女だって牙を剥く

ジェミナイがジーナの婿を送るためと称して軍を進めてくれば、ヘブラリー領が乗っ取られるか、良くても領内が戦闘により荒廃することは明らか。


その前に急行し、ジェミナイ軍を防ぎたいが、ヘブラリーに軍を進めるにはアレンビー領を通らなければならない。アレンビーを放置して軍を進め、ジェミナイと対峙したあとに後背を突かれればひとたまりもなく敗北することは目に見えている。


一つ負けると、全てが逆に動き始め、次々と人が離れていく。

これまで苦勞しながらも順風満帆だったダニエルは、初めての逆風に人心の離反を痛感していた。


ここで食い止めなければと、ダニエルは焦る心を抑えて、動員できる兵を集め、まずはアレンビーを目かげて進軍、途中オカダ率いるメイ軍と合流して、アレンビー軍が籠もる城を見る。

平野の背後に位置する高い山に築かれた堅固な城だ。エイプリル侯爵が破れた場合にジェミナイ軍をここで食い止めるために固く作られている。


「アレクはどうだ?

戦うか降伏するか旗幟を明らかにしたか?」

ダニエルの問にオカダは首を横に振る。


「奴は集めた兵で籠城している。

降伏するよう軍使を送ると、我々は味方であり、攻められる理由はない、直ちに兵を引けと言うばかり。

おそらく、ジェミナイやエイプリルから調略され、ここで我々の兵を拘束し、時間を稼ぐように言われているのだろう」


「ならば速やかに包囲して戦意を奪うか。

後顧の憂いなく始末したいが、団長にも言われたし、何より時間がない」


ダニエルは城を包囲し、鬨の声を上げ篝火を焚かせて脅すが、攻城兵器がないため攻め手に欠くことを見透かされ、アレンビー軍は動かない。


エイプリル領に出張って彼らと対峙しているバースから、ジェミナイ軍が近づいてきた知らせを受け、ダニエルは苦悩する。

(攻城兵器を持ってくる時間はない。

オカダをここにおいて牽制させれば、ジェミナイとの決戦兵力が不足する。

くそっ、どうすべきか)


そこにレイチェルが現れた。

「あなたがお困りと思い、とっておきの贈り物を持ってきました」

そう言うレイチェルの後ろから、エリーゼが姿を表した。


「お義兄様、ご無沙汰をしています」

ぎこちなく微笑むエリーゼにダニエルは驚く。

「どうしたこんな戦場にやって来て?

和睦を呼びかけに来たならありがたいが、貴様のアレクが乗ってくるとは思えないぞ」


「いえ、私もその段階は過ぎたと思います。

ここに来たのは城を落とす手立てのことです」


エリーゼの言葉を聞きながら、レイチェルは彼女がアースに到着したときのことを思い出す。


「エリーゼ、何故ここへ!」

「へへ、お義姉様を驚かすことができましたね」

陰がありながら笑うエリーゼにレイチェルは言う。


「アランから離縁の話を聞いたのね。

だからといって私に泣き落としをしても仕方ないわ。貴女のことは気に入っているけど家どうしの問題だからどうにもできない。

聡明な貴女ならわかるでしょう」

言い聞かせるように話すレイチェルにエリーゼは毅然と言い返す。


アランとはここに来る途中に会いました。

当てもなく君のことは僕が守るなんて甘いことを言うから蹴飛ばしてやりました。

実家の不始末はアタシがけりをつけますわ。

我が子のためにも」

そして戦場のダニエルのところに連れて行ってくれと頼んだのだ。


さて、エリーゼはダニエルに城の地図を持ってくるように求める。

そしてダニエル、オカダ、ヒデヨシなどの諸将を目の前にして話を始める。


「このアレンビーの城については私はよく承知しています。

ある時幼い私が酔った父の膝にいて、このお城は無敵よねと言うと、いいや、この城の最大の弱点は水だ、井戸が掘れず山の溜池から通管で持ってきているが、それを破壊されれば3日と持つまいと言ったことを覚えています。

