ジーナの最期

ダニエルはまだ血生臭い戦場を後にして、ジェミナイ兵の首を馬車に積み、領都マーズにとって返す。


その頃にはオカダ達もジューン領から到着しており、またダニエルの勝利を聞いて急いで駆けつける日和見していた領主も多かったので大軍でマーズを囲む。

そして、門の前でジーナの婿となるはずだったジェミナイ軍の大将オマールを討ち取ったことを大声で知らせた上に、その証にジェミナイ兵の首を投射機で城内に投げ込み、降伏を迫る。


一日も囲むことなく、マーズは開門した。

開いた門の前には、前伯爵がニコニコと笑顔で立っていて、後ろの兵にダニエルとノーマを罵ったデーブの首をぶら下げさせていた。


「ダニエル、少数の兵で見事に敵を撃ち破ったそうだな。

儂は信じていたぞ。

お前を裏切った愚か者はこのように手打ちにしてくれた。

またお前を迎えて、ともに家中を治めていこう」


(このタヌキが!

オレが負ければオマールにそう言っていたのだろう)

家を保全するためとは言え、困っているときに足蹴にされた恨みは忘れられない。

しかし今急ぐべきはヘブラリーを押さえることだ。


ダニエルは笑顔を作って義父の手を握りしめて言う。

「私が至らないばかりに義父上にはご苦労をおかけしました。

して、この騒ぎの元凶も処分いただけたのでしょうか?」


「元凶はここに首にしているが?」

惚けているのか前伯爵は怪訝そうに尋ねる。


「イヤ、敵国から婿と称するこの男を呼び寄せようとした女のことですよ。もう首を刎ねられたのですか?」

ダニエルは笑顔で、クリスに保たせた首桶からオマールの首を見せる。


流石にジーナのことを言っているとわかった前伯爵は蒼白になって答える。

「ジーナなら部屋に閉じ込めて反省させている。

あれは愚かな娘だが、それでも儂の子供だ。

唆した奴らを厳罰にするので、辺境の修道院に押し込めることで赦してくれないか」


(あの女にもうその段階は過ぎているよ)

ダニエルは心の中で呟きながら、悲しげな顔をして言う。

「私も一度は妻とした者を裁くのは辛いです。

しかし、今回の事は一つ間違えばヘブラリー家が敵国に乗っ取られていたというは非常事態。

それに乗ったジーナを裁かなければこの戦で死んだ者に申し訳が立ちません」


ダニエルの隣にいるノーマもそれに続けて言う。

「父上、アタイも姉に死罪と言うのは身を切られるように辛か。

じゃっどん、この戦のケジメが必要じゃ。

親として辛かろうが領主一族じゃけん、他よりも厳しく処さなければならん。

わかりたもんせ」


周囲によくわかるように、大袈裟に辛そうな顔をして言うノーマを見て、彼女も演技力がついてきたものだとダニエルは感心する。

ヘブラリー家での支持が万全でないことがわかったダニエルとノーマは声を大きくして正当性を示し、家臣の納得を得なければならない。


「命だけは助けてやれないか」

前伯爵は懇願するが、ダニエルはにべもなく、「申し訳ありませんが、ここまで事が大きくなった以上できかねます」と返す。


問答の間にクリスが指揮する部隊は城に入り、牢に押し込められていたズショ達ダニエル引き立ての家臣を救出し、彼らの言葉を基にクーデターを起こした者を捕らえに行く。


その頃、城の一角ではジーナがその前にいる重臣達に向かって怒鳴りつけていた。

「何故ダニエルが城に入ってきた!

お前達はジェミナイ軍が勝つのは確実、オマール殿が私の婿になると言ってたではないか!」


叫び声が響く中、沈黙が続くが、やがて一人が重い口を開く。

「ジーナ様、ここは大殿にすがり、ダニエルを宥めるしかありません。

その際には我らの命乞いもお願い致します」


ここにいるのはソーテキの誘いに乗り、ジェミナイの勝ちに賭けた者ばかり。

その言葉に頷く一同を見ながらジーナは叫ぶ。


「お前達の行く末など知ったことか!

