異形の王、異形の領主

 ダニエルが検非違使長宅に着くと、リバーは一人で酒を飲んでいた。


「ダニエル、久しぶりだな。大活躍のようで慶賀の至りだ。」


「リバー検非違使長、お久しぶりです。早速ですが、私の領地を嗅ぎ回るのはやめてください。」


「いきなり御挨拶だな。王国内外の情報収集と反乱防止がうち《検非違使》の仕事だ。文句を言われる筋合いはない。

 それにな、掴んだ情報の全部を王に話しているわけでもない。

 錬金術師や占星術師の爺さんくらい、どこに行こうが気にしていないが、見張っているぞというポーズだ。


 それより、ダニエル、諸侯や貴族間のお前の評判を知ってるか?

 諸侯の異端、ハズレもの、ど素人と散々な言われ方だぞ。」


「賎民や異教徒の保護のことなら、オレは頼ってきた者を保護しただけ。そんな悪評を立てられる謂れは無いですが。」


「他にも、ギルドも城も無し、兵は所領に見合わないほど抱えるとか、異端審問官を追放するとか常識外れのことをしているだろう。

 まあ座れ。夜は長い。王や王国の情報が欲しいんだろう。飲みながら話そう。」


 ダニエルに酒を勧めながら、リバーは話をはじめる。


「お前が行った賎民や異教徒、異端者への保護は他の領主からすれば論外だ。彼らを市民に蔑視させることで領内の秩序を保ってきている。

 お前のせいで、賤民達が反抗的になり、領主は手こずっている。これもダニエルのせいだとおもっているぞ。」


 知ったことかというのがダニエルの気持ちである。

 リバーは言う。


「まあ、他の領主がどう思っても問題ない。王がバックに付いている限りな。

 王と長時間話したそうだな。一君万民の国を作ると言っていただろう。」


「そういう国としたいと力説されていましたね。」


「王はその理想のために手段を選ばないつもりだ。それも普通に考える範囲じゃない。


 身分・宗教などあらゆる方面で被差別者を煽り、それを組織することで、これまでの秩序を覆し、新体制を作り上げる。いわば上からの革命を行うつもりだ。


 まずは、諸侯諸卿の次三男、お前が一番の成功例だが、家督に介入して通常当主になれない者を当主として恩を売る。

 破産や没落して悪党や傭兵となった騎士たちと繋がりをもち、その一部は親衛隊なるものに入れている。

 そこまではまだいい。貴族や騎士は政治や戦が仕事だからな、殺し殺されるのも、騙し合うのも覚悟の上だろう。」


 そこで酒を一口呷り、ダニエルのカップにも入れる。 

 

「ダニエル、お前、賤民やJ教徒、異端の疑いのある者を領地で保護しているだろう。あいつらに普通の市民の暮らしを約束したら、戦うと思うか。」


「おそらくは。特に妻や子供の暮らしを保証されれば、喜んで戦地に行くでしょうね。」

 ダニエルは、ジューン領までたどり着き、家族で喜び合う彼らの姿を思い浮かべる。


「王はそれを約束して、奴らを扇動し、敵対勢力に対して一揆や蜂起を起こさせるつもりだ。領主を追い出し宗門領としたガニメデ宗の坊主と同じやり方だ。坊主どもはあの世での救済、王は現世での救済を約束するのは違うが。


 奴らが酷い差別を受けているのは事実だが、王の約束一つで解消するものとは俺には思えんし、蜂起に失敗して迫害や弾圧が激しくなる恐れが強い。」


 いつも淡々と王命をこなすリバーが、王をこれほど批判するのを聞いたことがない。

 ダニエルは不思議に思って尋ねる。


「何故これほど陛下の企みに反対するのですか。

いつもなら、狙った者を罠にかけたり、拷問したり何でも淡々と実行しているでしょう。」


 リバーはスラムの犯罪組織の一員として暴れているところを騎士団長に捕らえられたが、その能力を惜しまれ、団長の監視下で下人として暮らしていた頃、ダニエルは小姓となって団長のところにやってきた。


 無論、伯爵子息のダニエルと下人のリバーとは身分が違ったが、ダニエルが何もわからないまま小姓となった時に様々なことをリバーに教えてもらった、いわば兄貴分である。


 その親しみから、率直に聞いてみた。


「俺がスラム出身で暴れていたところを団長に捕らえられ、そのまま仕えたのは知っているだろう。

 その前には、俺は流氷街というスラムに捨てられていたのを、アントと言う犯罪組織に拾われ、少年兵に育成された。その時にはパンの欠片を巡って、子供同士で殺し合いをさせられていたよ。


