これからの国のかたち(論功行賞)

このエーリス王国をどうしていくのか。

好むと好まざるとダニエルの双肩にその重荷が託されていることは誰の目にも明らかだった。


王都に戻り凱旋すると、すべてのことが降りかかってくる。


ダニエルは一通りのセレモニーを終えて、一人で考えたいと自室に閉じこもる。


まずは、家臣や味方した諸侯への論功行賞だ。

このしばらくの戦争続きでまとまった恩賞を与える暇もなく、感状や臨時の恩賞でお茶を濁していたが、もうそういうわけにはいかない。


論功行賞は、実利だけでなく、自分が主君にどれほど認められているかというプライドに関わる。

いや、そちらの方が心情的には重い。


己の奮戦をどこまで主人は認めてくれているのか、まさか口だけの某朋輩より下にはしていないだらうななど、腹の中で己への評価を感じ取ろうと誰もが考えている。


恩賞に失敗して主君に謀反を起こすというのはよく聞かれることだ。


王都に戻ってからダニエルを見る武官たちの目が血走っているように見える。


次に政権構想が問題だ。

ダニエルも今更権力を王や大貴族に返上して、所領に帰るなどという訳にいかないことはわかっている。


(やはりオレが政治をやらなければならないのか・・)

そんなことは考えたこともなかったのだが。


政治を行うのであれば、内容以前に形式的にも王位を奪うのか、宰相として実権を握るのか、別の官職を用いるのかという問題が出てくる。


政治を行う場所はどうするのか。

王都に留まるのか、アースに戻るか、別の場所に作るのか。


それに加え、どんな統治方針で臨むのか、誰を手足として使うのか。


こちらは文官どもがいよいよ我らの出番と、腕まくりして待っているようだ。

様々な献策書がところ狭しとダニエルの部屋に積まれている。


「面倒だな。

また戦場に行くか!」


献策書を押し退けて、先ほど届いたヒデヨシからの各地の情勢報告書を読むと、隣国トーラスのレスリー軍と騎士団との睨み合いは緊張を緩めつつも続いているという。


また、西部領と接するジェミニ国との戦いは教団も絡んでお互いに領域を侵犯し合い、断続的に行われている。


このどちらかに軍を率いて行けば、この面倒な政務から逃げられる!


ダニエルは目を輝かして、参謀長オームラを呼び、己の出陣の準備を命ずる。


「その必要はありません」

オームラは冷然と述べた。


「北部戦線は引き続き騎士団に押さえさせればよく、西部戦線は局地戦であり、せいぜいどなたか武将を派遣すればすみます。


ダニエル様はここでダニエル様しかできない急務の仕事を行うべきでしょう」


そう言うとダニエルに物を言う間も与えずにオームラは出て行った。


「くそっ!

もう飲みに行く!

クリス、エールワイフに行くぞ。

イングリッドやエマに会いたい」


ダニエルが立ち上がって、背後のクリスの方を向きながらドアを開けると誰かが立っていた。

クリスは苦笑いしてダニエルが開けたドアを見て一礼する。


「あらあら、帰ってきて自室におられるので、いよいよ真面目に政治へ取り組まれるのかと思いきや、早々にお出かけですか。

しかし、愛人に会いに行く前に古女房に少しお付き合いくだされませんか」


長年聞き慣れたこの声は振り返るまでもなく、レイチェルのもの。

しかも激怒している。


「待て!

少し息抜きをしてから、お前と政務の相談をしようと考えていたのだ!」


「言い訳はいりません。

息抜きしている余裕などある訳はありません。

新政権の発足に皆が期待と恐れを抱いている今こそ、電光石火で実行すべき時ということがわかりませんか!」


滔々と語るレイチェルの背後にはアランがいて、腕に一杯の文書を持っている。


ダニエルが外征の間に姉弟で作り上げた政権構想だろう。


ジューン領を経営している時ならばレイチェルとは一心同体であり、そのまま任せてもよかった。


しかし今や国の運命を抱え、ダニエルの肩には様々な利害を持つ人々が乗っている。


そしてレイチェルもその背後にまた別の人々の利害を負っている。


(もうお前だけの言葉を聞くわけにはいかないのだ)


