国のかたち(政権のあり方)
「領地に限りがあることはわかるが、オレのために苦労した皆には何か喜ぶものをやりたいものだ」
ダニエルの言葉にノーマが答える。
「騎士達は領地もありがたいが、それよりもダニエルさぁに認められていることが嬉しいと思うが。
名誉を与えてやればどうじゃ」
「そうですね。
そういうことならば騎士団にも与えられていますが、王政府の位階や官職を与えることも一案だと思います」
アランが具体的な案を出した。
(それは如何なものか。
位階官職は王や貴族が発給するもの。
奴等は官職を餌に離反を図ることは間違いない)
オームラは内心考える。
「そう言えば、戦が終わってしばらくした後ワシのところに王政府の使者がやって来て、何やら官職を与えるとか言うてきました。
ワシは褒美はダニエル様から貰うからいらんと断りましたが、あちこちの家臣達に手を伸ばしているようでした」
ヒデヨシの言葉を聞き、ダニエルが憤然と言う。
「それは聞いている。王政府から恩を与えてオレと部下とを離間させる腹だろう。
オームラ、オレに断りなく王政府のエサに応じた者を洗い出しておけ。
位階官職はオレを通じて与えることを徹底しろ。
また、位階などと別にオレが好きに与えられるものも与えてやりたい。
オレの股肱の家臣だと分かるような称号がないか」
ダニエルの言葉にカケフも応じる。
「俺たちとずっと苦労を共にしてきた奴らと勝ち馬に乗ろうと寄ってきた奴らは区別した方がいいな」
「ダニエル様の配下の諸侯騎士には御家人という名称を与えればいかがですか。
その中を区分し、多数にのぼる配下に秩序を与えましょう。
古くから付いてきたものは譜代として優遇し、最近従属した者は外様ということで差別化します。
さすれば、我こそはダニエルさまの御家人なり、譜代なりと誇りを持ち、忠誠心を高めるでしょう」
オームラの提案にダニエルは膝を打つ。
「それはいい!
領地の給付と合わせて、御家人に任ずるという書付、さらに功績に応じて馬や刀、金などを渡して、奴らを喜ばせてやろう。
そうすれば領地についての不満を忘れるかもしれない」
ダニエルのことばにレイチェルが付け加える。
「限りある領地をどう与えても全員が満足することなんかありっこないわ。
あいつがこんなに貰うなら俺だってと欲を膨らませるだけ。
領地には限りがあるけれど、名誉の与え方には限りはないから、譜代諸侯ならばこの服装とか、旗を持っていいなど外聞に関わるような区別をすればどうかしら?
褒美も金銭、武具や馬だけでなく、陶器や絵画などの文化財の価値を上げて、それを与えてもいいわね」
「ならば、名の知れた文化人に宣伝させて、名器や名画などとありがたせる価値をつけねばなりませんな。
うまくいけばこの茶器は一城の価値があるなどということになるかもかしれません。
数寄者で知られるリオの商人のリキュウなど宣伝に使えそうです」
カネになりそうかと思ったのかヒデヨシが口を出す。
「わかった。論功行賞についてはそれでいこう。
あとは我々の政権のあり方、特に王宮や王政府との関係だけだ」
ダニエルは次の議論を促すとオームラが口火を切った。
「アラン様からは王政府を換骨奪胎して使えば良いとのお話でしたが、私は反対です。
新しい酒には新しい皮袋と申します。
アース幕府を更に拡充し、王政府を形だけのものとしてしまえばよろしい」
オームラの言にレイチェルは反駁する。
王都の官僚出身の彼女達は王政府こそがこの国の唯一の正統政府というこだわりがある。
「王や王政府を放置すれば、こちらに謀反するか野心家に利用されることは明らか。
むしろ、王都を本拠とし、王家などを神輿とし、実質を乗っ取れば彼らの権威も利用できる。
一から作り上げるよりも既存の秩序を使うのが効率的ではないかしら」
「何をつまらないことを議論される。
役に立たない、邪魔とあれば王を廃し、ダニエル様が王となれば良いだけではないですか。
そして王政府の貴族など殺すか追放すれば綺麗になりましょう。
そうすれば場所などどこでも都合の良いところにすれば良いだけです」
これまで黙っていたターナーが口を開いた。
貧しい農民生まれのこの男には王の尊厳や伝統などはその辺りの石くれと同じ価値しかない。
そのラディカルな意見にはヒデヨシを除き、多かれ少なかれ驚いた。
支配階級に生まれた者は王への忠誠を叩き込まれる。個人としての王には不満でも代わりの王を立てるという発想となり、王朝を倒そうとは思わない。
(なるほど。王朝への恩義など念頭にない彼らには現王家など使い古したボロ雑巾のように思えるわけだ。
しかし、今のダニエル様を担いでいる者の大部分は王家への尊崇の念をまだまだ持っている。
