ダニエルの下に集う人々

 レイチェルと一夜を過ごした後、ダニエルは今後の政務について彼女と話し合いを行った。

 領内統治の整備が途中段階であることや、王政府やヘブラリー家からなるべく早急に来るよう求められていることを踏まえ、ダニエルが不在であっても領内の政≪まつりごと≫が支障を来すことのないよう、レイチェルに領地の行政権を委任することとする。

 ダニエルは軍権と家臣・領民への人的支配(主従的支配権)を有し、レイチェルは訴訟や行政などの統治的支配権を有する二頭体制とする。


 このように二元的な統治を行うことは極めて効率的な手法であるが、その反面、権力を共有する二人の仲が悪くなれば、家中を二分することになる。

 有名な前例としては、ムロマチ家が兄弟で二元体制をとり、乱世を制し一国を統一したものの、兄弟仲の悪化により分裂抗争し、最後に兄が弟を殺害したことがあげられる。


 ダニエルとレイチェルもこの前例を承知しているが、他人の始まりと言われる兄弟と、夫婦は違うということで、この体制で合意した。


 レイチェルは、通常の妻以上に領主としての権力を分有することとなり、自らの能力を存分に振るえるという自負と信頼への重責を感じる。


 ダニエルは、このことを知ったクリスから、「諸侯の妻が裏切ることは多々あること。領内の政務を全面的に任せることは反対です。」と強い諫言を受けるものの、


「レイチェルはオレよりも政務に長けているし、やる気もある。有能な者がいれば使うのが当然だろう。仮に妻に裏切られるようであれば、オレの器量がそこまでだったということ。」と意に介さない。


 ダニエルの腹としては、有力諸侯が実家であれば夫よりも実家を優先することもあるが、レイチェルは王都の法衣貴族出身なので、裏切るおそれは低いという計算も立てている。レイチェルは諸侯や大貴族の娘のような結納金を持ってこなかったことを気にしていたが、メリットとデメリットはどちらにもある。

 むしろダニエルとしては、自分の家とヘブラリー家で実家問題はお腹がいっぱいであり、身一つで来てくれた方が気楽でよかった。


 さて、ダニエルは、政務のかなりを妻に任せることができ、日程に余裕ができたことから、軍務や領民との面会に多くの時間を割けるようになった。


 今日はアレンビー子爵に付いてきて王都からやってきた人々をチェックの視察に赴いていた。


 当初は来る者は拒まずと鷹揚に受け入れていたが、アースの繁栄が聞こえるにつれ、犯罪者や浮浪人なども往来し始めたため、入口でのチェックを行うこととしている。


 特に今回は、アレンビー子爵軍の護衛があったため、これまでになく多数の人が来訪している。


「ダニエル!」

来訪者からダニエルの名を呼びかける者がいる。

 

 そちらを見たダニエルは破顔する。

「フランシス、よく来たな。」


 フランシスは、ダニエルが騎士団時代からの友人であり、商人の跡取りから回心して出家し、修道士となった男である。

 ダニエルが森で剣の練習をしている時に、小鳥に向かって説教するフランシスを見て、変わった男だと話しかけたことがきっかけで友人となった。

 ダニエルはフランシスの教えにさほど関心はなかったが、その類い稀な純粋な信仰心と熱意に感心し、友人として付き合ってきた。


 フランシスは、徐々に信者を増やしていたが、何も所有せず、労働か托鉢で清貧に生きることが、最大宗派のイオ宗に疎まれ、異端の疑いを受けるなど迫害を受けていた。

 旧知のダニエルが領主となったことを聞き、12人の仲間とともに越してきたのである。


「ダニエルは以前にオレが領主となれば、好きに布教させてやると言ってましたね。その言葉を信じて、ここまでやってきました。」


(そんな酒の上の冗談を真に受けてきたのか。うーん、フランシスは良い奴なんだが、これ以上、大宗派に睨まれるのはどうかなあ。)


