ダニエルを目指す者

ダニエルとノーマはマーズに着き、開門を命じるが、返ってきたのは嘲笑だった。


「ダニエルさぁ、常勝と謳われていたが、今やそれだけの兵しか付き従わんとは落ちぶれたものよ」

城壁の上から嘲笑うのは、一門衆の重鎮で、ダニエルにより閑職に追いやられた男デーブである。


「ヘブラリー家はジーナさぁの婿にジェミナイから来てもらって家ば継いでもらうので、おはんは用済みじゃ。

そこの庶出の女ともどもさっさといね」


(どうやらマーズでクーデターが起きたか)

城門が開かねば、この兵数では攻めることもできない。


ダニエルが抜擢したズショ達が心配であったが、やむを得ない。

マーズを放置しても、ジェミナイ軍を破れば自ずとこちらの手に落ちよう。

ダニエルは怒髪天を衝くノーマを宥めて、馬を返し、バースが待つエイプリル領との境に赴く。


亡くなったリューの所領に着くと、リューの妻アンとバースの妻マーガレットが300の兵を集めて待っていた。


「ダニエルさぁ、お待ちしていました。

我が領やダニエルさぁに味方したいという兵を集めております。

残念ながらリューと運命を共にした兵も多いですが、残っていた兵をどうぞ使ってくだされ」

リューの遺児を抱き、凛々しくそう告げるアンにダニエルは哀惜を漂わせ、子の頭を撫でながら話しかける。


「リューが戦死したこと、本当にすまない。

彼のお陰でオレは生きて帰れた。

この恩は生涯かかっても返す。

まずは目先のジェミナイ戦、このために集めてくれた兵は使わせてもらうぞ」


「夫バースからの使者によると、敵軍はおよそ2000。

当方は夫の軍が500、ここに300、ダニエルさぁが100と半数にも足りませぬ。一旦退かれ軍の増援を待ちますか」

マーガレットが不安げに尋ねる。


周囲の様子は一度兵を引き、ジューンからの援軍を待って攻め直すべきという雰囲気を感じる。


「いや、オレは一敗地に塗れ、敗勢だと見られている。

ここで軍を引けば、ヘブラリー内で日和っている連中は一斉に敵側に付く。

少数であれ、ここで決戦するしかない。

幸いジェミナイは思ってより小勢。おそらくソーテキはきていまい。

付け入る隙はある」


ダニエルの断固とした言葉に、同行していたマニエルも頷く。

「戦には時の流れが重要です。

ここで勝って、勢いづくジェミナイを止めねばなりますまい」


迎撃が決定され、バースにその旨と敵軍の進路を詳細に知らせるよう伝える使いを送る。

しかし、この兵力差を考えればそのまま正面から当たる訳にはいかない。


「ノーマ、敵軍の進路のあたりに身を潜めやすい窪地はないか」

ダニエルの問いかけにノーマはアンやマーガレットと相談し、ある地点を示す。


「なるほど、いい場所だな。よし、そこに誘導し敵将を討つことを目指す。

ジーナの婿という名目なのだから、その婿が居なければヘブラリーに来る理由も無くなり、内通者もジェミナイに与する訳にも行くまい。

本陣を狙い、敵将を一気に襲撃する!」


ダニエルが方針を決めて敵軍の進軍を見つつ、噂の流布や部隊の配置を行っている頃、ジェミナイ軍は悠々と進軍していた。


「オマール様、そろそろヘブラリー領に入ります」

側近の知らせに、綺羅びやかな鎧を纏った若い将は鷹揚に頷く。


「ダニエルも噂ほどでも無さそうだな。

ヘブラリーの内通者によるとわずか百騎でマーズに駆けつけたという。

おそらくアレンビーを落とせずに自分だけで焦って来たのだろう。

そこに2000の我が軍が押し寄せれば奴が逃げ出すことは必定。

その後マーズに入り、ジーナという女と式を上げて、ヘブラリーを乗っ取り、そのままヘブラリー兵も動員してジューン領に押し寄せる。

さすれば、ダニエルの持っているものをすべて俺が貰い受けるわけだ。

