切れ者オームラとダニエルの人心掌握
ダニエルの政権が発足した。
まずは、これまでの長い戦争の後始末と家臣達への論功行賞に注目が集まる。
全国からダニエルが戻った王都に諸侯や領主たちが殺到した。
功績があった者たちはその与えられる恩賞に胸を躍らせ、敵方に付いた者や日和見をしていた者は弁明のために走り回る。
政権の中枢に位置すると見られた者は早朝から深夜までひっきりなしに来客が訪れた。
特に恩賞方を任されたオームラの家には莫大な賄賂とともに陳情客がやってくるが、オームラはダニエルの邸宅の一角に部下とともに泊まり込み、そこで黙々と仕事を行った。
ダニエル自身は陳情を受けることを嫌い、「功あった者への恩賞は惜しむな」とオームラに伝えて、後は狩りや訓練だと称して不在か居留守を決め込む。
オームラはこれまでの戦功と今後の役割を勘案し、恩賞案を練るが、その対象となる者は多く、膨大な作業は流石に一人では追いかねた。
(誰かある程度のことを任せられる人間が必要だ。頭脳明晰で冷徹、法や規則に通じた者がいないか)
軍官僚を探し、一人の男を抜擢する。
その男、ヤマガタは戦功こそ大したことはなかったが、オームラの眼鏡に叶っただけあって法や制度、組織の動かし方を熟知した優秀な官僚であった。
「ダニエル様の方針は部下に厚く報いてくれという一言。
しかし、彼らに十分な所領を与えるにはその分を取り上げねばならず、勢い敵対勢力や日和見した者には厳しい処分をせざるを得ない。
ダニエル様の欠点は情に脆く、人からよく思われたいということだ。
それでは恩賞の配分などできない。
我々恩賞方が悪役となって恨みを買うしかあるまい」
オームラの言葉にヤマガタも頷く。
彼らの多大な苦労の末に恩賞と処分の下案が作られた。
彼らはダニエルにのみそれを見せるが、主要な部下への報奨を見た彼は、それを承諾したが、一言付け加えた。
「オームラ、お前の名前が載っていない。
ヒデヨシ並みの報奨とするがよい」
「いや、それはなりません」
オームラは強くそれを拒み、押し問答の末、結局僅かな所領が与えられることになった。
ダニエルの下から退いた後、オームラはヤマガタに言う。
「権力を持つ者はただでさえ妬みを買っている。
それに加えて自身が多大な所領を持てば、必ず身を滅ぼす。
貴様も良く覚えていることだ」
さて、オームラ達の案では、旧敵地である北部や東部はとりわけ領主の取り潰しが多くなった。
ここで領地を奪わねば与えるものが不足する。
敵対していなくとも積極的に味方となった者以外は所領没収を基本とする。
(これは反乱が起こるかもしれないな)
ヤマガタはそう懸念するが、オームラは何か考えがあるのか、それを言っても、気にするなと受け流す。
元々オームラはこの機に国を一新するつもりであり、ダニエルの指示を利用して敵方への厳罰という方針のもと、各地の旧勢力を一掃することを考えていた。
結果として反乱が起きればそれもまた良しと捉えている。
寛大な男というダニエルの評判に惹かれて降伏した領主は愕然とするが、挙兵しようにも歴戦のダニエル軍の前にすると彼我の戦力差は明らか。
涙を飲んで野に下るしかなかったが、騙されたらという思いは胸に残る。
愕然としたのは敵方に味方した者だけではない。
ダニエルが優勢に転じた後に加勢したエイプリル家は加増か悪くても本領安堵と見ていたところ、領地を削減の上、東部への国替を命じられて、大混乱となった。
「我らはお味方に加わっていたはず。
これは理不尽だ!」
当主のヨシタツはそう叫ぶが、謀臣ハンベーはあり得ることですと悟ったように言う。
「我らはダニエル殿が最も窮地の時に様子見をしていました。そのような者を信じますか?」
「それはそうだが、その後にはダニエル殿に加勢し、各地を転戦したぞ。決して敵方に与したわけではない」
「困った時に頼りにならない味方などいつ寝返るかもわかりません
現に我らに与えられた戦さ場はどれも激戦とは程遠いところ。
ダニエル殿達が我らをどう見ているかわかりますな」
ヨシタツとハンベーの問答に伯爵夫人のトモエが口を挟む。
「オームラという男は厳格と聞く。
旧主のノーマ様にとりなしてもらうように働きかけてみよう」
「よろしく頼む」
旧主にして情の厚いノーマに、贈り物を添えて頼んでみることとしたが、十日ばかりして来た使者は贈り物を突き返し、返書を渡すと即座に引き返した。
「ダメじゃ!
