ダニエルに擦り寄る人々

 翌朝、ダニエルはスッキリと目覚めると、朝の鍛錬後、家臣との朝食時に、昨日の王との話を要約して伝える。


 家臣たちは、話を聞くと手に余る仕事を押し付けられてきたという雰囲気が漂うが、オカダがいつものように吠えた。


「ダニエル、良くやった!

そんな大仕事を貰ってくるとは!

騎士団が軍神と戦いに行ったと聞いて、ガッカリしていたが、それは楽しみだ。」


「とは言え、王都の近くで歯ごたえの有りそうな諸侯などいたか?

野盗退治は飽き飽きした。」

とカケフも続く。


オカダとカケフがデカい声で景気のいいことを言うので、不安そうにしていた者もそれを聞くと安心したようだ。


(こういう時はイケイケのコイツらは頼もしい反面、みなを安心させるためでなく素で言ってるからな。)


ダニエルの思いをよそに、彼らは戦さの準備の相談を進めていく。


「まずは敵となりそうな相手を探らないとな。それに応じて戦場となりそうな地形を熟知し、どう戦うかを考えよう。」


「兵数に応じては、その親衛隊やら傭兵も使うのか。

連携できるほどの練度かあるのかを確かめよう。」


「王の言い方では連戦もある。兵や武器の補給もいるぞ。」


 ネルソンや従士長のラインバックも含めて、王都の見物気分の兵を訓練して叩き直すこと、地形や親衛隊の偵察、補給の確保等役割を分担して動くこととする。


 ダニエルは、王との話を纏めてレイチェルへの手紙を書く。

 王命を書いた後、しばらく王都周辺で戦争をする可能性があること、援兵と武器や食糧の準備を進めること、王から貰った貿易特権を使い戦費を工面するよう頼む。


 急使を立て領地に向かわせると、そのままグラバー商会に行き、グラバーにリオ共和国との貿易が無税・無関所、更に南方街道をジューン兵の警護で安全に行き来できると言うと、彼は目を輝かせる。


「それは素晴らしい!リオ共和国は貿易都市。内外の産品が集積します。

 これまでエーリス国との貿易には、メイ侯爵が多くの関所を作り、税を取っていたので困っていました。

 そこに大きな穴が空いたなら、王都まで産品が流れ込みます。

ダニエル様、グラバー商会にお任せください。利益は山分けです。」


「交渉は国元の妻としてくれ。妻はタフネゴシエィターだぞ。気をつけろ。

 また、単なる横流しでは領地にメリットがない。領地に金が落ちるように一工夫しろ。」


 グラバーは、ダニエルに紹介状を書いてもらうと、直ぐにジューン領に旅立とうとするが、護衛をつけてやるから少し待てと言う。


 ダニエルは次にマーチ侯爵邸を訪ねる。


マーチ侯爵は在宅だったが、酷く機嫌が悪かった。


「ダニエルか。これまで顔も見せずに、貰った領地で好きに遊んでいたようだな。ヘブラリー家が一向に姿を見せないと嘆いておったぞ。

 おまけに領地で妾も持ったとか。領主になれたのは誰のおかげだ。少しは儂の役に立ったらどうだ!」


ダニエルは言いたいことは山とあったが、ここは忍の一字である。


「ご無沙汰して申し訳ありません。領主というのは色々と多忙でして。


 しかし、今日はいいお話をお持ちしました。

メイ侯爵戦の褒美に好きなものを所望せよと陛下に言われましたので、戦功の全てに代えて、侯爵の宰相就任をお願いしたところ、お認めいただきました。」


 調子のいいダニエルの言葉に、マーチ侯爵は大歓喜した。


「それを早く言ってくれ!