これまで俺を次男のスペアと侮っていた父や兄、親族に目にもの見せてやる。

ワッハッハ」


オマールは側近に笑いかける。

相手はこれまで共に冷や飯を食ってきた、信頼する乳兄弟である。

しかしと側近は言う。

「エイプリル侯爵はヘブラリーの半分を貰う気ですし、ジューン領はアレンビーに渡す密約ではありませんか」

側近の疑問をオマールは一蹴する。


「力こそ正義。

ヘブラリーを手に入れれば本国から大軍を送らせてエイプリルも併合する。

アレンビーなどジューン領侵攻の途中に揉み潰せば良い。

時間稼ぎが終われば使い捨てよ」


そして、声を潜めて言う。

「ソーテキ様もダニエルを恐れてか、慎重に行けと繰り返すとは、麒麟も老いては駄馬にも劣るとはこのことか。

一族の中で年齢が手頃で、ポストもつかずに手隙だからと俺が選ばれたが、上手く行ったとなると他の者に替えられる恐れもある。

こちらに大領を持てばジェミナイから自立することも考えねば。

本家の奴らの言う通りにする程の恩は受けていないしな」

オマールの野望はとどまるところを知らない。


オマールが夢を抱きながら馬を進めている頃、ジェミナイ本拠のカペラではソーテキの館で会議が開かれていた。


「ソーテキ様、オマールの進軍は上手く進んでいるようです。

ダニエルはアースを出陣したものの、こちらが手を回しているアレンビーに拘束され、ヘブラリーまで軍を進められないようです」


「それは重畳。

ここでうまくダニエルを始末するか、失脚させてしまえると良いが。

奴が儂らに深い恨みを抱いていることは確か。早くなんとかせねばならん」

ゴホッゴホッとソーテキは激しく咳き込む。


ダニエルへの追撃戦でリューに傷を負わされてからソーテキはめっきり弱り寝込む日も多くなったが、この謀略には身体への負担も厭わず全力を尽くしていた。


「しかし、あのオマールという男、野心がギラついて見えます。

こちらの言う通りに動きますか?」

重臣の一人が疑問を発するのに、ソーテキは答える。


「今度の侵攻、お前たちは懐疑的だっただろう。

確かに敵国の奥深くに入り、内通者を頼りに一気に占拠しようとするのは無謀にも見える。儂も色々と工作をしたが賭けだと思っている。

しかし、そんな引け腰では上手くいくものも駄目になる。

オマールは一門衆の生まれでありながら次男であるために父からスペアだと冷遇され、嫁もなく飼い殺しだ。

僅かでも領主となるチャンスがあれば死物狂いとなって働くであろう。

その野心を持つが故に選んだのよ」


「流石はソーテキ様。それはわかりましたが、失うもののない奴が無理押しして兵を犬死にさせる恐れがありますぞ」


「それに備えて、侍大将に信頼の置けるベテランの将マガキを選んである。

負けると見込んだらオマールを捨てて兵を連れて帰れと言ってある」


そう言って言葉を切ったソーテキはゾッとするような凄みのある笑いを浮かべて言う。

「ダニエルも次男で実家で冷遇されていたそうだな。

オマールは奴の成功を聞き、俺ならもっと上手くできると激しく羨み、妬んでいたようだ。

はてさて、二人の冷や飯食いの争い、どちらが勝つだろうな」


そして、また咳き込むと、「疲れた。今日はここまでとせよ」と言い、侍女に助けられて奥に下がっていく。


残された重臣達は、エイプリルは勿論、ヘブラリー家中やアレンビーまで手を延ばし、更に味方も捨て駒にするなど何重にも仕掛けをしているソーテキに感嘆するとともに、彼が亡くなれば誰がジェミナイを仕切るのか大きな不安を持ちながら引き上げる。


さて、ダニエルは兵をジューン領まで引き下げると大勢の前で言い放ち、退却するように偽装した。

一方、ジェミナイ軍の侵攻方面に斥候を放ち、刻々と情報収集を行うとともに、ヒデヨシに言いつけ、ジェミナイ軍を誘導するように襲撃予定地点近くの村に歓迎の酒肴を準備させる。