 アントというのは怖ろしい組織で、金のためなら盗み、殺し何でもやった。

 組織中枢は、頭と12人の幹部でできているが、俺は死に物狂いで働き、なんとか幹部まで到達した。その時は天にも昇る心地だったよ。

 この世界にアントほど強い組織はないと思っていたし、追跡や捜査してきた衛士はみんな返り討ちにしていた。


 頭も自信過剰になっていたんだろうな。元々流氷街出身だけの組織に腕利きのよそ者を入れて拡大し、もっと金を稼ごうとしていた。

 その挙げ句、変態貴族と取引して、人里離れた里に隠れ棲む白い肌に紅い目、青い髪を持つサンカの一族を襲い、奴隷にするか首を狩って売り払った。俺はその時は別用で参加しなかったが、激しく抵抗され酸鼻を極めたらしい。


 その話が広がったが、法務部の衛士はアントを恐れて動かない。当時まだ一介の騎士だった団長が激怒して同志の騎士を集め、たった4人で隠れ家を襲撃してきた。その3人は今の騎士団の第1、2、3の隊長たちだな。

 普通なら隠れ家がバレることはないんだが、金の分配で揉めて、外部から来た幹部が裏切ったのと、仲間を殺された賎民が手引きしたらしい。


 後にも先にも、あの時ほどの戦いを見たことがない。


 無敵だと信じていたアントの幹部が次々と倒されていく。

 団長は先頭を切って突撃し、怪力のドーキンをサバ折りで腰を折り、そのまま伸し掛かって絞殺、刀使いの名人ノーブには豪刀一閃で両断。残虐無比のフェイには石礫で身体に穴を開けた。

 最後に残った頭のクロウは体術・剣術から幻術まで人間と思えない技の持ち主だったが、最後は団長の弓に射抜かれて蜂の巣になっていた。


 俺は、頭を殺して油断した筈の団長に、隠れていたところから襲いかかったが、拳一発でふっ飛ばされて気絶した。

 これまでだと思ったが、子供であることと紅い眼の事件に関わっていないことから命は許され、しばらく団長の下男をやっていた。あの頃にお前と知り合ったな。思えば悩みもなく、喰うにも困らず、一番楽しかった頃かも知れん。


 その後、一躍名を上げた団長は抜擢されて一介の騎士から出世の道を歩み、俺は、アントの力を欲した王から、その残党を組織し王のために働くよう密命を与えられた。その代償が流氷街の仲間の命だ。

 後は知っての通り、検非違使に入隊し、貴族の養子という体にして、隊長まで成り上がった。


 なんの伝手も縁故もない俺がいくら功績があろうが、貴族や検非違使長になれたことをおかしいと思わなかったか。」


(確かにいくら卓越した能力があっても、市民ですらない者が貴族になるなど聞いたことがない。それだけの功績を上げたのかと思っていたが。)


リバーは更に話を続ける。


「検非違使がこの国のあらゆる情報を握っていると恐れられているのは何故だか知っているか。流氷街から俺が拾ってきた奴らが死ぬ気で潜入しているからだ。


 俺は、王の密命を受けた後、生き残っていた仲間を集めた。アントのルールは頭が潰れれば脚が代わりをして、組織を残せということだ。皆、唯一の生き残り幹部の俺を頭と認めたよ。名を改め、暗影旅団という。」


「暗影旅団と言えば、王都はおろか各地で貴族・領主・豪商を襲撃し、大金を奪っている犯罪者集団じゃないですか!

 リバー、あなたはそのトップだったのですか!」


「表は検非違使、裏は旅団だ。奴らが奪った金と情報は俺と王が活用する。代わりに旅団の安全は保証する。王や俺の邪魔になる者の始末もさせ、旅団に対立する暴力団や傭兵も潰した。


 前の宰相の頃はあまり目立たぬようにやっていたが、王からの命令は最近露骨だ。政敵の失脚、諸侯の領地の内偵、扇動、こき使ってくれる。

 裏切ったら流氷街は燃やし尽くすと言われており、四六時中衛士が火を持って見張っていやがる。」


 驚いて口もきけないダニエルをリバーは見つめる。


「お前が騎士団を家族のように思っているのと同じで、俺にとってはスラムの仲間が家族だ。だから唯々諾々と命令に従ってきたが、王の野望が見えてくると、このままでは使い潰されるだけと考えるようになった。