また、王家の守護の為に創立された騎士団も健在で、どう動くかわからない。
王家の廃立は時期尚早よ)
オームラはそう分析し、ダニエルの顔を見る。
いつも穏やかなその顔は険しくなっていた。
「ターナー、オレは王家を打倒する考えはない。現在の王朝は長く君臨し、王家を崇める気持ちは多くの民に残っている。
現在の王は君主の道を逸脱したため、我らは自衛のために立ち上がったが、国家を乗っ取る為ではない。
少なくともオレの目の黒いうちは王家の廃立は議論するな」
ダニエルが硬い口調で語ると、ターナーは出過ぎたことを申しましたと引き下がった。
カケフやアランのほっとした顔、レイチェルやノーマの微妙な表情をオームラは見逃さない。
(子々孫々王家を守れではなく、王家に取り立てられたという借りがあるオレが死ねば好きにしろということか。
うまく行けばダニエル様が実権を乗っ取り、次代で王の簒奪ということになるかもしれん)
王家乗っ取りと見られるなというダニエルの意を受けると、王都からは距離を置くということになる。
議論はアースに本拠を置き、王政府から実権を奪うということに収斂した。
しかし、王都や王政府の権威は大きい。
当面は二重行政とし、ダニエルやアランは王都とアースを往復することとなる。
同時にオームラとヒデヨシに王政府の監視を命じる。
「貴族には権力への未練を捨てさせ、文化や儀礼、恋愛ごっこにうつつを抜かせておかせるのがいいわ。
文の上手い女に、女を渡り歩くだけで栄耀栄華を極める貴公子のお話でも書かせましょうか。
政治や民への思いもなく、自分の栄達と見目好い相手だけが生きがいの貴族子女には、ゲンジ物語なんて名前にすると受けそうじゃない」
レイチェルがそう言って笑う。
女はいい男に嫁に行って子を産むのが仕事と言われていた時に、政治経済を学び、自分の経綸を実現しようと努めていた彼女には家柄だけで無能でも高い地位につくのを当たり前と考えている大貴族への激しい反発の気持ちがある。
また、多数の女を我が物として漁色に耽る男も潔癖な彼女の毛嫌いするところである。
「我がヘブラリー家は質実剛健の家風。うちにはそげん軟弱な話は持ち込みやんな」
ノーマが迷惑そうに言ったが、この国で最も野蛮と言われるヘブラリー騎士と恋愛物語が結びつかず、一同は大笑いする。
「ヘブラリー家の連中には、ゲンジ物語よりも、まずは犬を食うエノコロメシや死刑囚の肝を取るヒエモントリを止めるところから始めればどうだ。
オレはヘブラリー騎士の武勇は大いに認めるが、天下が収まれば少しは文化にも目を向けてもよかろう」
ダニエルも笑いながら口を挟む。
「我が家ん騎士を馬鹿にすっとな!
死を恐れんチェストん精神を保つためには先達と同様ん鍛錬が必要じゃ」
愛する郷里を馬鹿にされたと思ったか、ノーマが真っ赤になって怒り始める。
「わかった、わかった。
馬鹿にしたつもりはなかったが、すまなかった。
あとは酒でも飲みながら話をしよう。
みな、もう話は終わったか。
幕府の体制は今まで通り、アランに政所を、オームラに武者所を任せる。
各々、仕事に励み、オレに面倒ごとを持ってこないようにな」
話もだいたい終わったと思ったダニエルが憤然とするノーマの肩を抱いて奥に退く。
ダニエルは、さっきの話を聞いていて、ウィリアムやヴィクトリアがどんな教育を受けているのか不安になってきた。
ノーマに聞いてみなければと思う。
アランは初めて聞くヘブラリーの慣習に唖然としていた。
(娯楽として犬を食うとか罪人の肝を取るなどおよそ人として行うべき事ではあるまい。
天下を収めるためには、こういう風習も無くし、人心を改めていくことも必要だ。
犬など生類の保護もいずれは行わなければならない)
そんなことを考えるアランに姉が話しかける。
「あの人、うまく逃げたわね。
この後になんとか世継ぎの話の言質をとっておきたかったのに。
そもそもあんな野蛮な慣習を持つヘブラリー衆が中央でのさばればどうなることか。
みんな、犬を食わされたり、チェストと叫んで棒振りをやらされるわよ」
ダニエルがいなくなった後、レイチェルがアランにこぼす。
戦が収まった今、世継ぎを定めるべきだと主張するレイチェルに対して、ダニエルは言を左右にして逃げていた。
レイチェルの子の長子チャールズとノーマの子次男のウィリアム。
その二人のいずれを選ぶのか、戦も終わり、これからのことに目が行くと、ダニエルの周囲の目端が利く者は次の当主への関心を高めていた。
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