伯爵家の直系の血を引いている私やジョンが助かるのは当然のことだが、賭けに負けたお前たちをダニエルは赦すと思うか?」


「ジーナ様のために立ち上がった我らになんと情けないお言葉。

我らが居なくなればジョン様の味方はいなくなりますぞ」

と縋る家臣にジーナも考え直す。

「わかった。

私とジョンも暫くは逼塞させられるだろう。

しかし次に立ち上がるときに備えて、お前達も命だけは助けるよう父に頼んでみよう」

相談する彼らの耳に兵達の荒々しい足音が聞こえる。


「くそっ、ダニエルの配下がもうやって来たか」

そう言う間もなく、ドアが開けられる。


「ジーナ様と裏切ってくれた皆様ですか。

ちょうど纏まってくれたので手間が省けてよかった」

クリスはそう言うと、後ろを振り返り兵達に「コイツラを捕まえて牢にぶち込め。抵抗するなら手荒にしても良い」と命じる。


「待て、我々は一門衆だぞ。

そんなことをしてただで済むと思っているのか!」

クリスはその言葉にフンっと鼻で笑うと、ジーナの方に向かう。


「ジーナ様も懲りませんな。

しかし何とかの顔も三度までと申します。

今度は厳しい処分を覚悟してください」

そう言うクリスを無言で睨みつけ、ジーナはジョンが眠る奥の間に姿を消す。


(ケジメをつけるためにもジーナ様にはもう命を貰うしかあるまい。

問題はまだジョン様の処分だ。

表向きは我が子となっている幼児の命を奪うのは外聞が悪すぎるし、実の甥の命を奪うのはダニエル様には辛いだろう)

クリスはダニエルの胸の内を推し量る。


ジーナに見張りを付けて軟禁した後、クリスがダニエルを探し当てた場所は、城の片隅の目立たない場所だった。

ようやく傷の癒えたトラとイチマツが厳重に警備する中をクリスは通っていく。


アースを出てからダニエルはずっと一歩間違えれば滅亡という重荷を負いながらほとんど休みなく動き回ったが、緊張感のためか疲労を感じる余裕もなかった。

そしてここでようやく一息を入れることができたダニエルは、部屋の長椅子でノーマに膝枕をしてもらいながら死んだように目を閉じて眠っていた。


「クリス、何事か。

見ての通り、ダニエルさぁは休んでおられるが。

急ぎでなければ後にせよ」


ノーマは気づかわしげに夫の顔をじっと見ていたが、入ってきたクリスにその休息を邪魔されるかと不機嫌そうに言う。

クリスもそのことはよくわかり、退出しようとするが、ダニエルが目を開ける。


「クリスか、ジーナは捕らえたか」

「裏切り者達と部屋に居られたので、そのまま閉じ込めています。

ダニエル様、恐縮ですがここでノンビリと休まれてももう大丈夫なのですか」


夫を更に働かせようとするクリスに、ノーマが目を釣り上げるが、ダニエルはそれを笑って手で抑える。


「混乱した領内の治めは牢から出したズショに任せ、ジェミナイに付いた家臣の所領の接収にはオカダとマニエルにいかせている。更にこの裏切りの全容はジブに取調べさせている。

事件の構図がはっきりすれば首謀者は処刑。その中にはジーナも含まれる。

ここで徹底的に洗い出して、二度とこんなことが起きないようにする。

しかし一番の元凶は日和見した義父殿。

処罰はできないが隠退させて、王都に行ってもらう」


隣でノーマも頷く。夫婦間で打ち合わせていたようだ。


「なるほど。わかりました。

しかし、ジョン様はいかがされますか」


その問いに、これまで滑らかに答えてきたダニエルの口が重くなる。

「禍根は絶ちたいが、我が子として届けてあるのが問題だ。

罪もない幼い子を殺したというのは悪名が過ぎる。

しかし、誰がに育てさせて変に祭り上げられるのは不味い」


「父と義母は自分達が育てたいと言うておったぞ」

ノーマが横から言うと、ダニエルは頭を抱えた。

「そんなこと認められるわけがないだろう。

王都の貴族達の玩具にされるだけだ」


黙って聞いていたクリスに火の粉は飛ぶ。

「クリス、他人事だという顔をせずにいい案を出せ」


そこでノーマが叫ぶ。

「そうじゃ。クリス、お前の妻イザベラはジーナの乳兄弟で、その父ロバートは乳母夫だったはず。

彼らに責任を持って育てさせよう」


「それは名案。

イザベラはジーナから離れてクリスに嫁いだし、ロバートもジーナの教育の失敗を問われて降格して今回の件に関与していなかったな。ならばジョンを担ぎ上げることもなかろう。

ジョンはある程度育てば修道院に入れて僧侶として生きさせろ。

しかし、そこに収まらず、野望を持つようであれば処分しろ」


ダニエルのやれやれ片付いたという表情に、クリスはやられたと思い、この厄介な話を聞いた妻や義父の苦虫を噛み潰したような顔が思い浮かぶが、断るすべもない。

「畏まりました」というのみである。


「そんな嫌そうな顔をするな。

お前もいつまでもオレの側近というだけではなく、そろそろ家中の重臣になってもらういい機会だ。

ヘブラリー家の空いた所領をくれてやる。

ここらでオレの側近を離れて、一家を建てろ」

ダニエルはこれまでもクリスを引き上げようとしてきたが、彼がダニエルの近くを離れるのを嫌がったため実現していない。

しかしヘブラリー家を立て直す今がチャンスだと考えた。


ダニエルに最も近く、またこれまでの一族の諍いと関係のなかったクリスと、主流派だったが排斥されたロバート・ガスペスをヘブラリー家の重臣とするのは、派閥争いを脱して新たなダニエルの体制を作るのに良さそうだ。