 何が一君万民だ。自分の野望のために万民は犠牲にしていいと思ってるぞ。」


 リバーの怒りは止まらない。


「あの王の権力欲のヤバさに気づいているのは俺だけじゃない。


 お前のところに賎民頭のサムソンが行っただろう。差別を無くしてやるから賎民を組織して武装して、王命に従えという王の命令を受けて、どうすべきか考えているんだ。

 選択肢が無ければ死を賭して働くが、ジューン領という選択肢があればどれが最善か考えるだろう。


 J教徒もそうだ。王の言うがまま搾り取られていたが、お前が保護するならどちらがいいか比べるだろう。

 奴らがジューン領へ行った話は王にはしていない。」


「しかし、あなたは陛下に引き立てられ、王政府の高官までなれたのに、陛下を裏切るようなことをして大丈夫ですか?」


「俺は、俺と俺の大切なもの《旅団の仲間》のために働く。王には引き立てられた分は十分返している

 しかし、俺や俺の友を犠牲にするほどの恩は受けていないし、向こうがその気ならこちらも出方を考えねばならん。」


そこで一旦話を切り、少し考えてからものを言う。


「ダニエル、お前に頼みがある。

 流氷街出身者を受け入れてくれ。奴らの中にはクズが沢山いるが、それらは排除する。スラムでも真面目に生きようとする奴らに希望を与えてやりたい。


 いくら金があってもスラム出身と分かれば世には出ていけない。ジューン領で身分ロンダリングをさせてくれ。そうすれば、皆大手を振って世に出られる。

 新天地で生きられると保証するなら、お前に情報を知らせ、サポートしてやろう。

 味方のいないお前にとっては良い話だと思うぞ。どうだ?」


 ダニエルは思わぬ話についていけない。

「何故オレに良くしてくれるのですか?」


「別にお前のためじゃない。選択肢を増やすためだ。

お前が潰れればそれまでだ。共に死ぬ気はないからな。」


ダニエルは暫く考え、決断する。


「いいでしょう。オレも家族や家臣、領民を守らねばならない。

陛下の手駒のままではどこに連れていかれるか不安でした。

お互い助け合いましょう。」


二人は立ち上がり、握手する。


リバーは、「では良いところに連れて行ってやる。付いてこい。」

と先に立って歩き始める。


ダニエルは、控室にいたクリスを連れて後ろを歩く。

しばらく行くと、王宮の隅の監獄に着く。


「ここは監獄ですが、まさか裏切って、このままここへぶち込む気ですか。」

ダニエルは蒼ざめ、剣に手をやる。


「馬鹿、お前は子供のころから気が小さいのが治ってないな。

いいから、付いてこい。」


リバーは警護兵に何かを話し、そのまま階段を下りる。

監獄を横目に奥の壁を押すと、戸が開き、階段が下りている。

そこを更に下ると、酔った大きな声や嬌声が聞こえてき、明るいホールとなっていた。


「ここは何ですか?」


「賤民たちの居酒屋だ。奴らは普通の居酒屋に入れないことはないが、白い目で見られ、誰とも話もできない上、ぼったくられる。

 その代わりとして、監獄の下に居酒屋を開業する権利を王政府に認められている。わが国だけでなく、どの国にもあるぞ。

 そして、奴らの上層部は金持ちだ。自分たちだけの居酒屋を豪華絢爛に飾り立てているんだ。表での蔑視の憂さ晴らしのようにな。」


そこに死刑執行人にして、賤民頭のサムソンがやってくる。

「これはリバー様に、ダニエル様。ようこそいらっしゃいました。

では、あの話は纏まったのですね。」


「ああ、ダニエルは承諾してくれた。お前たちもジューン領に行けば市民になることができる。」


「えっ。スラムだけでないのですか。」

とダニエルは驚いた。


「検非違使と賤民は協力体制にある。どうせ賤民まで広げても同じことだ。

いいな、ダニエル。」


(なんか騙されたような気がするが、味方が増えたと思うべきか。)

とダニエルは自分を言い聞かせる。


部屋の隅のテーブルに座ると、リバーは話し始めた。


「さっそくだが、約束の情報を出そう。

 王は、もう数週間すると、イオ宗を挑発し、奴らを蜂起させて、お前に戦わせるつもりのようだ。イオ宗の領地・権益を取り上げたいのだろう。


 あと、これは極秘だが、王は異端の中の異端、グノース派の隠者を呼び寄せ、霊的な力を修得しようとしている。

 聖遺物の冠、衣服を纏い、ロンギヌスの槍を持って、神か悪魔か知らんが、祈る姿は俺でも恐れ慄くものがある。 


 このように狂気を含んだところがあるが、今のお前は弱小諸侯、王の庇護が無ければ既成勢力に瞬殺されるぞ。当面、王の命を受けて、戦で勝て。可能なことはサポートしてやる。」