その後、私はそれがどこかを調べてみました。

その通管の通っているのはこことここです」

エリーゼが地図で指し示す場所を各将は血走った目で確認する。


「ヒデヨシ、ハチスカ衆にすぐにここを破壊させろ。

ガモー、ホリ、城内に火矢を放ち、貯めてある水を使わせろ。

盲撃ちでいいからいくらでも撃て」

ダニエルが早口で指示する。


脇で控えていたマニエルが口を出す。

「ダニエル様、ワシの経験では、水や食料が無くなればしばしば死物狂いの敵が門を開けて突撃してくることがありますぞ」

古豪らしいフォローを受け、オカダが「それは俺が受け持とう」と立ち上がる。


「皆、一斉にかかれ!」

各将が散った後、ダニエルはエリーゼに尋ねる。

「教えてくれたことで実家が滅びるかもしれんがいいのか」


「兄がダニエル様に叛旗を翻せば友好の証に嫁いだアタシがどうなるかはわかりきったこと。兄はアタシを捨てたのです。

そしてアタシの家はもうジュライ家です。

ねえお義姉様」

エリーゼは少し蒼白い顔色だったがはっきりと言った。


念を押されたレイチェルは複雑な表情で頷く。

「エリーゼの覚悟はよくわかりました。

二度と離縁しろなどとは言いません。

やっぱりアランの妻にあなたを貰ったのは正解だったわ。

あの子はまだまだ甘い。助けてあげて」


「言われるまでもありません。

アタシの夫と子供がいるのですから、ジュライ家がアタシの居場所です。

お義姉様はジューン家のことに専念していただいてよろしゅうございます」


小姑に実家のことに口出しするなと暗に言い放ち、少し疲れたと下がるエリーゼを見て、レイチェルは寂しそうに呟く。

「もうジュライ家はあの娘のものなのね。

私が帰るところは無くなったわ」


「何を言う。レイチェルの帰るところはオレの居る場所だろう」

ダニエルはレイチェルを抱き上げキスすると、「これで攻略のメドは立った。次はジェミナイへの雪辱戦だ。兵站を頼むぞ」と言うと、レイチェルが忘れてましたとダニエルを見つめる。