「オマール様、途中の村から酒肴を用意しているので是非お立ち寄りくださいと言ってきていますが、いかがいたしますか?」

側近が尋ねる。


「バースの軍は小勢のまま、ズルズルと引き下がっているのだな。

そしてダニエルは怖気づいて退却した。

この状況を見て民も俺が次のヘブラリー領主と思い、媚を売りに来たか。

マーズまではまだ距離がある。雲行きも怪しいし、ちょうど昼時でもある。

一息入れ、その酒肴を頂こう」


オマールの指示で、ジェミナイ軍は休息をとる。

オマールは村の案内人に扮したヒデヨシに案内され、村から少し離れた窪地に入ると、そこにある多くの酒と肴の用意と旅芸人の踊り子達に目を見張る。


「随分と手回し良く豪勢だな。

領内で一番早い忠義だ。俺が領主になれば報いてやろう」


「ご領主様からありがたいお言葉。

できますれば税の半減をお願いします」


「百姓は狡猾で勝ち馬を見るのが早いわ。

もうダニエルを見捨てたか。

良かろう。俺を領主と認めた褒美だ。

貴様、サルに似ているな。面相の面白さと要領の良さを見込んで俺に仕えるか」

これまで認められなかったオマールは領主と呼ばれて機嫌をよくする。

そこに侍大将マガラがやって来た。


「オマール様、まだ先は長うございます。

宴会はマーズを抑えてダニエルを討ち取ってから。

このような途中で酒を入れて休憩するものではありません」


「マガラ、ここは俺が総大将だ。

兵も国境を出てから緊張させっぱなしだろう。休みも必要だ。

今は敵も見えない。ここで一息入れて、その後一気に進む」

マガラの苦言を一蹴し、オマールは自説を通すと、彼は苦い顔をして引き下がる。


マガラを追い払ったオマールだが、ふと周りを見ると、敵はいないと兵達は安心しきって、酒を飲み、女達に戯れかかっている。


「おい、まだ進軍途上だ。

酒は程々にしろ!」

オマールが大声で引き締めようとする時、大粒の雨が降りかかる。


少し離れた林から見ていたダニエルは合図の鐘を打ち鳴らさせる。

「今だ!弓を放て。

打ち終われば全軍突っ込め!」


藪や林から矢が放たれる。

「敵襲だ!」

雨で周りが見えにくい中、矢を受けて混乱するジェミナイ軍を、村人を装っていた兵、藪や林から出てきた兵が襲いかかる。

鎧も外し、酒を飲んでいたジェミナイ兵はパニックとなり、逃げ惑うばかり。


「敵は小勢。慌てるな!」

オマールは大声で兵を落ち着かせようとするが、浮き足立った兵は次々と討たれていく。


「敵将は何処ぞ。我はマニエル。いざ勝負を!」

マニエルが本陣めがけて突っ込んでくる。


「くそっ。マニエルと言えば武勇名高い騎士。

あとわずかで領主に手が届くときに!

こうなればアイツを倒して、もう一度兵を立て直す」

前に出ようとするオマールを乳兄弟が止めた。


「ここは私が出ます。

オマール様は大将。一騎打ちに出るのでなく、一旦下がってから再侵攻し、我々の夢である領主になることを実現してください」

そう言うとオマールの甲を掴み、「我は大将オマール。マニエルとやら一騎打ちに応じよう」と馬に乗る。


オマールはそれを見ながら、慌てて雑兵の鎧を着込む。

そして身代わりとなった乳兄弟がマニエルに一撃で斬り殺されたのを見て、(この恨み、必ず晴らしてやる。待っていろ)と思いながら後方に逃げ去ろうとする。


しかしその時、後方のマガラ率いる主力部隊が「オマール様が討たれた。もはや戦は終わりじゃ。本国に帰るぞ」と呼びかけているのが聞こえる。


(俺は健在だ!ここにいるぞ!)

オマールが叫ぼうとしたとき、突如先程のサルに似た案内人が現れた。

そして「何だ!抜け道を案内してくれるのか」と言いかけたオマールの腹を短刀で深く突く。


「オマール様、名のりが遅れて失礼しました。

ワシの名はヒデヨシ。既にダニエル様の家臣ですのでせっかくのお誘いですがお仕えできませぬ。

今日は運が良い。非力なワシに手柄首が転がってくるとは」

ヒデヨシの満面の笑顔がオマールの最後の記憶となった。


引き揚げるジェミナイ軍を追うこともなく、ジェミナイ兵の遺体が転がる戦場にダニエルとクリスがやってきた。


ダニエルは自ら敵陣に斬り込みたかったが、ジェミナイ軍が逆襲してきた場合を危惧したクリスが必死になって止めたため、やむをえずいつでも逃走できる位置から指揮をとっていた。


「それにしてもジェミナイの本隊は何故逆襲しなかったのか?

こちらが少数であることは明らかであり、何倍もの軍で襲われていたら逃げ出すしかなかったぞ」


オマールという敵将の首を見ながらダニエルは疑問を呈するが、誰もが同じことを考えていた。

まさか敵将が捨て駒とは思わない。


「おそらく大将を討たれて士気を阻喪したのでしょう。敵国でもあり、長居は不要と逃げ腰になったのではないですか」

マニエルが話をまとめる。


「そうかもしれん。

こいつがオレに代わってジーナの婿になろうとした男か。なかなかいい男じゃないか。ジーナも残念だったな。

よし、この首はマーズに持って行き、内通者やジーナに見せてやれ。

そして、マーズを開門させて、裏切った奴らに代償を払わせてやる」


ダニエルはもう敵将の首から関心を失い、マーズ制圧を考えるが、その前にやることを思い出す。


「ヒデヨシ、お手柄だったな。

紛れて逃げられていれば大変だった。

マニエルも鮮やかな討ち取り、見事だったぞ。

この戦いを世の中に受けるようにして、王都やエイプリルなどで吟遊詩人に唄わせろ。

お前達を世に売り出すとともに、ダニエル軍の精鋭ぶりの宣伝をして、王都貴族やエイプリルへの圧力をかける」


その指示の後、武名が欲しいヒデヨシは、自身が敵将と一騎打ちして討ち取ったという歌を作って唄わせ、後ほどダニエル達から酒の肴にされることとなる。







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