援軍の行方と窮地のダニエル

ダニエルが王都で膠着状態の打破に悩んでいる頃、ネルソンに援軍を急がせるべく、顔なじみのヒデヨシは護衛のハチスカ党を連れて彼の軍営地を訪れていた。


その軍容はジェミナイで戦い慣れた精鋭が揃い、この兵たちが来れば勝利は間違えないとヒデヨシは思うが、彼らは急ぐ様子もなく訓練と兵站の手配に時間を費やしているようである。


ヒデヨシは部隊の観察を終えると、案内も乞わずに側近に断り、ズケズケとネルソンの部屋に入る。

彼は地図を見ながら何やら思案中であった。


「ネルソン、貴様、何故援軍を急行させない!

何を考えている?」

真っ赤に怒るヒデヨシを見て、ネルソンは薄く笑う。


「ヒデヨシ、来ていたのか。

俺の精鋭部隊を見たか」


ネルソンの余裕綽々の態度にヒデヨシはカッとして胸ぐらを掴む。

「貴様、寝返ったのか!

浪々の身だったお前を拾い上げ、諸侯に取り立ててもらった恩を忘れたか!」


ネルソンは小柄なヒデヨシの手を優しく放させて言う。

「恩とは何だ。

俺はそれだけの働きをし、ダニエルはそれを認めたというフィフティフィフティの関係だぞ」

そしてニヤリと笑い、激怒して怒鳴ろうとするヒデヨシを手で抑えて、話を続ける。


「恩とかではないが、俺はダニエルを買っているし、奴の為に動く。

誰が寝返っても俺は寝返りなんかするつもりはない」


「では何故動かん?」

ヒデヨシの疑問にネルソンは言う。


「ヒデヨシよ。

このまま俺が急行すればとりあえずは勝つだろうが、最後までの決着にはなるまい。

途中で騎士団長あたりが出てきて和議となり、王家は安泰でこれまでと同じようにダニエルは大諸侯のままだ」


「まあ領地や権益は増えるだろうが、そうだろうな」

ヒデヨシも同意する。


「それではつまらん。

俺はダニエルという男は窮地に追い込まれるほど大きくなる男だと思っている。

だから、ここでは援軍は出さず、あえて敵軍に破れて戻ってきたところを助け、再起させる。

一度負けて、このままでは全てを失うと知った時の奴は手負いの獅子よ。

そうすれば戦は国中に燃え広がる。

そこを勝利すればダニエルの威勢は国を圧する。王位も手に届こう」


滔々と語るネルソンにヒデヨシは冷たく言う。

「お題目はいいが、その話、ダニエル様の早期停戦という望みと全く異なるものだぞ。

そしてその中にはお前のウォーモンガーとしての欲求があるのではないのか」


「ハッハッハ

それは否定しない。

しかしここで軍を握っているのは俺だ。

神はこの戦が広がること、そしてダニエルに試練を与えることを望んでいるのよ」


「バカな!

四の五の言わずにダニエル様の救援に行け。

さもなければ…」


「何、ハチスカ党に俺を殺させるか?

それこそ内紛となってダニエルの援軍どころではなくなるぞ」

そう言い終えた時に使者が息も絶え絶えにやってくる。


持参した書簡を見たネルソンは破顔して言った。

「話している暇もないぞ。

間諜からの急報だ。

東北からキタバタケが王都に急行しているようだ。

お前も戻れ。

負け戦の逃亡に裏道に通じているハチスカ党は必要だろう。

さて俺も追撃してきた親衛隊を痛撃して、存在感を示さねばな」


「クソっ」

立ち上がるネルソンを見ながら、ヒデヨシは歯噛みして立ち去る。

こんなところで油を売っている暇はない。

キタバタケが来れば、ニッタやクスノキと連携して王都は封鎖され、四方は敵に囲まれる。

ダニエルはむざむざと包囲されるを良しとせず、その前に野戦を挑むだろうが、多勢に無勢だ。

味方の諸侯の動きも不安だ。負け戦に備えてヒデヨシはダニエルの逃亡の道筋をつけておかねばならない。


(ネルソンめ。

あそこまで拗らせているとは)


彼なりにダニエルを敬っていることは確かだが、常人の斜め上を行くネルソンの思考にヒデヨシは頭を抱える。

(何はともあれ、まずは勝つことだ!)

そう割り切ると彼は馬を急がせた。


その前にはエイプリル家でも一騒動が起きていた。

ノーマからの出陣要請の手紙を見たトモエが掴みかからんばかりにしてヨシタツに迫っていた。

「今こそ動く時。すぐに全軍で援軍に行くが!

