屋へ案内させる。


「ダニエル、陛下からの命だ。至急、兵を連れて王都に来いとのことだ。


 俺の推察だが、最近、陛下は急激に専制化を進め、もはや貴族との合議を行っていない。国務会議のヨーク参議が強く諫めたところ、死罪を申し付けられ、王妃の執り成しで永蟄居とされた。卿はそのまま食を断ち、自裁されたがな。


 パーマストン宰相は、この情勢を見て、病と称し、自宅に引き籠っている。お前の義祖父のマーチ卿はまた宰相を狙っているようで、奔走しているが。


 陛下は王都近辺の直轄化と、諸侯への牽制を同時に進めるつもりのようだ。

俺は急すぎると何度か諫言したが、お前は戦にだけ口を出せと叱責されたわ。

貴様もいずれかの出兵を命じられるだろうが、決して不満を口にするな。」


 王の腹心、無二の友と言われた団長が遠ざけられているとはと、ダニエルは王政府の急激な権力変動に驚くとともに、領地の編成も済まないが早くも出兵かと覚悟を決める。


「今や、王の寵臣が幅を利かせる一方、その他の者はいつ処罰され、領土を取り上げられるかと不安に駆られている。薄氷を踏むがごとしというのが王都の状況だ。

 そして、その寵臣の筆頭と噂されているのが、法衣貴族ではトム・プレザンス、諸侯ではお前、ダニエル・ジューンだ。」


「オレが?確かに位階はいただきましたが、その分働いたつもりですが。」


「他から見れば、一介の騎士団員から諸侯への成り上がりは王の引き立てによるものと見られている。王都では貴様を嫉む者も多い。心して振るまえ。」


「団長、お心遣いありがとうございます。そのためにわざわざ寄っていただいたのですね。」


「立ち寄ったのは、騎士団で飲み食いして、お前の貧弱な財布を空にしてやるためだ!」

と笑って言いながら、団長は袋から大きな金塊を出す。


「俺からの結婚祝いだ。立派になったなダニエル。

目指していた一家を構えられたじゃないか。あとはしっかりと家族と家臣、領民を守っていけ。

 もう騎士団員でないお前を守ってやることはできないが、困ったときは相談に来い。」


 心のこもった団長の言葉にダニエルは涙が溢れる。

 思えば7歳にして騎士団に放り込まれ、当時のヘンリー騎士の小姓となって以来の付き合いである。ダニエルにとって家族と言えばまずヘンリー団長が思い浮かぶ。


「ありあとうごじゃいます。」

泣きじゃくるダニエルを団長は抱きしめ、背中を叩く。


「おいおい、それじゃあ7歳で俺のところに来た時と変わらないぞ。

領主・司令官が泣いてちゃ、家臣は誰を頼ればいい?

これからは顔で笑って肚で泣け。

もう領主であり、一家の主となったお前は泣くこともできん。男はつらいぞ。」


 団長の言葉に、ダニエルは涙を拭いながら、領主としての覚悟と王都での厳しい状況を肝に銘じるとともに、早急な出陣の準備とその間の領地での政務の代行をどうするかに頭を回転させ始めた。






 


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