ノーマ様はどの面下げて頼って来ていると怒られている。
確かにダニエル様が窮地にある時、何度もノーマ様から援軍の依頼が来ていたが、色良い返事だけ送って兵は出さなかったからの。
返事だけで良ければ、色良いことを言うてやろうと皮肉まで言われている」
トモエは涙目になってヨシタツに話す。
「兵を挙げようにも周囲はダニエル軍が見張っている。
やむを得ない。
ここは隠忍自重するしかないだろう」
ヨシタツの言葉にハンベーは酷い咳をしながら答える。以前からの労咳が進み、起きているのも辛そうだ。
「ゴホッ
まだこのままで終わることはありますまい。
ダニエル殿はともかく、オームラは危険な芽を全て取り除く気であり、まだ戦はあります。
次の戦乱への対応をうまく行えば旧領復帰も望めます。
その際、ダニエル殿に付くのか、叛くのか、状況を見極めよくお考えください。
一つ言えるのはダニエル殿は戦については恐ろしく強く、かつ天運もつけていること。
次に誤れば滅亡しかありません。
おそらく私はその時にはこの世にありませぬ。これを遺言としておきましょう」
「ハンベー、お前がいなくては闇夜に灯りを無くすようなもの。
そんなことを言わずにまだまだ生きてくれ!」
手を握って頼むヨシタツをハンベーは静かに笑って受け止めた。
エイプリル家だけではなく、ダニエルの危機に傍観を決め込んでいた領主は厳しく処分される。
その一方、よく働いた者には驚くほどの所領や褒美が与えられた。
オカダを当主とするメイ家には東部へ国替され、そこで今までの三倍の所領を与えられる。
「これはオクトーバーへの監視役だな。この加増で武辺者を多く雇い、次の戦に備えるか」
ダニエルに言い渡された時にオカダは不敵な笑みを見せる。
ネルソンには北部に大領を与えられた。
北部の大部分は騎士団領だが、その喉元を圧する要地である。
「オームラ、この国の誰もが怖れる騎士団と余所者の俺の軍を対峙させるとは考えたな。
お前の思惑通りに火をつけてやるが、そのタイミングは任せるぞ、
当分は新領地の整備と騎士団への嫌がらせをやっておくか」
ネルソンの言葉にオームラはニヤリと笑うだけだった。
カケフやバース、ヒデヨシ、ガモーなどのダニエル麾下の将軍クラスは軒並み諸侯として大きな領地を与えられる。
同時に、ダニエルの危機の時に決定的な寝返りをしたドーヨやマツナガが大幅な加増を受けるなど外様でも機敏な動きをした領主は取り立てられた。
一度は敵方に回ったクスノキやサナダもその後の働きが目覚ましく、本領安堵が認められた。
一方で、大きな武功を立てた者でも行政能力や軍の管理能力に欠け、それを補う者もいないと見なされれば所領は与えられずに、幕府からの給与支給で槍働きとなった。
騎士たる者、誰しも一国一城の主を願うが、オームラは容赦なく、領主としての資格なしとすれば給与組とした。
ダニエルに直訴する者も多かったが、ダニエルも彼らの能力を理解して無理に領主とはせずに、馬や剣などを与えて、慰撫するに止まる。
恩賞が固まり、その授与を行うに当たっては新政権のお披露目も兼ねて大々的な行事とすることとなった。
対象となる者が一堂に集められ、ダニエル直々に褒賞を与えられる。
武具や金はその場で渡し、所領については、大量の署名の面倒を嫌ったダニエルに代わり、武者所別当のオームラと政所別当のアランの名前を署名した安堵状が渡される。
ダニエルは一人一人を呼び出して、その功績を讃え、褒賞を渡す。
