レイチェルの辣腕と夫婦の誓い
レイチェルは、ダニエルとバレンタイン、クリスを政務室に集めて、今の状況のヒアリングを行った。
ダニエルは、昨夕の海賊退治以来の激務と酔いのため、途中から寝てしまったが、そのまま放置され、朝までレイチェルの質問は続いた。
レイチェルは一眠りした後、アランを呼んで、ジューン領の分析と対策を検討するのに付き合わせる。エリーゼも勉強のためと一緒に来る。
「義兄さん《ダニエル》はいいの?」
「あの人は昨日サボった仕事に追われているでしょう。」
(そういうことではなく、結婚前の男女が久しぶりに会ったんだから、二人で語らい、仲を深めた方がいいと思うんだけど。)
普通の感性を持つアランはそう思うが、姉には言いたいことを飲み込み、仕事を手伝う。
「交通網の整備、人流・物流の集結、都市の建設と、意図したわけではなさそうだけど、この短期間によくやったわ。それに、全領地を直轄としたことは、家臣に分けて治めさせるより手間はかかるけれど、やれることは多い。今はそれどころじゃないけどね。
でも、騎士や兵の募集・選抜から兵種別の編成まで、軍事方面は見事な体制を創り上げたのに比べ、内政の手薄さは何なの!
問題は、いっぱいあるけど、まずは財政が大破綻していること、内政の人材が全く足りてないことかな。
アラン、エリーゼ、どうすればいいと思う?」
「普通に考えれば、手っ取り早いのは、商人か修道院かにでも徴税を請け負わすのかなあ。
人材はジャニアリーやヘブラリーから募るか、王都の官僚志望者から募集すればどうかな?」
徴税請負人は、領主から収税を請け負い、その税金額を前払いし、代わりにその領地から取れるだけ税を集めて自分のものにする。大商人や豪農、修道院などが受け手である。
アランの言葉にエリーゼが反論する。
「徴税請負人などとんでもない。そんなことをすれば、奴らは後先なく収奪し、領地は荒廃します。」
「そうよね。王政府の代官は任期付きなので結構使うけれど、ずっと領地を治める領主には禁じ手よ。
だから、地道に自分で、領民を生かさず殺さず、不満を言わさず上手に搾り取らないとね。
それと、文官を募集しても、もう支払う給与がろくになさそう。
ダニエル様は武官と武装に資金を全振りしているみたい。」
レイチェルは、現地に来て、思った以上に領地に人が集まり繁栄しているのは嬉しい誤算だったが、余りにも財政や内政の体制ができていないのに驚いた。たわわに実った果樹園で手を拱いているような気持ちである。
(内政は私が切り回すつもりだったので、お手並み拝見と丸投げしているのかしら。それならそれでやってみせるわ!)
いかに産業を振興し、領民から税を搾り取るか、やり甲斐を見つけ、目がキラキラと輝くレイチェルに、アランはこれは危ないと思い、一言言う。
「姉さん、程々にしないと、義兄さん《ダニエル》や家臣に追い出されるよ。」
「わかってる。上手くやるから。」
(これは義兄さん《ダニエル》に言っておかないとな。)
そう思うアランの横で、エリーゼがレイチェルに話しかける。
「お義姉さん、やっぱりお金をどう取るかを考えるのはいいですねえ。
うち《アレンビー家》のノウハウも提供しますよ。」
「流石は私が見込んだ義妹。いいこと言うわ。
あなたにはアランを補佐して王政府の財政の仕事があるわ。それもなかなか楽しいわよ。」
義姉妹が意気投合するのを見て、アランは、やっぱり姉さんの代わりに似たような妻が来るのか、とガックリしていた。
さて、それからレイチェルは何日かかけて、これまでの施策の文書を読み、現地を視察し、名主、主だった商人や親方職人からヒアリングして、考えをまとめる。
その後、夕食の後に、ダニエルを呼び止め、自分に与えられた部屋に連れてくる。
「ダニエル様、今後のジューン領のあり方についての政策を纏めましたのて、お聞きください。」
「レイチェル、それはありがたいが、まずオレの治世の方針を言っておく。
綺麗事かもしれないが、領主は領民のために政治を行うものだと思っている。
それに同意できないなら、幸いまだキレイな身体のままだ。このまま王都に帰って欲しい。」
ダニエルは、教会もなく司祭もいないことを理由に、まだレイチェルとはベッドを共にすることをしていない。
レイチェルの、いかにも切れ者の中央官僚らしい言動については、アランから忠告を受けたこともあり、釘を指しておかねばと思っていた。