ノーマ様からの頼みじゃ。何をおいても行かねばならん。

アンタが行かんならアタイと女騎だけでも出陣する!」


「まあ待て。わしも行かんとは言っておらん。

今王都は両軍が睨み合っている。

それを動かすにはかなりの軍勢が必要じゃ。

しばし時間をくれ」

ヨシタツはタジタジとなりながらも言うべきことは言う。


トモエも兵の数の重要性はわかる。

「ではいつ出られるのじゃ?」

「7日、いや10日くれ」

「よし、10日じゃな。約束じゃぞ」


ようやく矛を収めたトモエが産まれたばかりの赤子に乳を与える為に去ると、ハンベーが入ってきた。


「見ていたのなら助け舟を出してくれ」

ヨシタツの泣き言に取り合わず、ハンベーは言う。


「流石は殿。10日はいいところですな。

内々に連絡を取っている王側近からの情報ではそろそろ親衛隊が反攻に移るようです。

今王都に行けばちょうど火だるまでしたな」


重要情報を淡々というハンベーにヨシタツは若干狼狽して尋ねる。


「で、我らはダニエル殿を助けに行かなくていいのか?」


「我らより先にまず助けに行くべき重臣が何を考えているのやら。

あのネルソンという男、ひたすら戦力の充実を図り、反抗的な領主は潰すものの、同盟領主には慎重な行動を指示しています。

あの男、ダニエル殿を見殺しにし、後釜に座るつもりかもしれません。

我らはあの不審な男を見張らねばなりません」


ハンベーの勿体ぶった言い方にヨシタツもピンとくる。

「その心は?」

「仮にダニエル殿がネルソンに寝返られたりして、不幸なこととなれば、我らはその仇討ちのためにネルソンを討ち、ダニエル殿の意思を継いで、荒れる西部と南部を治めねばなりますまい。

ここはエイプリル家の正念場。

兵を集めつつ、判断を誤ってはなりませぬ」


そして二人きりであるにも関わらず、声を潜めて言う。

「場合によってはダニエル殿に縁を繋いで頂いたトモエ様もどうするか考えねばなりますまい」


それを聞いたヨシタツは目を怒らせてハンベーを睨んだ。

「トモエはうるさいところはあるが、美人で竹を割ったような気性。わしは気に入っている。せっかく嫡子タツオキも生んでくれた中、政略の為に殺害したり離縁する気はない。

わしは利益のために妻を選んだ父ドーサンとは違う。

お前の策のためにわしの家族を犠牲にするな!」


ヨシタツの怒りにもハンベーは平然と言う。

「殿のご意向は承りました。

いずれにしても仮定の話で今争っても仕方がないことです。

まずは王都の動きをよく注視しましょうぞ」

そしてさっさと立ち去っていく。


ヨシタツがキタバタケの王都来襲を耳にしたのは、その7日後のこと、そして情勢の変化を理由に、怒るトモエを説得し、兵を集めて領界の守りを厳重にする。


王都でのダニエルは、一日千秋の思いで援軍を待つ。同時にキタバタケの動きを気にしていた。


ダニエル軍も親衛隊も間諜を取り締まり情報を遮断する中、各地で蔑視され、下仕事に追い使われる賤民は真っ先に兵から情報を得る。

彼らの団結は強く、王都の賤民頭サムソンにはいち早く各地の動きが伝わる。

その情報はいつもはヒデヨシに伝えるのだが、この大事な時にいない。


「これは急いでお知らせしなければ!」

サムソンは常ならば賤民風情が大諸侯に会うなど恐れ多いとダニエルと接触しないようにしていたが、今は非常時である。


ダニエルの本拠に急ぐと、名乗るだけで奥へ通された。

(ダニエル様は人の心を掴むのがうまい。

いつも蔑視される儂らは親しくされるのに慣れておらん)


賤民頭は金も力も並の貴族よりもずっと持っている。

しかし貴族どころか平民からも蔑視される。


それをダニエルは最初に会った頃の成り上がり貴族から態度を変えずに、公然とサムソンに対等に接してくれる。

そのことに多くの貴族が不満を持ち、ダニエルに賤民と会うなど身分に関わると言っていることをサムソンは知っている。

しかし、ダニエルはその態度を頑として譲らなかった。


(俺は人を見る目がある。あの時ダニエル様を奇貨居くべしと買ったのだ。

そしてこれからもダニエル様に勝ってもらわねば賤民の将来はない)

サムソンは改めて決意する。


「サムソン、どうした?