一抹の寂しさを感じながら、ダニエルは覚悟を固めて言う。


「わかった。

今後の国政を議論しよう。

しかし、他に呼ぶ者がある。

それを待て」


そしてクリスに使いに行くように命じるが、レイチェルはそれを止めようとする。


「あなたと共にここまで我が家を発展させてきたのは私です。

そして私には実現させたいプランがあります。

余人を交えずに、私とアランだけを相手にする聞いていただけないの?」


レイチェルはいよいよ自身の経綸を実現すべき時と意気込んでいた。

自分の利害だけしか考えない有象無象の意見を聞く必要などないと強くて迫るが、ダニエルは応じずに、クリスを目で促す。


「姉さん、このことは義兄さんだけでなく、みんなに納得してもらう必要がある。

まずは義兄さんの選んだ人々を入れて話をしよう」


アランが宥めて、レイチェルが渋々収まる頃、揃いましたとクリスが報告に来た。


円卓の置かれた会議室に座っていたのは、ノーマ、オームラ、カケフ、ヒデヨシ、ターナーである。


「集まってもらったのは他でもない。

恩賞についてと今後の政権について、意見を聞きたい」


ダニエルが冒頭に口火を切る。


考えられたらメンバーだとオームラは思う。


レイチェル→旧ジャニアリー家や南部閥

ノーマ→ヘブラリー家と西部閥

アラン→王政府文官や中下級貴族

カケフ→武官

ヒデヨシ→新興、成り上がりの家臣や領民

ターナー→新興商工業者


まさにダニエルを支持している中核層。彼らの支持なくしてダニエルの政権は成り立たない。


では自分は?

オームラは自問する。一匹狼の彼は誰の利害も背負っていない。


(だからこそ全体を見て、理性による判断を求められているということか)


わずかな時間にとっさに呼んだメンバーの見事のバランスにダニエルという男の勘のよさが現れている。


(中身は我々が詰めていけば良い。こういうバランスを取れるところがダニエル様が皆に担がれる所以だろう)


オームラはそんなことを思いながら、各人の発言を聞き始めた。


ダニエルの隣には座るレイチェルが何か言いたそうだが、さすがにこういう場で夫人が滔々と説明するのは場違いだ。


ダニエルは気にしないが、そもそも政治に女性が口を出すのは嫌われるのがこの国の一般である。


アランが姉の意を受け、話を始める。


「戦乱が終われば、武官の活躍の場はなくなります。

恩賞はこれまでの報奨もさることながら今後の政治の安定に役立つように与えるべきでしょう。

つまり、豊かな領地や交通の要所は直轄領か信頼のおける政治が分かる者に与え、信頼できない者、武力しか能がない者は冷遇し、場合によっては何かの瑕疵を見つけて領地を取り上げる。


そして軍を中央に集めて文官による統制下に置き、中央集権国家を作ります。

もちろんすぐにはできませんが、時間をかけてもこの方向に進む事が必要です。


当面の行動として、今は臨時的に幕府という軍政を引いていますが、正規の政治に戻すため、これをやめて王政府を掌握します。

まだまだ王朝の権威は大きく、これを活用すべきです。

ダニエル様には宰相兼大将軍として全権を握っていただき、その下に我々が主要な役職に就きましょう」


(随分と思いきった提言だ。

これまで功績を立てた武官は僻地に追いやり、文官が国政を取り仕切ると言い切るとは。

狡兎死して走狗煮らるを地で行くか。

カケフ殿は額に青筋が立っておる。

まさかダニエル様は取り上げまい) 