 ただでさえ、異教徒や賤民を受け入れ、伝統宗派や保守的貴族から白眼視されているジューン領にこれ以上異端の疑いを受ける宗派を受け入れることはどうかと、ダニエルの頭をよぎる。


 しかし、これまで宗教対策には手が回らず、現在のジューン領では布教が放任された結果、民衆を中心に祈りの言葉を唱えるだけで天国に行けるというガニメデ宗が広がりつつあった。

 しかし、ガニメデ宗の信者が各地で団結して一揆を起こし、他国ではガニメデ宗コミューンが領地を支配するところも出てきていることから、ダニエルは早くこの動きを止める必要を感じていた。


「わかった。古くから友誼のあるフランシスとの約束だ。好きに布教してくれ。オレも信者になり、教会も建設しよう。

 そうだ。ちょうどいいタイミングだ。オレの結婚式もあげてもらえないか。」


 レイチェルとの結婚はダニエルの悩みの種であった。形ばかりとはいえ、王宮で王室付き司祭のもと、ジーナと式を挙げたため、どの司祭に頼んでも断られてしまうのだ。


 フランシスに事情を話す。

「では、そのジーナさんとは間違いなく白い結婚なのですね。そして双方とも婚姻継続の意思はないと。」


「レイチェルはジーナに対して、自分が妻になる旨を手紙に出したが、何の音沙汰もなかったと聞いている。王・王妃両陛下からもレイチェルに祝いの品を送られている。」


「そこまでされているならば問題はないでしょう。わかりました。レイチェルさんとの結婚は私が司式者となりましょう。後ほど館に向かわせてもらいます。」


(助かった。いくら実質的に妻とはいえ、領内では式を挙げ、家臣や領民に正式に披露してやりたいからな。)


 ジューン領では、戦勝や領地の建設、更に他所からの開放的な受け入れなどにより、ダニエルは神のごとく崇められている。

 そのダニエルが信者であることと、フランシスの敬虔な信仰ぶりから、彼の教え、フランシス宗はジューン領を席巻し、更に各地の民衆の心をつかみ、ガニメデ宗と対抗する力を持つこととなる。


 フランシスとその仲間を見送ると、禿頭と長い顎鬚≪アゴヒゲ≫の二人の老人がダニエルに話しかける者がいた。


「ダニエル、元気そうだな。」

宮廷錬金術師のパラケルススと占星術師ケプラーである。


 ダニエルが騎士団時代に警護等で宮廷を行き来していた際に、国籍不明、年齢不詳のこの爺さんたちに妙に気に入られ、その研究室に出入りしていた。

 何をしているのかわからない爺さんたちだが、その世界では名を知られた男達であり、先代の王に招聘されたと聞いている。


「先生たち、こんなところまで来られて、どうかされましたか?」


「いやー、前の宰相が失脚した後、王が宮廷の無駄を撲滅するなどと言い始めてな。事業仕分けとやらで、わしら二人は追い出されることになってしまったわ。」


「先生方のお仕事はすぐに成果が出るものではありませんからね。」


「ダニエルはわかっておるのう。あの王は直ぐに戦争に役立つものになるのかなど非文化的なことを言いおって。」


(王の気持ちもわかる。錬金術だの占星術だのは何の役に立つかわからない割に金がかかるからな。文化の高い国づくりは重要なことだが、コストベネフィットにうるさい王からは無駄に思えるのだろう。)


