新米領主の歓喜と苦悩

トラ・カトーはこれまでの武功を認められて、東部に所領を与えられ、領主となることができた。


諸侯というには程遠いが、東部地域の中堅領主である。


ダニエルから新規給付の下文を渡され、

「長年、よく仕えてくれた。アサクラでの撤退戦でお前が示した武勇と忠義は心に刻みつけている。

これからは領主として支えてくれ」

と剣と兜を添えてねぎらいの言葉を貰った時、トラは感激のあまり嗚咽した。


その後、挨拶回りに回る。

まずは今や飛ぶ鳥を落とす勢いの実力者オームラである。


多くの人が挨拶のために並ぶ中、トラの名前が呼ばれ中に入る。

眼光鋭く椅子に座るオームラに恩賞のお礼を述べると、

「トラ・カトーか。

お前を東部に配置した理由はわかっているな」

と問われる。


咄嗟に「オクトーバー伯爵への対処のためでしょうか」と答えると、当たりだったのか、満足げに頷く。


「奴が反乱を起こせばオカダ殿が総指揮を取るので、その配下として働くように。

なお、エイプリル家にも油断するな」


オームラの言葉にトラは驚く。


「エイプリル家は同盟相手ではありませんか」


「今や天下の覇者となったダニエル様に同盟相手などいない。

エイプリル家がそれを認識し、屈すればよし。昔のプライドを捨てられないなら滅びてもらうまで。

奴が叛けば武功のチャンスが増えるぞ」


オームラの冷酷な言葉に、トラはこの人には逆らわないでいなければと思う。


次は、アランのところだ。

これまでは武官として戦場で働くだけだったが、これからは領内の内政も行うため、政所とは付き合いが増える。


アランはにこやかな顔で出迎えてくれ、一通りの祝いの言葉の後に言い出した。


「ところで、君のところは文官が必要ではないか。何か当てはあるのかい。

なければ、私から斡旋しようか。

王政府からリストラされた官僚や各地の滅ぼされた領主の家臣が縁を辿って私のところに来ている。

優秀な者を何人か都合しよう」


アランの言葉は渡りに舟。

急遽家臣が必要なトラは、武官はともかく文官は当てがなく頭を痛めていたところだった。


アランの保証があれば、問題が出て来ればアランを頼れば良い。


「よろしくお願いします」


一方、あちこちから頼ってこられているアランも就職先を斡旋して恩を売れる。

利害の一致した二人は握手した。


次はメイ家のオカダを訪ねる。

彼は東部の取りまとめを任されていることから、付近の譜代の寄親になり、平時の相談に乗り、戦時には彼らを指揮下に入れる。

しっかりと意思疎通をさなければならないが、幸いダニエル旗揚げ時からの付き合いで気心は知れている。


「おお、トラか。

お前も一人前に領主になれたか。

東部は俺も初めてだ。

お互いに上手くやっていこう」


肩を叩かれて、豪快にそう言われる。


一通りの挨拶の後、退出前に密かに囁かれた。


「東部の情勢は危ないらしい。

各地で旧領主らの不満分子が暗躍し、その背後にはオクトーバーがいると聞く。

兵の準備を怠るな」


軍事はみずからの得手だ。

トラはどのくらいの兵を集めるべきか胸算用を始めた。


さて、王都でなんとか家臣をかき集めて、領地に向けて出立する準備を整えた。


出立前に、同じく領主に取り立てられたイチマツから誘いを受け、飲みに出かける。


場所はダニエル軍御用達のエールワイフ。

ここの美人女将イングリッドはダニエルの愛人と有名であり、ダニエルもよく来ていると聞く。


店は、トラ達と同じくまもなく領地に向かう者があちこちにいる。