オームラは冷静な表情と裏腹に大胆な提言に驚く。


「戦が収まったとは、アラン、気が早すぎる。

まだ国内諸侯の多くは様子見、諸外国は虎視眈々とわが国を見ている。

歴戦の将兵はオレの宝だ。

オレが生きている間は彼らと共にいる」


ダニエルがそう言い切ると、レイチェルは唇を噛み締めるが、カケフやヒデヨシは安心した顔となる。


そこからは各自が発言し、徐々に方向が定まる。


まずは恩賞と諸侯の領地の配置。

南部と西部はダニエルの本領にして策源地。

ここには直轄地と子飼いの家臣を充てる。


南部の大領を有するメイ伯爵家は、現在オカダが当主だが、東部に移封し、オクトーバー伯の監視役とする。


同様に西部の大物諸侯、エイプリル伯も北東部に移動である。

エイプリル家はダニエルの苦戦の時に怪しい動きを見せて、ダニエル達首脳部から不信を買った。

今回の移封を拒絶すればエイプリル家を取り潰すつもりである。


順次、封土が定まる中、オームラは一つの提案をする。

騎士団を北部のセプテンバー旧領に封じることである。


「トーラス国の軍神レスリー卿と渡り合うには勇将強兵が必要。

まさに騎士団こそが適任かと」


一理あるとダニエルは考える。

それに騎士団は所領が少なく、王政府から予算を取ってくるのに団長が苦労していることを知っていた。


「騎士団には世話になった。

大領を与えて、今後は武勇を磨きながら隣国に備えてもらおう」


「それは良い。

我らも騎士団出身としてご恩返しができる」


ダニエルの言葉にカケフも賛同する。


ヒデヨシはチラリと物言いたげにオームラを見る。

(私の意図を悟ったか)


オームラの考えは、現在の王国で最大の軍閥である騎士団を遠方に閉じ込めること。


北部に封じて、代わりに要所に散在する騎士団領や騎士団が預かっている王家直轄領を没収する。


騎士団はこれまで外敵からの守護神として国内で威を誇っていたが、もはや一諸侯と同格とし、王家との繋がりも断つ。


オームラの提案は一見騎士団を優遇するように見えて、実質は国政から排除するものであった。


拒否しようにも今の騎士団は臨戦状態で国境に布陣しており、ダニエル軍からの補給無くしては3日と持たない。


(頭の切れる輩は見抜くであろうが、大多数の騎士には加増しか見えず歓迎するはず。

そこに補給のことを考えれば抵抗の術はあるまい)


ダニエルが純粋に騎士団の為に喜んでいるのか、裏まで見抜いているかはオームラにも読めない。


(抜けているようで鋭く、またその逆もある方だからな。

まあ、認めていただければそれで良い)


その後、オームラの提案が入れられて、指揮官クラスについては諸侯に取り立て、カケフには王都近くで、バースは西部の国境付近に、ネルソンには東北部近辺に所領を与えられる。


ヒデヨシは諜報活動に役立つように各地に散在する所領が与えられることとなった。


この結果はこのメンバーの了解を得られた。


レイチェルは南部からメイ伯爵家を追い出し、ノーマは長年のライバルであるエイプリル家を西部から叩き出すことができた。


カケフは自らを豊かな王都近くを所有することができ、盟友のオカダやバースも大領主となった。


ヒデヨシは各地の所領をネットワークで繋ぎ、商活動で利益を上げるつもりである。


ネルソンは明らかに騎士団へのお目付け役であるが、あのリスクジャンキーは嬉々として火遊びをするだろう。


ダニエルの直轄領が多く設けられた事で、アランはホッとした。

直轄領が少なくては文官や下級貴族への給与も出なくなる。


「オレがここまで来れたのも全ては皆の働き。それに報いてやらねばならん」


そう言ってダニエルは気前よく報奨を部下へ与えたがったが、レイチェル、ノーマ、アラン、オームラの全員が反対し、断念させたのだ。


「クリス、お前はどこに領土が欲しい?」

最後にダニエルは自らの分身のような男に尋ねる。


「自分はダニエル様の側で仕えるだけです。

ただ、妻と子供のために食っていけるほどの領地を頂ければ」


ダニエルはクリスの妻イザベラの顔を思い浮かべる。

野心家の彼女が夫の尻を叩いていることを知っている。

彼女なら所領が少ないと思えば、怒鳴り込んでくるかもしれない。


考えたダニエルは、クリスには最側近らしく、自らの本拠、アースの近郊に諸侯として恥ずかしくない領地を与えることとした。



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