「かの戦場では敵に一番槍を入れたな。お前の猛攻が勝利を呼び寄せたのを覚えているぞ」
「あの敵軍に囲まれた時にお前が助けに来なければオレはここに居られなかった。あの奮闘ぶりは古今無双のものだ」
ダニエルは多くの家臣の武功、そして自らの感想や賞賛を詳細に述べる。
家臣が立ち並ぶ中で褒められた騎士は感涙にむせび、主君の為であれば命は惜しまないと誓う。
(考え抜いた褒美よりもダニエル様の一言の方が嬉しいとは、私にはわからぬものだ)
オームラは自嘲しながらその光景を見る。
オカダの番になる。
ダニエルもこの長年の友に今更感謝の言葉もなく、肩を叩いて、「これからも頼りにしている」と短く述べる。
「任せておけ!」
と笑うオカダだが、安堵状を見て激怒した。
「はぁ!
なんでダニエルのサインじゃないんだ!
他はともかく、俺にはダニエルがサインをしてくれ!」
「面倒臭え。
オームラとアランのサインでも効力に変わりはない。
それでいいだろう」
オカダの要望にダニエルはにべもなく断る。
「オレの分だけなら一枚だ。
それくらいいいだろう」
ごねる友にダニエルは折れた。
「わかった。
その安堵状を寄越せ」
そして大将軍ダニエル・ジューンとサインする。
それを見た一同はいきり立った。
「俺もダニエルのサインにしてくれ」
「私もお願いします」
カケフとバースが当然の権利とばかりにすぐに立ち上がる。
一瞬断ろうとしたダニエルだが、彼らの鬼気迫る表情に頷かざるを得ない。
「では俺もその権利があるな」
「私もよろしいでしょうか」
次にネルソンとヒデヨシがやって来た。
そこまではサインしたダニエルだが、その後にガモー、ホリなどの家臣が待ち構えているのを見て、逃げ出すかと考える。
そこへオカダが一喝した。
「ダニエルのサインが欲しければ俺たち並みの殊勲を挙げろ!
貴様らにはオームラのサインで十分だ。
頭に乗るな!」
それでようやく場は収まった。
ダニエルの直筆のサインをもらうのが、一流の将の証となる。
(名誉の証と言うのは色々あるものだ。
あれはダニエル様の人望あってのものだろうな)
その場を見るヤマガタは無形の価値とダニエルのカリスマを学ぶ。
セレモニーが終わり、部下が去った後、ダニエルはオームラを部屋に呼んだ。
「オームラ、よくやってくれた。
所領はいらないというので、せめてもの褒美だ」
一流の刀や鎧、多額の金銭、美術品、珍しい兵法書。
それに加えて、ダニエルのサインを入れた安堵状と感状をオームラに手渡した。
「オレは目先のことで戦うしか能が無い。
深く先を見るお前には大変助けられている。
お前のことは天が与えてくれた宝物と思っているぞ」
ダニエルの心からの謝意を込めた言葉に、知らず知らずにオームラの目から涙が落ちる。
これまで異相を気持ち悪がられ、誰にも認められなかった己の才をこの男だけは認めてくれ、最大限に評価されている。
その時オームラはダニエルに心酔する騎士の気持ちがわかった。
悲喜交々の諸侯や領主を尻目に、世の中が落ち着いたと見た寺社や宮廷貴族も既得権益の回復に向けて動き出す。
戦乱の中、各地の領主に押領されてきた領地について、寺社や宮廷貴族は幕府の政所に侵略された領地を返すように訴えた。
「法理に基づき返還すべきかと思います」
法制官僚や文官を束ねる政所別当のアランから要請を受けるが、オームラは一蹴する。
「今は実力の世です。
自らの領地を守れない者に返して、また侵略されれば我々が守ってやるのですか?