ダニエルの感想をよそに、パラケルススに続き、ケプラーも口を出す。


「王はグラッドストン卿が亡くなられてから、その行動を止める者がいなくなった。

今度の宰相は貴族をまとめきれず、抑えがきかん。プレザンスとか言う王のお気に入りが貴族派の切り崩しを行っておる。


 ダニエルが負かしたメイ侯爵の領地もそうだが、他にも何人かの領主の領地を謀反の疑いありとして没収し、それを財源に王親衛隊とかいう私兵を組織しているらしい。

 王都周辺の交通路には、没落した領主や騎士たちが悪党となって出没し、物流が脅かされておる。」


「騎士団は貴族の目が光っているうえに、団長は硬骨漢だからな。王の命と言えど納得がいかなければ指示に従うまい。騎士団以外に言うことを聞く武力が欲しいわけだ。

 王が後援するエウロパ宗とイオ宗が荘園や利権を巡って対立が激しく、僧兵どもで王都近辺が騒がしいわ。坊主が金儲けで喧嘩とは世も末だな。」


 王都の情報はありがたいが、この爺さんたちの話は尽きるところがない。

貴族の運命を占う占星術師はもちろん、錬金術師も様々な情報網を持っている。


「当地に滞在いただくのは良いですが、私からは何も俸給をお渡しできませんよ。」


「そんなものは期待しておらん。わしの錬金術は万物に及ぶ。とりあえず薬や蒸留酒でも売るので、人手を貸してくれ。

 それと新しい染料を生み出した。陶器にも使える優れたものだが、王都のギルドからは余計なものを作るなと怒られた。ここなら使えるだろう。職人を紹介してくれ。」


「わしは占星術でブドウの作況を予想し、葡萄酒の樽を買い占め、大儲けしている。今年も作況で当ててやる。自分の研究費は自分で出せる。

 それと、わしもパラケルススも弟子が追いかけてくると思うので、学校用に広い建物を建ててくれ。」


 好き勝手言うこの爺さんたちは放っておいてよさそうだとダニエルは判断する。


 では、ご自由に過ごされよと言い、立ち去るダニエルの前に歩哨の一人が男を連れてくる。


「ダニエル様、私はJ教会最高会議の使者のシモンと申す者。我が信者を受け入れていただき、ありがとうございます。本日はそのお礼と協力に参りました。」


 シモンの話は、J教徒たちが迫害から逃れる先として、今後ともジューン領を確保したい、そのため、ダニエルに最大限の協力を行いたいということであった。


 J教徒と言えば、各国に居住し、連絡網を持ちながら、金融関係や貿易関係で大きな勢力を有している。

 現在、借金に困り、今後は商工業の振興を目指すダニエルには喉から手が出るほどありがたい話である。

 無論、計算高いことで有名なJ教徒が、信仰のみでこのような協力を申し出ることはない。彼らはジューン領の繁栄ぶりとダニエルの将来性をよく勘案し、この申し出を決断した。


「こちらこそ頼りにさせてもらうぞ。ジューン子爵家は金もないし、城もない。領地も少ない。あるのは家臣と領民の数だけで、どうやって食わせていくか頭を痛めているが、我が誇りに賭けて、この地を頼ってくる者を追い出すことはしないと誓おう。」


 ダニエルは、J教徒だからと見下すこともなく、威張ることもなかった。シモンはそんなダニエルに好感を持つ。

 王にもJ教徒の保護と引き換えに資金援助を行ったが、王はC教保守派の反発を恐れ、J教徒への迫害は見過ごす一方、資金の要求を何度も行い、遂にJ教最高会議は他に保護者を求めることにしたところである。


(彼ならばC教を恐れることなく、我らを保護してくれることだろう。ダニエル殿を盛り立てていくよう最高会議に提言しよう。)

 シモンはこのような思いを胸に一旦王都に帰還することとする。


 ダニエルの面会者は途切れることがなかったが、最後に真っ黒な服と深いフードを被った男がやってきた。

「ダニエル様、私は賤民頭にして死刑執行人サムソンでございます。我が仲間を蔑むことなく、受け入れてくれる夢の地があると聞き、訪ねてまいりました。」


 サムソンと言えば、死刑執行人をはじめ、人々から賤業とされる職業の統括役である。賤業の王と呼ばれる死刑執行人は、市民との接触を禁止され、物も売ってもらえず、街中の居住も禁止されている。更に死後も教会は埋葬を拒否し、棺桶を担ぐ者もいなかった。彼らに触れた者も賤民とするという徹底ぶりである。


