狂乱の除目と厄日

 ダニエルは暫く多忙を極めた。

 まず、イオ宗が蜂起するというリバーに教えてもらった情報に基づき、図上演習と実地の下見を丹念に行う。


「奴らの本山は王都の交通路に面している。そこに立て籠もって物資の流通を妨げ、王を屈服させると考えるのが妥当だろう。」

というカケフにダニエルは困惑する。


「籠城されると、とても兵が足りないし、それ以上に軍資金もない。

野戦に持ち込む方策を考えてくれ。」

500の兵と馬に喰わせるのは予想以上に金が必要だった。


 王に最大限の兵力と忠誠心を見せたら、大多数は帰らせようと思っていたが、まもなく戦だと言われればそういうわけにもいかない。

 ダニエルはそれなりの金をレイチェルから貰ってきて、グラバー商会に預けている。そこから食糧や飼葉を買っていたが、これから戦闘になると武器や兵糧、人夫賃などいくらでも金はいる。


「ダニエル様、見送りをお願いします。」

クリスが呼びに来る。


 レイチェルの募集に応じた、ジュライ家で就職希望の貴族の娘を十名、それにグラバーと商会の使用人とその荷物、更に移住希望の雑多な人々を警護して、オカダを隊長とする軍がジューン領に向かう。


 そこには、王に依頼した各種技術者と、ギルドに内密にスカウトした武器職人が入っている。

(王都は物価が高い。武器もなるべく領地で作り運ばせよう。)


「グラバー、よく妻と相談して、金を作ってくれ。」

「お任せあれ。ダニエル様が獲得してきた特典、必ず活かしてみせます。」


 そうは言うが、レイチェルの手紙では、まだまだ王都で競争できる特産品の生産までの道のりは遠そうだと思いながら、ダニエルは手を振る。


 一行を見送り、ダニエルはカケフに軍の訓練を任せ、ネルソンを連れてあちこちに根回しや情報収集に走り回る。

 戦争に行くときに、王都で情報収集や根回し、領地との連絡に誰か置いておく必要がある。王都駐在には、元諸侯で礼法を知り、政治もわかるネルソンを置いておくつもりで、顔つなぎである。

 なお、王都を知らないネルソンの補佐にヒヨシを付けている。ヒヨシは賤民の出自を隠し、農民の子が針の売り子をしながら流れ歩いたのを橋の上でダニエルが拾ったということにしている。


 さて、法衣貴族達は、今度の除目の噂で持ちきりである。権力を掌握した王は前例に囚われない政治を打ち出している。人事がどうなるのか、以前から王に近づいていた貴族は期待し、前宰相派だった貴族は不安でいっぱいであり、昼夜を問わず会合・宴会を行い、情報収集と腹の探り合いを行っていた。

 

 ダニエルはリバーのアドバイスを受け、積極的に財務・宮内閥に関わることとし、誘いのある会合に顔を出す。王から頻繁に呼び出されているダニエルはどこに行っても少しでも情報を得ようとする貴族たちに歓迎され、そして警戒の目で見られた。


 王からは、何度も呼びつけられ、王国の今後の構想に意見を求められるとともに、法衣貴族の動向の情報収集を命じられている。

 これ以上の面倒事を避けたいダニエルは、率直に財務・宮内閥から担がれそうなこと、王政府内の派閥に疎いため、法衣貴族関係の仕事は遠慮したいことを話すと、王は笑った。


「王政府の外にいたお前の目からみた情報が欲しいのだ。

これまでの主流派の財務・宮内閥からの情報も得られるとちょうどいい。法務・内務は法務大臣のプレザンスから情報をとっている。

 幾つものルートから情報を取ることにより、立体的にわかり、その上で余が人事を決める。お前も派閥の旗頭になり、人事の推薦をしていいぞ。」


「私も法衣貴族など存じません。もっと詳しい方がいると思います。例えば宰相となるマーチ侯爵に相談されてはいかがか。」

 もう一杯一杯のダニエルは、この上、宮廷政治になぞ関わりたくもなかったので、他へ振ろうとする。


「ダニエル、これまで人事は宰相が握っていたのを、ようやく余の手に収めたのだ。法衣貴族は人事権を持つ人間に尻尾を振る。余が腹心と相談して決めるというスタイルがいいのだ。」

と拒否され、有能かつ忠誠心を持つ人間を期待しているぞと言われる。


(それって、そいつの働きをオレが保証するのか。もう限界だ。誰かにやらせよう。)