クリスはダニエルの側に侍るのを生涯の仕事と思ってきただけに、この引き立てに複雑な思いを持つ。


(イザベラは大喜びだろう)

クリスがこれまでダニエルに提示された所領やポストを断り、一介の側近のままであることについて何度も妻に責められてきたが、それでも乳飲み子の頃から一緒だったダニエルと離れがたかった。


「ダニエル様、あなたがジャニアリー家から追われるように騎士団に行かされるときに、私だけは生涯あなたとともにいますと誓いました。

やはりその誓いを守りたいと思います」


クリスの固い決意にダニエルは折れ、所領を与え、近衛隊長というポストに座らせることで処遇することとした。


クーデターの取り調べは早々に片が付いた。

ジブの厳しい尋問とそれ以上に自白すれば罪一等減じるという約束に、捕まった者達は進んで話し始めた。


その結果は、ダニエルとノーマの予想通り、ソーテキの働きかけに一門衆の不満分子が乗ってジーナを擁立し、前伯爵はジェミナイとダニエルを天秤に掛け、様子見を決め込んでいたということであった。


「想定通りだな。

首謀者は勿論、それに追随した主な者は斬首か追放。

同時にズショと相談して、潜在的な反抗分子や無能な者、傍観していた者は命までは取らずとも追放や降格、馘首にしろ。

そして空いたポストにリューに従って戦った者やノーマに近い者を登用する。

能力とそれ以上に忠誠心をよく見ろ。

これでヘブラリー家を真にオレとノーマのものになるように取り計らえ」


ダニエルがジブに命じると、この切れる男からは直ちに反問が返ってきた。

「ジーナ様、ジョン様、そして前伯爵様はどうされますか」


「ジーナには毒杯を渡し、敵に利用されたことを悔いて自死したと公表しろ。ジョンは当面ガスペス家で保育する。

義父殿は心労のため、王都で隠退生活を送られる」

ジブはすべてを理解したように、「承りました」とのみ答え、下がっていく。


3日後、事件の経緯と処分が公表される。

これまで重きをなしていた一門衆はほとんどが姿を消し、その後にはノーマ派やデントン派がその席を占める。

特に前伯爵の怒りを買い、降格していたロバート・ガスペスが復権したことが

目を引く。


「大殿は失権されたか。

ガスペスの復権はダニエル様の側近に嫁がせた娘のお陰だな」

「ならば全権はダニエル様とノーマ様が掌握されたな」

ヒソヒソと噂話が広がっていく。


その頃、城の中の一部屋では、ジーナが食事に出されたワインを吐き出し、喚いていた。

「これはいつもと違う味がする!毒でしょう!

あなた、飲んでご覧なさい」

持ってきた侍女に飲ませようとするが、そこにロバートが悲しげな表情でやって来た。


「ジーナ様、お久しぶりです。

赤子の頃からお世話をしてきましたが、最期を看取ることまでするとは思いませんでした。

せめて一番楽な死に方を選びました。気づかずに飲んでいただければと思ってましたが、残念です。

仕方ない、これを一息で飲んでください」

そして手にしたグラスの飲み物を飲ませようとする。


「ロバート、何をするの!無礼な!

私にこんなことをして父が黙っていないわよ!」

ジーナは顔を真っ赤にして大声を出す。


「大殿もご承知です。昨晩、最後のお別れに夕食をともにされたはず。

ジョン様は私がお育てしますので、ご安心ください。

生まれ変われば幸せな人生を送られるように」

ロバートは侍女や従僕を呼び、抵抗するジーナを押さえつけさせて、自分の手で口を開かせ無理に液体を流し込む。


「この、何をする!」

叫ぶジーナの声が弱々しくなり、そのまま動かなくなった。


「申し訳ありませんが、これが我が家の復権の条件でしたので、お許しください」

ロバートはジーナの目を閉じさせると丁寧に葬るように命じ、ダニエルに報告に向かう。


ダニエルは報告を聞き、妻となるはずだった女の死に少し物思いにふけるが、感慨に浸る間もなく、義父母を王都に送り出し、ヘブラリー家の改革に奔走する。


ジーナの死は後悔しての自死と公表されるが、日頃の彼女の言動からそれを信じる者はいなかった。

ただ、その死は忘れられることなく、ダニエルに刃向かった愚かな女としてその名を残すことになる。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る