遠慮無くいつでも来てもらいたいと言っているのに、なかなか来ないからな。

今日は何かあったか?」


笑って酒を勧めるダニエルにサムソンは口を開いた。

「ダニエル様、凶報です。

キタバタケ軍が東北を出ました。強行しているようで、あまり時間をかけることなく王都に参りましょう」


それを聞いたダニエルは悪い方に目が出たかと天を仰ぐ。

「チッ。オクトーバー侯爵に金を握らせて足止めを頼んだのだが効果なかったか。

それにしてもネルソンやヨシタツめ。何をしている!」


そこへカケフやオカダがやって来る。

「ダニエル、アレンビーの野郎、夜逃げのように夜間にこっそり撤退しやがった。他にも離脱者が出始めたぞ」


「ヨシノからの工作員が、まもなくダニエルは囲まれて袋のネズミとなる、

泥舟から逃げるなら今だと宣伝して回っているようだ」


「宣伝戦の監督をしているヒデヨシはどうした!」


あちこちで王側の手が回り始めたようだ。

これまでの小康状態が嘘のように一斉に部下達が駆け込んで来る。


一通りの話を聞くと、ダニエルは言い放った。

「キタバタケが来る前に野戦で方を付ける。

鎚が振り下ろされても金床が無ければ衝撃にならない。

速攻でヨシノを攻めるふりをして、慌てて出てくる親衛隊を撃滅する。

故郷に帰るための前進だ!」


「「オー!」」

しかし、追い詰められての戦いにいつも程の元気が見られない。

戦の準備に散る各指揮官を見つめるダニエルの顔は悲壮感に溢れていた。


サムソンは彼の側に寄って囁く。

「ダニエル様、我ら賤民はいかなる時もあなたの味方です。

戦の行方がどうなろうと、我らを存分にお使いください」


「ありがとう、サムソン。頼りにしているぞ。

オレはお前たちのためにも勝たねばならんな」

ダニエルはそう言うとサムソンの手を握り頭を下げる。


「賤民に頭を下げるなどおやめください」

サムソンは恐縮するがダニエルは構わない。

「お前たちには世話になりっぱなしだ。

いつかはこの恩を返すぞ」


ダニエルが去った後もサムソンは頭を下げ続けて、彼の勝利を祈る。


ダニエルが王都で兵を揃えると、その数は王都入城時の半分となっていた。

勢いに釣られた領主たちは立ち去り、日和見又は王に味方することを選ぶ。


「足手まといがいなくなりせいせいするわ」

いつも強気のオカダの言葉も元気がない。


「行くぞ!」

ダニエルの掛け声でヨシノへの道を進む。

時間が勝負だというのがダニエル軍幹部の共通認識であり、先鋒は速さを得意とする若手のガモーに託す。


その行軍の速さは親衛隊の予想を超えており、各地に伝わるように派手な演出も相まってヨシノの貴族からは悲鳴が上がる。


それが伝えられ、キタバタケの来襲で勝利を確信していたニッタは狼狽する。

「ダニエルめ。

何を血迷い、あの守備堅固なヨシノに進むのだ!」


しかし、これを放置し万が一にでもヨシノを落とされれば、王を奪われ、親衛隊は寄る辺を無くす。


「やむを得ん!」

これまで進めていた王都包囲網を捨て、ニッタはダニエル軍の追跡を命じる。


「ニッタ殿は何をされておる。

これこそ敵の思う壺。

ヨシノが早々に落とせるわけもあるまい。

ダニエル軍が居なくなれば悠々と王都に入り、敵軍の補給を止めれば奴らは帰らざるを得ないに決まっておろう」

クスノキは呆れたように言うが、思い返す。


「いや、王の側にいる宮廷貴族が騒いだか?

ダニエル殿の威名の効果は絶大だな。

ネズミどもは獅子が散歩するだけで震え上がる」


そして王都近辺の地図を見る。

「マサツラ、ダニエル殿の兵はこちらを通っている。そしてその後ろをニッタ殿が追っている。

お前がダニエル殿ならどうする?」


うーんと考えた後、マサツラは指で地図の道を追っていく。

「後ろから追われれば不利だから、どこかで引き返して陣を整えて合戦に備える」


「そうだ。

そして山がちの土地で両軍が展開できる場所は少ない。

おそらくはここだろう」


「テシマガハラ?」

「そう、ダニエル殿はおそらくはそこで待ち伏せている。

さて、ニッタ殿を救わねばなるまい。

我らも出陣するぞ」


クスノキ勢は目立たずに陣を撤収し、どこかに消える。

その動きはダニエルの間諜も掴めなかった。

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