 ダニエルは、この話を他に振ることを決意したが、法衣貴族で知っているのは、アランとその伯父のモリスだけである。


 そのまま、アランの家に寄り、モリスも呼んで王の依頼を話すと、アランは露骨に嫌な顔をしたが、モリスは喜んだ。


「さすがはダニエル卿。あの難しい陛下の心を捉えておりますな。さっそく、財務・宮内の信頼できる高官を呼び、推薦リストを作りましょう。

 大丈夫です。下手な奴は選びませんし、ダニエル殿に十分見返りがいくようにしますからお任せください。」


 モリスは何人かの局長や財務官クラスに連絡し、周到な検討の上、財務・宮内閥から見た王政府の情報と人事推薦リストを作り上げたので、ダニエルはそれを王に提出した。


「ふんふん。余が目を付けていた男達がしっかりと含まれているな。この短時間によく作ったな。さすがはダニエル。居たこともない王政府の内部にも通じているとは。今度はダメもとで言ってみたが、なんでもこなせる男だ。」


 王の誉め言葉も、次の仕事の前触れとしか思えず、嫌な予感がするダニエルは早々に退出した。


 いよいよ除目の日、ダニエルも登城するが、通例であれば除目は3日間かかり、下の者から公表されるので、今日は関係ないだろうとゆっくり構えていた。


 途中、ジュライ家に寄り、アランと同行する。


「アラン、今日は下級ポストの公表だろう。オレも行かないとダメかな。」


「義兄さんは王相談役ですから、高官として除目へ立ち合う必要がありますよ。」


「そういえば、会議が大嫌いな騎士団長はこういう時はいつも副団長に代理を押し付けていたなあ。オレも会議が嫌いなんだ。寝てるか、レイチェルに読めと言われた統治の本でも読んでるか。」


「姉さんは義兄さんにも宿題を出しているのですか。僕もさんざん本を読んでレポートを書かされたなあ。」


「そういえば、次の手紙でレポートを送れと言われていた。アラン、代わりに書いてくれないか。」


「すぐにばれますから、やめましょう。」


雑談しているうちに王宮の大広間に着くと、妙に高官たちが緊張している。

「どうしたんだ?」


いつも冷静なモリス式部官が額に汗をかきながら近づいてくる。


「ダニエル殿、王の指示で今回の除目は上から行うことになりました。おそらく卿にも何か沙汰があるはず。心して聞いていてください。」


(オレはポストは断ったし、何もないはずだが。)

と思いながら、指定された席に着き、周りを見るとマーチ侯爵が満面の笑みでこちらに手を振っている。


 しかたなく挨拶に行くと、「これが儂の自慢の孫婿だ。」と大声で聞こえるように話す。

(この爺、手切れ金代わりに宰相に推薦してやったのに、バックにオレがいるようなことを言うんじゃねえよ!)と思うが、満座の貴族が見ている前で怒るわけにもいかず、笑顔だけで何も言わずに席に引き返す。


全員が揃うと、王が入室してきて、口火を切る。

「今回から除目のやり方を改める。上から順で、1日で終える。

こんなことに時間を取るのは無駄だ。

 では、早速発表する。


まずは、ヘンリー騎士団長だが、征北大将軍に任じ、北方のトーラス国の征伐を申し付ける。と言っても、もう出陣してしまっているがな。

除目後に行けと言ったのに、気が短い男だ。」


苦笑いすると王は続ける。


「次にマーチ侯爵を宰相に任じ、二位を授ける。」

「ありがたき幸せ。全力を尽くします。」

マーチ侯爵はダニエルの方を見て頷き、王の命を受ける。


「アルバート親王、そなたを新設する王親衛隊司令官に任ずる。

また、騎士団長が不在の間、臨時王都防衛司令を命じる。」


 アルバート親王と言えば、王の異母兄弟である。これまで無役だったが、王族に軍権を持たせるためにポストにつけたようだ。

 しかし、騎士団では名前を聞いたことがなく、軍に所属したことはないはず。実質は副指令が仕切るのだろうが、王族のお守りと仕事をこなすのは大変だろうとダニエルは見知らぬ誰かに同情する。


「トム・プレザンス、参議兼官房長官に任ずる。」

どよめきが起こる。もともと中級貴族の出身が法務大臣になっただけで大抜擢のところを、貴族の最高位の参議に加え、王政府を統括する官房長官である。


「ダニエル・ヘブラリー、前へ。」

ヘブラリー伯爵が来ているのかと思ったら、みんなが自分のことを見ている。

なれないヘブラリーの名前読みに、ダニエルは一瞬誰のことかと思ったが、自分の正式な名前はそうなっていることに気が付いた。


「はっ。」

「5位上と王相伴役を授ける。

 また、南方守護に任じ、南部地方の治安と南方街道の警護、リオ共和国との貿易権を与える。

 更に、臨時王都防衛副指令に任ずる。」


 プレザンスの時を遥かに上回るどよめきが起こる。

「ありえない人事だ。」

「あの小僧、どこまで陛下の機嫌取りがうまいのか。」

ヒソヒソ陰口も聞こえる。


(官職は断ったよな。守護職は大諸侯しか与えられたことはないぞ。

おまけに王族のボンのお守りするのはオレなのか。


これは夢だ、悪い夢だ。

オレは騎士団の薄布団で寝ているに違いない。起きたら諸侯になって大出世した夢を見たとカケフやオカダに言ってやろう。)