「異形の王・・」

異装を纏い、自分の理想の国の実現を祈る王を思い浮かべ、ダニエルは呟く。


「異形の王か、ピッタリだが、ならば犯罪集団や賤民と組むお前は異形の領主だな。

 異形同士どこまで仲良くやれるのかわからんが、俺たちのために少しでも頑張ってくれ。」


ダニエルはこの機会に王政府の派閥争いに巻き込まれている話を相談する。


「ああ、あの宮廷鼠どもの争いか。奴らは船が転覆しかけても中で争っていやがる。

 しかし、プレザンスという男、一見ただの優男だが、相当怪しい奴だ。

 

 財務や宮内の高官がプレザンスを嫌っているのなら丁度いい。奴と噛み合わさせろ。王もそれを望んでいるだろう。自分の専制政治をするつもりなのに、下に権力者がいたら困るからな。」


「それよりもだ、ダニエル、お前が戦死とかしたら困る。

ジューン領の跡取りを早く作れ。嫁さんと別居なら、こちらで妾を持つか。

どんな女がいい。世話してやるぞ。」


リバーの突然の話題に、ダニエルは困惑した。


(レイチェルが許してくれる訳がないだろう!)

「結構です。早く世継ぎを作るよう頑張ります。」


「子供がまだなら、後継者を指名しておけ。ジューン領がつぶれると身分ロンダリングができなくなって困るんだ。

 お前の実の家族とは険悪だったな。嫁の弟なんてどうだ。

横にいるクリスでもいいんじゃないか。」


うんうんとサムソンも頷いている。


突然、話を振られたクリスを見ると、周りに侍る女たちに酒を飲まされて、ベロベロになっていた。


「ダニエル様の後釜なんか誰にもできないでしゅよ。」

クリスの発言にさすがは乳兄弟、よくわかっているとダニエルは一瞬喜んだ。が、


「家族からは見捨てられ、せっかくの縁談相手には思い切り嫌われ、ようやく来てくれた奥さんは超やり手。

部下は戦狂いに、優秀だけどよくわからない奴。

上司の王様は滅茶苦茶に仕事を押し付けてくるし、おまけにあんた達みてーな怪しい人たちが寄ってくりゅ。

頼りになるのは優秀な乳兄弟だけ。

 こんな境遇に耐えられるのは、無類の鈍感力を持つダニエルさみゃ以外に誰がいるのでしゅか。」


酔っ払った乳兄弟の本音に、(こいつ、こんな風にオレのことを思っていたのか!

今日、女たちににやけていたことは絶対にイザベルに告げ口してやる!)と怒髪天を突く。


怒るダニエルに、周囲は大爆笑である。


「そりゃそうだ。ダニエルしかいないなあ。

さすが乳兄弟だ。よくダニエルのことをわかっている。」


リバーは涙を出して笑いながら、言う。

冷徹なこの男がこんなに笑うのは、騎士団長のところにいたころ以来ではないかとダニエルは思った。


そこへ、フードを深く被った小男がやってきた。


「ようやく来たか。ダニエル様、紹介しましょう。

この男は、サンカ出身で裏街道のことによく通じております。

今後、我ら賤民との連絡役に、下男としてでも傍においてくだされ。」


サムソンが紹介する。


ダニエルの前で、フードを脱いだ男は驚くほどの奇相だった。

皺くちゃの小動物やゴブリンのようだが、何となく愛嬌がある。


「ダニエル様、これから身命を賭してお仕えさせていただきます。

この顔故に、ガーゴイルやゴブリンなどど呼ばれております。お好きにお呼びください。」

身体のわりに声は大きく、明るい。


「今日はお前と出会えた良き日だ。ヒヨシ・ツリーアンダーと名乗れ。」

「名をいただき、ありがたき幸せ。」


ダニエルは彼と握手しようとしたが、なかなか手を出さない。

賤民ゆえに遠慮しているのかと強引に手を取ると、指が6本あった。


(賤民の上に、この顔に指か。さぞ苦労しただろうが、声は明るい。

せっかく推薦してきた男だ、側で使ってみよう。)


新しく得た家臣に、早速だがと、潰れたクリスを担がせて宿舎に帰り、ダニエルはようやく一日を終えた。




 






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