「月のものが来ないの。

二人目ができたみたい。

楽しみにして、必ず勝ってきてね」

そう言ってレイチェルはアースに帰っていく。


やがてハチスカ党から山の景色の中に巧妙に偽装されていた水路を破壊したと知らせが来る。それとともに火矢を散々に射掛けると、一日にして城には白旗が上がった。


「早すぎるんじゃないか」

オカダが疑うように言うが、ダニエルはこうなると見ていた。


「アレクサンダー・アレンビーは頭脳明晰で先が見える男だ。

これまではここで籠城している間にジェミナイがヘブラリーを落とし、そのままオレは潰れて南部は己の物と計算していたのだろう。

しかし城の水が無くなれば城兵の戦える時間は少ない。

その間にジェミナイは来れない以上、捨て石となるだけと踏んだのだ。

それにこちらには時間が無いから、アレンビーを殲滅できず和平に持ちこめることもわかっている。

アイツが分からなかったのは捨て石にされた者の気持ちだな」


城の白旗を見たエリーゼは王都に戻ると別れを告げに来た。

「お前の兄貴に会って恨み言の一つも言わなくていいのか」

ダニエルが尋ねると、彼女はニコッとして言う。


「あの城の水のことは当主と跡継ぎと数人の重臣だけの秘密となっています。

父は酔っていてアタシに言ったことを忘れていましたし、兄はアタシがそのことを知っているとは知らないはずです。

では誰が漏らしたのか。兄は疑心暗鬼となっているでしょう。

ダニエル様、このことをうまく使えばアレンビー家は自壊しますよ。

アタシからの貸しです」


そして少し考えたから懐から紙を出してダニエルに渡し、更に言葉を続ける。

「これは兄がアタシを経由して連絡を取っていた王都の貴族の一覧です。

今後は彼らとのやり取りは全て夫を通じてダニエル様にお渡ししますわ」


それに目を通したダニエルは、自派だと信じていた貴族の名前を何人も見つけて驚く。

「なるほど王政府の貴族もバックにいるということがアレクの強気な理由か。

ありがとう。

このことは厚く報いるぞ」


「ではこれで。

兄がアタシを見捨てたことにどんな弁解をしてくるのか楽しみですわ」


そう言って去るエリーゼを見て、ポツリとオカダは言う。

「女は怖いな。

アレクは妹を可愛がっていたらしいが、一旦見捨てればこういう報復をされるとは思わなかったろう」


「アレクも身内を捨てるとは、オレにとって代わり南部の王になるという夢に毒されたのか。お互いに妻や身内は大事にしような」

ダニエルも身震いしながらオカダと顔を見合わせる。


アレンビーは城を出てダニエルとオカダと話がしたい、ついては城門前で会おうと使者を立ててきた。


「城門前などで待っていれば、門を開いて突撃してくる兵の餌食。

降将として武器を取り上げ、周りを取り囲んでお会いなされ」

マニエルのアドバイスに従い、警戒心を緩めないダニエルにアレンビーも折れる。


一見元気に城を出てきたアレンビーは陽気に話しかける。

「ダニエル、オカダ、何か行き違いがあったようで申し訳なかった。

俺がお前達騎士団仲間を裏切る訳は無かろう。

団長からもキツイお叱りの手紙が来たし、散々だ。

誤解を解いて、前のように仲良くやろう」


「アレク、御託はいい。

こっちの条件を言うぞ。

お前と重臣の妻子をアースに住まわせろ。

すぐにお前も軍を率いてジェミナイに向かえ。

城の武器や兵糧は貰っていくからな」

オカダが突き放すように言う。


「オイオイ、俺は敵軍扱いか。

何も敵対行動もしてないし、死人も出てない。

これからも身内として仲良くやろう」

アレンビーは予想以上に厳しい条件だったのか、顔を強張らせてダニエルに言う。


「敵とおもえば殺しているか、領地を没収している。

身内と思うからこの条件だ。妹に感謝しろ。

さぁグズグズしている暇はない。

イエスかノーか」

そう言ってダニエルが手を上げると、周りのダニエル兵は弓に矢をつがえ、アレンビー一行を狙う。


「わかった、言う通りにするよ」

アレンビーは両手を上げ、全面降伏を示した。


アレンビーを信じられないダニエルは密かにヒデヨシを呼び、この戦が終わればエリーゼの置き土産を使ってアレンビー家に調略を仕掛けるように命じる。


「それならば家中の柱とも言うべき人物が通じているような偽手紙でも仕立てますか。疑心暗鬼のときには効きますぞ」


謀略をヒデヨシに託し、ダニエルがアレンビーの倉からの武器・兵糧で出陣の準備を整えている時、バースから急使が来る。

数倍のジェミナイ軍が向かってきたため、エイプリル領から撤退し、ヘブラリー領の城に籠るという知らせだ。


「不味い。

ジェミナイ軍に圧倒されていると思われれば、ヘブラリー家は一気に離反するかもしれない。

オレだけでも急ぐぞ。

ダニエル健在というところを見せねばならん」


「ダニエルさぁ、待ってほしか!

アタイも行くが。

こんな時にヘブラリー家の者がおらんとなどありえんと」


お腹の大きくなっているノーマが出てきた。

確かに彼女のカリスマ性は大きいが、この身体で大丈夫か、ダニエルは迷う。


「迷うとる暇はなか。

レイチェルは亭主のためなら修羅になると言うたそうじゃが、アタイは命ば賭けとる。

ここで負けてヘブラリーを失えばアタイもこの子も生きている意味はなか!」


ノーマの一喝でダニエルの腹も決まった。

「ノーマと先行する。

準備が整い次第、すぐに追いついて来い!」


そう部下に言い捨て、夫婦は百騎余りの兵のみを率いてヘブラリー領都マーズに急行する。





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