 賤業には他に、道路・下水掃除人、堂守、汲み取り人、理髪外科医、綱職人、河原者、サンカ等多数の職があるが、死刑執行人がその蔑視度合では最も高い。

 一方、死刑執行人には多額の給与に加え、死体や遺物の所有など諸々の権益から並外れた収入を得ていた。

 そのような彼らが欲するのは、自らや家族の安住の地である。

図らずもそれを提供してくれたダニエルは賤民たちから深い感謝の念を得ていた。


 ダニエルとジューン領のためであれば、賤民すべてを取りまとめるこの身の届く限りあらゆる協力を惜しまないというサムソンの言葉に、ダニエルは驚いた。


(オレはすべての者を差別することなく取り扱えという騎士団とC教の教えを守っただけだが。)


 幼いころから、騎士団に入れられ純粋培養されていたダニエルには社会の暗黙のルールによる蔑視がわからない。彼が学んだのは、騎士団での教えと戦いを通じての信頼と絆である。戦闘の中で、相手の出自を聞いてから助ける、助けられることを決めることなどありえない。その行動を見て、相手を信頼すべきかどうかを確かめるのがすべてである。

 ダニエルは、その学んだことに基づき、自分の領地を治めている。都市創設時にゴミ掃除や汲み取り人がいなくて大変な苦労をしたことから、ようやく来てくれた彼らを蔑視する者がいれば警告し、酷ければ追放に処した。


 ダニエルは、他の者と同様に、「私とこの地のために協力してくれることに感謝する。」と言いながら、サムソンの手を取り、握手する。


「ダニエル様、賤民、それも死刑執行人ですぞ!」

周囲からは悲鳴のような声が上がるが、ダニエルは意に介さない。


「死刑執行人は罪人を死に導くだけだ。彼らが賤民ならば、自ら敵を殺害に赴く、我ら騎士は更に賤しいものとなろう。」


 ダニエルの言葉を聞き、サムソンやその周囲の賤民は静かに涙を流す。

どこにも居場所がないとされてきた彼らを受け入れてくれる領主がいた!


そのような場面の中に、大きな声が響き渡る。

「ここが、異教徒や異端、賤民の集まりたる地か。

すべてを燃やし尽くすのが神の意に沿うであろう。」


「異端審問官様、その前に免罪符を買う者がいればお許しください。免罪符により、罪を赦すことは教団も認められております。」


 異端審問官を筆頭に、免罪符売り、説教師、公証人、僧兵などで構成されたイオ宗の異端狩り特別チームである。

 異教は言うに及ばず、異端や破戒とされた者の罪を拷問にかけて問い、金があれば免罪符を買わせ、なければ火刑に処す。

 戦争による暴行・略奪に次いで、民衆の恐れるものである。


 J教徒、魔女の疑いをかけられた少女、異宗派信者、賤民はもちろん、一般市民も彼らを見て、震えあがっている。いったん異端の疑いをかけられれば身の破滅は避けられない。


「奴らのような汚物を処理もできない、馬鹿な領主はどこだ!すぐに呼んで来い。

 騎士上がりの次男坊が、王に気に入られて領主となり、統治のやり方もしらんと見える。我らがしっかりと教育してやろう。」


 異端審問官の声に、クリスの止めるのも聞かずにダニエルが答える。

「馬鹿な領主はここにいるぞ!

この地のものは一草一木までオレのものだ。何が燃やし尽くすだ。

貴様らに薪を使うのも勿体ない。川に投げ込んで魚のえさとしてくれるわ!」


 領民の前に仁王立ちとなるダニエルと、特別チームの先頭に立つ異端審問官は領都の柵を挟んで、厳しく睨みあう。


 










 

 

 












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