「あら、トラさんにイチマツさん。

最近見なかったけど、領主に御栄達ですって。

また、王都にいらした時は寄ってくださいね」


愛想良く女将からはお祝いだと銘酒が渡される。


「トラよ、お前は東部、俺は北部。

この辺りはまだ一波乱あるということだな。

戦は望むところだが、領地の統治というのが難問だ。

アラン殿から紹介された文官に任せるつもりだが、俺も関わらない訳にはいかないからな。


ところで、サキチの話を聞いたか。

奴は貰った所領の半分を高名なサコン・シマを家臣にするために与えたそうだ。


確かにサコンといえば、戦の名人として名高い男だ。サキチは軍事や所領はサコンに任せて、幕府での仕事に専念するつもりのようだな」


「それは思い切ったことを。

奴の所領は王都付近。

その含みもあって交通の便の良い場所を与えられたのか」


「政所がアラン殿引き立ての王政府の官僚ばかりとならないように、オームラ殿が送り込んだという説もある。

奴は奴で大変よ」


同僚達の噂話や幕府内の派閥のことなどを飲みながら話す。


「領地に行けば会う機会も少なくなるが、手紙で知らせてくれ。

困ったことがあれば助け合おう」


親友は心強いと思いつつ、馬廻の頃は毎日飲んでいた仲間と会えなくなることに寂しさを覚えながら別れる。


出立の前日にダニエルに挨拶に行く。


「お前ならば戦働きだけでなく、良き統治者になれると思っているぞ。

お前の働き、よく見させてもらう。

期待に応えてくれ!」


そして、新米領主は物入りだからなと渡されたバックには多額の金が入っており、更に必要ならばターナーを頼れと言われる。


領主になる不安と費用に悩んでいたトラにはその励ましと金は何よりの贈り物であった。


舐められないように完全武装で家臣を従え、トラが威風堂々と領地に入ると、領民が緊張した面持ちで出迎える。


(一介の貧乏騎士の息子が領主になったぞ!

両親に見せてやりたかった)


トラは亡くなった両親に見せるように胸を張って馬に跨り、歩を進める。

その時がトラの気持ちが最も高揚した時であった。


その頃には、旧敵地では大小様々な反乱や暴動が発生していた。

新領主にとっては最初の試練であり、自らの手で収められなければ、領主の資格なしとして所領の没収や、場合によれば処罰されることもある。


領主たちは硬軟様々な手を使い、反乱を収束させようと必死であった。


まずは話し合いで相手の要求を尋ね、平和裡に折り合いをつけようとするとともに、臨戦体制で兵を動員し、強面の姿勢を見せる。


新規の増税反対など、純粋な民衆一揆であれば飴と鞭で事態は収まるが、裏に思惑があればそうはいかなかった。


トラは現地に入るとまずは政所の指示に従い、検地を行い、所領の把握に努めるとともに、きな臭い空気を感じ、かなり老朽化していた館の修復をおかなった。


ところが、しっかりした体制を整える間もなく、一揆が起こる。


トラはその首謀者と話し合おうとするが、彼らは問答無用とばかりに、旧主の復帰、他所者を追い出せを旗印に武装蜂起に踏み切る。


現地に来て思ったのは、ある程度ここで家臣を集めるべきだったということ。

領地に入る前にあちこちからの売り込みに応じて目一杯に雇ったため、下働きの職しかなく、現地人とのパイプがないことは痛手であった。


(土地勘も馴染みもない新領主とその家臣への恐れ、検地による増税の不安などはわかるが、それにしても急速な反乱だ。

裏があるな。

いずれにしてもダニエル様やオームラ殿の耳に入る前に片をつけねば、せっかくの領主の座がなくなるかもしれない)