ダニエルの現実逃避も空しく、王の近くの上座に案内される。


ダニエルはその後、早く目が覚めないかと祈っていたので、碌に人事発表を聞いていなかった。


意識を取り戻したのは、アランの家でキツイ酒を口に入れたときである。

「ダニエル様、ぼーとして大丈夫ですか?」

クリスが心配して、度数の高い酒を流し込んだようだ。


「いやー、大出世した夢を見ていたよ・・・」

「義兄さん、それは夢ではないですから。現実逃避したくなるのはわかりますが、現実に向き合いましょう。」


「あなたもですよ。アラン。」

エリーゼの声がする。


「最年少での財務官の辞令、大喜びすればいいのに、暗い顔をして、辞めたいとか言わないでください。私はいい旦那を掴んだと故郷に自慢の手紙を書くんですから。」


「そんなことを言っても、周りの人の、義兄に頼んで出世させてもらいやがってという冷たい視線に耐えらないよ。」


「そんなもの無視して、胸を張って。縁故も実力のうち。悔しければ、このくらい立派な親族を持てばいいでしょうと言えばいいのです。」


「エリーゼ、君の神経をちょっと分けてほしいよ・・・」


「まあ、夫婦漫才は二人になってからやってくれ。」

モリス式部官が言う。


「ダニエル殿、あなたのお陰で私も位階を上げてもらいましたよ。ありがとうございます。レイチェルにも礼の手紙を出さねばならんな。


 さて、碌に聞いておられなかったようなので、今日の除目について説明します。

ダニエル殿の後、大臣以下の人事が発表されました。


 大臣は総入れ替えで、新任はこれまでの貴族の格を完全に無視しています。

 局長以下についても、格も年功序列もすべて無視し、王との距離や能力、若さ、派閥などで決めているようです。


 特に何代も受け継いできた家職の取り上げが目につきます。利権の多いポストに自分の息のかかった者を送り込み、位だけで見返りのないポストに旧宰相派を押し込んでいます。


 貴族社会は大ショックです。まさかここまでやるとはと言うのが大多数の率直な意見でしょう。

 途中、堪りかねた骨のある貴族が、「もっと先例を重んじた人事や政治を行うべきです。」と諫言していましたが、陛下は「余の新儀は未来の先例である。余は先例に従う政治は行わない。」と宣言していました。


 ちなみに、ダニエル殿を通じて提出していた我が方の推薦名簿は半分くらい採用されていました。これでダニエル派に近づいてくる者が増えるでしょう。」


(ダニエル派って何だ。オレは派閥など作ったつもりはないぞ。

頼ってくる者などいらん。オレの手はそんなに大きくない。)

ダニエルは心の中で叫ぶ。


モリスは、ダニエルの暗い表情に気づかぬ顔で話を続ける。


「この人事を見ていると陛下も辛辣ですな。

見事に対立構造を作っています。

まず、マーチ宰相vsプレザンス官房長官、

第2に内務・法務閥代表のプレザンスvs財務・宮内閥のダニエル殿、

第3に騎士団+ダニエル軍vs親衛隊


家臣を対立させて、NO2を作らせず、自分がすべての上に立つということですな。

本気で専制君主を目指すようだ。


しかし、排除された者たちの恨みは激しいですぞ。

降格や無官となった者はもちろん、家職を取り上げられた者、年功序列で昇進を目前にして自分より若手に追い越された者、彼らは陛下を目の敵にするでしょう。


その時、まず表に立たされるのはダニエル殿、あなたです。我が派の領袖として油断せず、功績を積んでください。」


 ダニエルは、もう反論する元気もなく、別れを告げ、クリスとともに宿舎に帰る。

するとイザベラが待っていて、ダニエルに手紙を渡すが、表情が陰っている。


「どうした、イザベラ。お前の旦那≪クリス≫なら。今日は浮気させずに連れて帰ってきたぞ。」


ダニエルの冗談にも反応せず、「手紙をお読みください。」とだけ呟く。


封を見ると、ヘブラリー家の蝋印である。嫌な予感がするが、封を開けて一気に読む。


「何ですか。」

能面のように無表情になったダニエルに、クリスが心配して声をかける。


「何でもない。ジーナがオレの子を産んだそうだ。男だと。

ヘブラリー家では種もまかずに実がなるのか、不思議なことだ。」


ダニエルは手紙をビリビリに引き裂き、「今日は厄日だな。」と言いながら、強い酒を持って自室に向かう。


 クリスはその後を付いていこうとしたが、ダニエルの煤けた背中が、一人にしてくれと言っているようで立ち竦んでしまう。


(ダニエル様はもう俺では支えきれなくなってきたのかもしれない。こんな時にレイチェル様が居てくれれば。)


 せめて酒の力を借りてでも、ひとときの安らぎがダニエルに訪れるようにクリスは祈った。








 


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