 儂が宰相か。実力、経験から見て当然だが、遂に陛下も御理解されたか。

儂はいい孫婿を持った。感謝するぞダニエル!」


 掌を返すとはこのことか、下にもおかない応対となったマーチ侯爵にダニエルは苦笑いして、祝いの宴会の誘いを断り、後日、王宮からお呼びがあるだろうと言って退出する。


「クリス、以前ここで殴られたのが遠い昔のようだな。

ここまですれば侯爵には恩は返しただろう。煩く言われることもあるまい。」


クリスは不服そうである。

「ここまでする必要がありましたか?恩の返しすぎです」


「オレだけならばいいが、レイチェルのこともある。

これで妾だの追い出せだの言いにくくなったと思うぞ。

 それにヘブラリー家や純愛狂いの馬鹿女≪ジーナ≫と縁を切りたいしな。」


「レイチェル様のためというのはわかりますが、ヘブラリー家と縁を切れるというのはどうですかね。そんな力があるならと、しがみついてくるのではないですか?」


ダニエルは、クリスの言葉に不安になるが、もう仕方がない。


その夜は、アランに招待されているので、ジュライ家へ向かう。

到着すると早速客間に通される。


そこには、レイチェルとアランの伯父のウィリアム・モリス式部官や他の見知らぬ貴族たちが多数いた。


 笑顔であいさつしながら、アランに何事か尋ねると、ダニエルとジュライ家で夕食を共にすると伯父に話したところ、自分も同席させてくれと頼まれ、時間になると更に何人もの王政府高官が来て驚いたとのこと。


早速、モリス式部官が話しかけてくる。

「ダニエル殿、いやジューン卿ですか。王都に来られて直ぐに王と密談、マーチ侯爵を宰相にするとは恐れ入りました。

 我々が陛下にわずかでも会っていただくためには、何日どころか何週間も待たされますからな。」


(なぜ、もう知られているんだ!王が漏らしたのか。)

ダニエルの驚きをよそにモリスは話を続ける。


「驚かれましたか。私の役職は官位の叙任の手続き。近日行われる除目において昇進の辞令などを作るのですよ。そこで陛下の意志を知ったわけです。


 次の除目は大規模なものになります。陛下はこれまでの慣例を覆し、家柄や家職にこだわらない人事を発令される予定です。抜擢を受けた者は喜ぶ半面、歴代の官職を失うものの失望、怒りはいかほどか。」


 そこでモリスはアランの方を見て言う。

「アラン、お前は財務官に昇任だ。」


「えっ。僕はこの間、財務官補佐になったばかり。我が家の格から言えば、20年ほど働いてから財務官、運が良ければ最後にお情けで局長になれるかってところだよ。

 特に功績もない若造の僕がどうして昇任するの。何かの間違いでは。」


「私も同格の家で、そのコースを辿ってきたからよくわかる。

理由はただ一つ。お前はダニエル殿の義弟になったからしかないだろう。」


そしてモリスはもう一度ダニエルの方を向いて、言う。


「これでお判りのように、あなたの影響力は大きい。

そこで我々の後ろ盾になってもらいたいのです。」 


ダニエルが改めて面々を見ると、財務部と宮内部の高級官僚たちである。


 王政府の組織は、宰相(2位相当)―大臣(3位相当)―局長(4位相当)―〇〇官(5位相当)―〇〇官補佐(6位相当)で、その下は下級貴族の官職となっている。


 財務官、式部官となれば上級職として相当の権力を有する重要ポストであるが、この場にいるのは、局長や財務官、式部官たちばかりであり、騎士時代のダニエルは話をすることもできない立場であった。


(こんなお偉い衆をオレが後ろ盾なんてありえないだろう。王に振り回されているだけで、影響力なんてないよ。)


 ダニエルは誤解にうんざりするが、その渋面を交渉と見たのか、モリスは慌てて言葉を続ける。


「無論、卿にもメリットは大きい。我々が王政府からの情報を流し、便宜を図りましょう。人事を握り、王家の面倒を見る宮内部と財政を握る財務部と組めば、有利な立場に立てますぞ。」


(ここまで必死になるということは、相当マズイ状況にあるのか。揺さぶりをかけてみるか。)