広大な領地と多くの民衆を数として捉えて政治の対象とする王政府のやり方と、顔の見える近さで、血の通ったやりとりをする地方領主の政治は違う。
ダニエルは短い間だが、ジューン領でそれを痛感していた。
レイチェルと言い争って勝てるわけもないが、譲れない原則は最初にハッキリさせておくことだと騎士団で教えられてきたことを実行する。
レイチェルはその言葉を聞き、少し意外そうな顔をするが、わかりました、領主は
レイチェルはまず領内の状況を、増水した川に例える。
「干上がった川に、ダニエル様は見事に水を集めてきましたわ。しかし、今は集まった水は使えずに貯まっているだけです。
これに水路を作って、流したいところに流し、それを上手く利用し、人の生活に役立てていく、それが為政者の仕事です。」
その前置きの上でレイチェルの方針は次のようなものだった。
①ジューン領は、増加した人口や交通の便の良さから、商工業を主たる産業とする。
そのため、商工業者からの徴税をしっかりと取れるかが財政の決め手となる。
②通常、ギルドから税を徴収するが、ギルドは作らないのであれば、個別に集めるしかない。
具体的には
・市場の売買の権利料と出店料(面積に応じる)を徴収する。
・領内はまだ教会がないので、その代わりとして1/10税(売上の1割)を納めさせる。
・問題は、利益が大きい貸金業、質屋、酒屋であるが、ここは申告後に怪しい店には帳面を査察する。
更に、店を持たない連雀商人についてですがとレイチェルが言いかけたところで、ダニエルは止める。
「店もない零細な連雀商人からは税を取るな。」
「わかりました。
問題は娼館なんですよね。儲けている割にアンダービジネスでわからない。
不愉快だけど、あの
あの後、ダニエルの知らないところで二人は話し合い、何らかの協定を結んだようだ。それからベルネ財閥への追求が激しく行われている。
毎日食って寝て博奕をして(シンシアのアイデア)、女を抱いて、ブクブクと太っていくバカボンと対象的に、2人の女性からの要求を本店に繋ぐ支店長の顔色は土気色をしてきている。
③現在の主産業の農業については、せっかくアースという消費地ができ、王都やリオ共和国への運搬も容易になったので、安価な穀物でなく、高付加価値商品の野菜や果実、食肉を振興する。
そのための灌漑や技術指導もしなければならないが、幸い水は近くのバン川にいくらでもある。
④メイ領から分捕ってそのままになっている炭田を有効活用し、燃料として各地に販売することや、熱を使う焼物などの産業を誘致する。
⑤ジャニアリー領はもちろん、隣接するアレンビー領などの中小領なども併せて、関所のない関税同盟を作り、楽市楽座と併せて、大南部市場を生み出す。
流れるようなレイチェルの説明を聞き、ダニエルは溜息をつく。
「よくそれほどアイデアが出るものだ。
一つだけ良いか。難民の救済と子供の教育をやってくれ。
貧しい者、迫害された者が多くここに来る。そして、それを食い物にしようとするものもな。
奴隷商人は徹底的に取り締まっているが、それだけでは救えない。彼らを食えるようにすること。オレの頭では無理だが、レイチェルに考えて欲しい。」
「なるほど。
ダニエル様は領民に愛される領主を目指しますか。君主は怖れられるのと愛される者とがいるとは、マキュベリの君主論にありますね。
わかりましたわ。金がいる施策ですが、愛する夫の頼み。なんとかしましょう。」
「ありがとう。
しかし、そんなに多くの施策を実行する人材がいないぞ。
悪いが、人材を雇う金は全て武官に使った。」
「それには当てがあります。
実はこのアイデアは王都にいた頃に、貴族女性の会でみんなで考えていたもの。政に腕を振るいたい女性はたくさんいますわ。
私達は他の女性がファッションと噂話にうつつを抜かしているときに、いつ実現できるかわからなくとも、理想の国作りを考えてきました。
同志の彼女達を王都から呼び寄せます。
彼女達には男ほどの給与はいりませんし、ここで結婚して、退職し土着すれば王都との伝手もでき、新陳代謝で人件費も抑えられます。」
そして、「同志少女よ、ペンを取れ、今こそ我ら立ち上がるとき」と流行りの小説をもじりながら、会への手紙をしたためる。
更に、側にいたアランとエリーゼの方を向く。
「そういうことだから、王都に帰ったら、この手紙を渡して、会のみんなに知らせておいて。
エリーゼは、私の跡を継いで、事務局長をしてもらうわ。
王妃様にも紹介しないとね。」
「やったー!