トラが軍勢を集めながら、考えている頃、密かにヒデヨシがやって来た。


「なかなか苦戦しているな。

相手の大部分は農民。戦をすれば勝つのは明白だが、農地は荒れ、働き手はいなくなり、残る遺族からは恨みを買う。

勝っても何も得るものはないぞ」


「それはわかっていますが、向こうが降りてくれる端緒も掴めず、このまま攻めてくるのを座して見てるわけにもいきません」


「一揆を扇動しているのは旧領主とその家臣だ。それを引き離すことを考えろ」


そう言うと、ヒデヨシはフーカムという名前を囁く。


「こいつは旧領主の重臣で、一揆の中核にいるが、欲深い男だ。利を喰らわせて一揆の切り崩しをさせればいい。

旧領主と側近だけに罪を着せて民衆と切り離し、うまくこの反乱を収めてみろ。


どうしてもうまく行かなければハチスカ党を貸してやるので、大事になる前に根切りにせよ」


「かたじけない。

ヒデヨシ殿はこのような手助けを各地で行われているですか」


トラのその疑問をヒデヨシは笑い飛ばす。


「子飼いから取り立てた領主がいきなりこければダニエル様の見る目が疑われるからな。

手助けは今回限り。

以降は自力で切り抜けられねば改易だぞ」


更に声を潜めて話を続ける。


「更に奥地に大領を与えられたキムラは一揆を収めるのに失敗し、大乱となりつつある。

その背後にはオクトーバー伯爵がいて、反乱を支援しているという噂がある。


キムラは途中からダニエル様に臣従した外様故、あえて捨て駒としてオクトーバー処分の材料とする予定だ。


貴様も能力を見せねば、オームラ殿にいつ捨て駒にされるかわからんぞ」


トラは自らが権謀術数の中に放り込まれたことを知り、領主となって浮かれていた自分を戒める。


(板子一枚下は地獄か)


領主というのも下には家臣や民衆をうまく治め、上には主君の役に立つと認められねばならない。


トラはため息をつきながらも、まだ自分が庇護されていることを思い、フーカムという男へ連絡を取るように密偵を手配する。


あとは迅速に事が進んだ。


フーカムに禄と金を示すと、すぐに寝返ってきた。頭のいい男だけに一揆に与しても将来が開けるとは思っておらず、いつ寝返るかを考えていたようだ。


立ち所に一揆勢の主要メンバーの名とアジトを知らせてきた。

トラはそれを元に兵を率いて一網打尽とし、主要幹部を直ちに斬首、晒しものとする。


同時に農民には恩赦を出し、和解の祭りを催し、酒や食べ物を振る舞う。


しかし、捕らえた者のうち、旧領主の扱いには悩む。

長い期間この地を治めた領主への尊崇の思いは広く残っている。

許せば再び反乱の芽となる恐れがあるが、殺せば恨みが残る。


とりあえず牢に入れ、処分に迷う中、巡回の途中で直訴に遭う。

十数人の集団の中心は姫君と呼ばれる若い美しい女。


「ご領主様、父をお許しください」

それは旧領主の娘であった。


(美しい!)

トラは一目惚れしたが、その場では考えておくと威厳をもって頷く。


結局、旧領主は修道院に隠居させ、その息子を召し抱え懐柔することとする。

その際に旧領主の家臣の有力者を無理をして雇うこととする。

これも懐柔策の一環だ。


「ありがとうございます」

父の助命と弟の仕官の御礼に来た娘をトラはにこやかに出迎え、食事に誘う。和気藹々とした会食の中、この娘が欲しいとトラは考えた。


事態は一段落したが、それでも旧主が滅ぼされた恨みは残る。


そこで一計を講じる。

まずはフーカムを一揆鎮圧の功労者と大々的に持ち上げて、重臣に据えた。


これで、旧領主の残党達の怨みが向かう先は裏切り者のフーカムとなり、彼は意気揚々と与えられた所領に向かう時に襲撃されて落命した。


トラはフーカム暗殺後に、裏切りの容疑ありとしての彼の所領を没収し、旧臣らの鬱憤を晴らさせる。


そして一揆勢鎮圧の際に出てきた、オクトーバー伯爵の一揆支援の書簡をオームラに届けるとともに、兵を集めてオクトーバー戦への準備を行なう。


(これで及第点はもらえたか。

自分に期待されている武勇はもちろんだが、民生にも気を遣わねばならん。


領地が落ち着く前に鎮圧と更に出兵。いくら費用があっても足らぬ。

ダニエル様に紹介されたターナーに借りるか)


領主の最大の責務は軍役である。

これまでは当たり前と思っていたことも当事者となると一苦労だ。


領主の重責をだんだん感じ始めたトラは胃痛を感じた。












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ダニエルの領主となった経緯と顛末 @oka2258

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