「私は陛下に忠実にお仕えするのみで、王政府の人事に関心はありません。陛下のために働く者に、まさか滅相なことはしないでしょう。」


ダニエルのその言葉を聞くと、高官たちは騒ぎ出した。


「甘い、甘すぎる。

 トム・プレザンスは、陛下の寵臣であることをいいことに、法務部や内務部の人事を自分の派閥で固め、そのあとは宮内部・財務部にも手を突っ込んでくるつもりだ。

 そして、彼は衛士出身。あなたのことを敵視しています。王政府を握ったら、必ずやあなたを讒言し、罪に陥れますぞ。」


「これまで王政府で権力を握ってきたのは我ら宮内部と財務部。非主流派の法務部と内務部が逆転しようとしてもそうはさせん。

 ダニエル殿、手を組もうではないか。」


 トム・プレザンス、聞いたことがあるな、団長が何か言ってたな、ダニエルは自分とライバル視されている彼のことを全く知らない。


 いずれにしても、ダニエルはもう王命だけで手一杯で、法衣貴族の権力争いにまで巻き込まれたくなかった。

 更に言えば、アラン夫婦とゆっくり食事するつもりが邪魔をされたのも、これまでダニエルの窮地に何ら手を差し伸べなかった彼らがすり寄ってくるのも不快だった。


「皆さんのお話はわかりました。

しかし、私は王都に来たばかりで様子もわかりません。しばらく考えさせてください。」


更に言い募ろうとする高官達を横目に、クリスが近くに来て囁く。


「ご指示の通り、検非違使長のリバー様に面会を申し込んだところ、今夜来いとのことです。」


ダニエルは立ち上がり、別れを告げる。

「急用ができましたので、ここで失礼させてもらいます。

アラン、今度はエリーゼも入れて3人だけで飯を食おう。」


 リバーとは騎士団時代の知り合いであり、リバーも騎士団長に拾われた境遇であることからそれなりに親しくしてきた。

 その彼が、黙ってジューン領を探っていたことへの抗議と、最近の王政府の情勢を教えてもらうため、面会を申し込んだのだ。


 ダニエルが去ると、高官たちは、アランを責め始めた。

「仮にも義弟というなら、彼を説得してくれ。」

「君だけが頼りだ。ダニエルとは親しいのだろう。」


 伯父のモリス式部官が引き取って、延々と続く話を終わらせた。

「私からアランにはよく言っておきますので、今日はお引き取りを。」


 ダニエルを引き込むという目的を達成できないまま、高官たちは文句を言いながら立ち去る。


「伯父さん、あの方たちは、姉さんと僕が困っていた時に助けを求めても何一つしてくれなかったのに、今になってあんなことをよく言えるね。」


いつもニコニコ温厚なアランが珍しく真っ赤になって怒っている。


 そこへエリーゼがやってきて、「アラン様、せっかくダニエル様の分を含めて作った3人分のお料理を食べませんか。モリス伯父さまもどうですか。」と言う。


「頂こうか。」

3人は席に着き、食事を始める。


モリスはポツポツと話し始める。

「官僚の処世術は、まずは保身、それは上役への忍耐や追従と下僚への責任転嫁だ。彼らはそれを体現しているに過ぎない。

 ジュライ家を助けなかったのは自分の身が危なくなるからだし、今回の件も同じことだ。それ以外は眼中にないんだ。」


「では、我らは、その上司の言うことを唯々諾々と聞くだけなのですか?」

エリーゼが反問する。


「いや、そこは心を許せる者以外は、面従腹背だ。従わねばならない時はそこから最大限利益を引き出し、弱みを見つけ、下剋上できると確信できれば打ち倒す。

 ダニエル君にも伝えてほしいが、今は王やプレザンスなどの法務閥に対して、我々が手を組んで対抗すべき時。耐えてほしい。」


「わかりました。戦場でも敵が優勢な時は、嫌な奴とでも手を組み、逆転を狙います。そういうことですね。」

 エリーゼの答えにモリスは微笑む。


「諸侯家から来た花嫁さんは理解が早い。アラン、いい妻を貰ったな。

エリーゼさん、我々はうまくやっていけそうだ。」


「でもモリス伯父様、守りに入るなど消極的ではいけません。ジュライ家・モリス家が中心となり、上役も巻き込んでダニエル派を作りましょう。

お義姉様≪レイチェル≫からも兄≪アレンビー子爵≫からもそう言われてます。」


「これは攻撃精神の旺盛な若奥さんだ。良かろう。その意気でダニエルを説得してくれ。彼が旗頭にならないと誰も付いてこない。

 それができたら、私は官界に網を仕掛けよう。」


義理の伯父・姪が腹黒そうに笑い合うのを見ながら、アランは嘆く。


(実際に働かされるのは僕なんだけど。

 異例の昇任で嫉みも受けるだろうし、胃が痛くなりそうだ。

こんなことになるなら姉さんには普通に官僚のところに嫁に行ってもらえばよかった・・・)



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