実力なくして所領の安堵など夢物語です」
「それは戦乱の世の理屈だ!
これからの平和の治世に必要なものは法と正当性。
我々の政権は先頭を切ってその範を示さねばなりません」
アランも譲らない。
彼はこれからの政権は武ではなく文が担わねばならないと信じている。
彼らの主張は平行線となり、ダニエルに持ち込まれる。
ダニエルは双方の意見を聞くと、即断した。
「アランの言うことは理があるが、幕府は御家人のことしか所掌していない。
宮廷貴族や坊主どもは王政府に訴えればいいだろう」
「それでは実効性がないから、幕府に訴えているのです」
「オレは全ての民を治る王になったわけではない。幕府は自分の配下や味方を助けるためのものだ。
ならばこの話は法に基づき公平に裁くものでもあるまい。
政所からは外し、ターナーに担当させて、人を見て領地を戻してやるなり、中分や請負にするなりにさせろ。
奴ならば利に基づいて事をうまく納め、いいようにするだろう」
アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。
政所といえば政治案件を統括する部署であり、彼は王政府、各地の諸侯・領主、教会、更に諸外国との外交も抱え、多忙を極めていた。
しかし、軍権を握る武者所のオームラは政治を強く制約し、アランの思う政治はなかなか実行できない。
更に、ダニエルの指示で財政や公共事業はターナーに任されており、アランは裁判と交渉ごとが主な仕事となっていた。
(これでは体のいい使い走り。
面倒なことの矢面にだけ立たされる)
アランは忿懣を貯める。
オームラもアランへの警戒を強めていた。
「レイチェル妃の弟にして、政所のトップ。
宮廷貴族の出身で文官や中堅貴族の人望厚く、王政府とも繋がりがある。
更に妻に実家のアレンビー家を乗っ取らせ、実質的に諸侯ですらある。
今ダニエル様が亡くなられれば、その子を傀儡としてアランに政権を奪われることとなる。
こんな明確なナンバーツーは潰さねばならん」
オームラの警戒する言葉にヤマガタは反論する。
「しかし、アラン殿は温厚で政権内の調整役。
簒奪など考えてはいないと思います」
「人の心などわからぬ。
そういうポジションにあることにより人が寄ってきて、本人の意思と関係なく、担がれて行動に移すことになる。
ダニエル様が良い例だ。
一介の諸侯になった時の彼を見て、誰が今の姿を予想する。
だから芽のうちに抜いておくのだ」
オームラは今回の戦争に目立った功績のなかったアレンビー家の所領大幅な削減と遠方への国替を策謀したが、アランとレイチェルの抵抗により、多少の所領削減に止まっている。
次善の策として、アランの権限を削るためにダニエルと話をする際に、アランの業務過多と多忙を理由に、財政などをターナーを任せることを勧めた。
その結果、政所の権限は削られ、行政権限はアランとターナーに二分されることとなった。
オームラとアランの対立は次第に広まり、恩賞に不満を持つ者はアランのところに集まり始める。
オームラは負け犬の遠吠えと気にも止めずに、目を外に向け次の策を打つ。
それは新領を拝受した諸侯達への監視である。
旧領を取り上げられた領主、新たな統治者による目新しい統治への民衆の不満、そういう素地があれば容易いことで反乱や暴動は起こる。
まずは東部の旧オクトーバー領で火の手が上がる。
北部でもセプテンバー家の遺臣が立ち上がり、反乱を起こした。
「これでうまく収められなければ諸侯になる資格はない。よく見極めさせてもらおう」
オームラは鎮圧軍を準備させる一方で、各地の様子を探らせる。
どの領主も反乱の発生など恥であり、我が手で収めようと懸命である。
オームラにいわせれば諸侯領主になる為の試験。
それをどれほどの者がクリアできるのかを彼は注視していた。
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