ありがとうございます。お義姉さん。
早速こんなに面白そうなことをやらせてもらえるなんて!」
「わかっていると思うけど、ジューン家のための情報収集と派閥仲間を作るのよ。」
「勿論ですとも。ジュライ家への支援もお願いしますね。」
「お金でも兵士でも送るわ。王都にダニエル派を作るため、上手く使うのよ。」
女性陣のやり取りに驚いたアランが言う。
「姉さん、エリーゼとは婚約で暫く相性を見るんじゃなかった?」
エリーゼがキッとこっちを向く。
「アラン様、私達は相性ピッタリと思いますが、アラン様はそう思いませんの?」
「いや、そのとおりです・・・」
レイチェルがこう言って締める。
「異存ないようね。
じゃああなた達の結婚もダニエル様と私の結婚式と一緒にやってしまいましょう。」
項垂れるアランに対して、ダニエルが仲間を見つけたとばかりに嬉しげに肩を叩く。
「義弟よ。ともに頑張ろう。」
アランはハイと頷くしかなかった。
アランとエリーゼを送り出した後、ダニエルはレイチェルに向き合って、戯けながらいきなり一節歌った。
「お前がオレに嫁ぐ前に言っておきたいことがある♪
かなり厳しい話もするが、オレの本音と聞いておけ♫」
「また、随分古い歌を。
そんな似合わないことまでして、何をおっしゃりたいの?」
ダニエルは顔色を改め、厳しい表情で語り始めた。
「レイチェル、先程はジューン領の領主として言ったが、これからはダニエル軍司令官として言う。
今の王は、オレを引き立ててくれたが、冷酷な方だ。便利な道具であるうちは重用してくれるだろうが、役に立たねば切り捨てられる。
生き残るためには、なんとしても戦さで勝たねばならん。
武将は犬とも言え、畜生とも言え、勝つことが本にて候とは、隣国ジェミナイのランズエンド公の発言だが、その通りだと思う。
だから、オレが戦場から要求した人員や物資は何としても送って来い。その時には領民からいかなる手段を使っても搾り取れ。反抗するならば徹底的に弾圧しろ。
さっきの言葉と矛盾しているかもしれない。
しかし、領主たるもの、時に非情でなければ生きていられないが、家臣や領民に優しくなければその資格はないと考えている。
飢えた子供が握るパンの一欠片であっても必要な時には奪え。オレの妻になるのであればな。」
ダニエルの武力全振りや民への甘い言動に、まだ騎士団員のつもりなのかと少し失望していたレイチェルは、彼の秘めていた覚悟を知る。
(ああ、この
この人とならば共に人生を歩くに足る。
「七度の飢饉より戦争は怖ろしいと申します。負けて蹂躙されればすべてを失うでしょう。勝つために全力を上げましょう。
必ずや貴方の妻として期待に応えます。」と誓う。
ダニエルはそれを聞き、レイチェルを抱き上げ、ベッドへ連れて行く。
「ならば冥府魔道を共に歩く夫婦として契りを結ぼう。」
「鬼の亭主に羅刹の女房と言われるのも面白うございましょう。」
「違いない!」
とても初夜の夫婦とは思えない会話をしながら、二人は初めての契りを結んだ。
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