オクトーバー処分

オクトーバーの領都目指して進軍するダニエル軍の前に、白衣の巡礼姿の男達が現れる。

その中心には一人だけ黒い、罪人の服装の男がいた。


「貴様達、邪魔だ。

巡礼ならばもう少し待て。

今にここらはオクトーバー兵の死体でいっぱいになるからな。

それを弔ってから聖地なりに行くのがお勧めだ」


先鋒のガモー隊の小隊長がカラカラと笑って言うのを取り合わずに、白衣の集団の先頭の男が話しかける。


「我らはオクトーバー伯爵の使者。

ダニエル様にお会いしたい」


「おお、降伏か?白旗では間に合わないと白い服装にしたのか。

領界の城は小勢でも勇敢に戦ったのに、本軍は一戦もせずに降伏とは情けない。戦死した奴らはヴァルハラで泣いているぞ。


まあ、聞いてくるからここで大人しくしていろ」


馬鹿にしつつ、そう言って去って行く小隊長を見ながら、白衣の集団は咎人の服装を着た男に心配げに話しかける。


「伯爵様、我らにダニエルに会い、和平を結べるでしょうか?」


「俺に任せろ。

もしダメならダニエルにせめて一太刀浴びせてから揃ってヴァルハラに行くぞ」


オクトーバー伯爵は罪人の服装に似つかわしくなく悠然と座っており、その姿は家臣を安心させた。


「おい、会われるそうだ。

この男に付いていけ」


しばらくして戻ってきた小隊長からそう聞かされて、一同は奥に向かう。


武装解除の上、面会は使者とその付き添いのみとされ、それ以外の者は待たされる。

伯爵と近習の二人が通されたところには額の張り出し、ギョロリとした目の異相の男がいた。


「ダニエル様は何処に?」

近習の問いかけに男は答えずに、オクトーバー伯を見て、ニヤリと笑う。


「伯ご本人が来られて、しかも罪人の衣装とは考えましたな。

そのご覚悟は、人情に厚いダニエル様は気に入りそうです」


「そうか。

その異様な顔は最近よく名を聞くオームラだな。

その智謀、泉の如し。帷幕にあって千里の外を見通すと聞くぞ」


オクトーバー伯は悪びれることなく、そう話す。


「お褒めに預かり、恐縮至極。

しかし、伯爵様にはこれ以上ご存命いただくとダニエル様には不都合なので、ここはわたしの独断で消えていただこうと思います。


幸いその格好ならば、どこかの囚人が戦の混乱で逃亡しようとしたと言えそうです」


オームラは周囲の兵に目配せをする。

しかし密謀のためか、その数は5名と少ない。


「貴様、伯爵様の武芸の腕は達人並。そして近習の私も腕に覚えがある。

雑兵が数名ばかりで打ち取れると思ってか!」


興奮して真っ赤な近習を気の毒そうに見ながら、オームラは言い放った。


「我らで打ち取れねば周りの兵が出てくるまで。ここで私が討たれれば曲者として問答無用で伯も殺されましょう。

釣り合いませぬが、この私オームラがヴァルハラにお供いたしましょう」


我が身を顧みないオームラの発言に、近習は、貴様正気かと呟いた。


「ハッハッハ。

面白い男だ。

俺はダニエルに劣ると思ったことはないが、歴史ある我が家ではしがらみもあり、ダニエルほどの大胆な人材の登用ができないのが残念だ。

しかし、すまんが俺はまだここで死ねん」


ここで伯爵は斬りつけてきた兵を蹴りつけて倒し、近習に向かい

「手筈通りにやれ」と怒鳴った。


「かしこまりました」


近習はゆったりとした巡礼服の下から腹に巻いていた袋を取り出す。

そして火打石を叩くとそこで着いた火を導火線に付け、投げつけた。


そのすぐ後に袋の中の火薬が誘爆、大きな爆発音が響き渡る。


危険を察知し「危ない!」と避難したオームラは傷を負わなかったが、その爆発付近にいた兵は巻き込まれて重症を負う。


その大きな音に、何事かと飛び込んできた諸将や騎士達に、オクトーバー伯爵は優雅に一礼をした。


「我はオクトーバー伯爵。

手違いでこちらに連れてこられたが、ダニエル殿にお会いしたい」


オクトーバー伯の顔を知っている者は、彼を見て驚き、敬礼する。


そして、彼らはヒソヒソと言い交わす。


「敵中に単身来られたのか?

なんと大胆な」


「さすがは東の独眼竜。

その度胸は驚嘆に値するな。

ダニエル様とどんな話になるんだ。

和平か戦か」


こんな話になればもはや伯を密かに殺す手立てはない。


傍らで、オームラは苦虫を潰したような顔で彼を睨みつけていた。


さて、改めて供を引き連れて、通された天幕では、ダニエルが諸将とともに待っていた。


「よく来られたと言いたいところですが、陛下の出された総無事令を無視して、東部の諸侯の所領を侵略した罪は重いですぞ。


さらに北部でのセプテンバー辺境伯の討伐を終えた我が軍に対して敵対行動をとったこと、他にも王を名乗るアレンビーという罪人を匿った嫌疑もあります。


なにか弁明がありますか?」


先輩の大諸侯であるオクトーバー伯爵へのダニエルの言葉は柔らかいが、その眼光は光っていた。


「いや、あい済まん。

所領の拡大だが、ダニエル殿が南部と西部はおろか、王都も北部も我が物とするのが眩しく見えてな。

それに比べれば俺の併合したものなどわずかなもの。寛大なダニエル殿ならば笑って許してくれるかと思ったのだが」


オクトーバー伯の皮肉いっぱいのふざけた言い分にダニエル配下は顔色を変えた。


私欲でなく、王国のための戦争だと言うダニエルの理屈を一笑に付すその言葉は完全に喧嘩を売るものだった。


「敵中に喧嘩を売りにくるとはいい度胸だ。

流石は天下に鳴り響く独眼竜。

その命を懸けた喧嘩、俺が買おう!」


気の短いオカダは剣を抜き、斬ろうとする構えを見せる。


「待て、俺は喧嘩を売りに来たのではない。

少数で丸腰の相手を斬殺するのが天下を手中にしているダニエル軍のやることか?」


そして伯爵が合図すると、後ろに控えていた供の中で、手を縛られていた男の頭巾が剝がされ、顔が露わになる。


それは王位を争ったアレンビーであった。

彼は手首を縛られ、口に猿轡をされている。


「これは俺からの手土産だ。

王都に連れて帰れば東部まで来た面子も立つだろう。


そして俺のこの罪人の服装を見れば、誰でも俺が屈していることは明らか。

この国を制覇した今、なんの為に更に戦を求める?

俺が言うものもなんだが、覇者としての器量を見せるところと思うぞ」


伯の弁明を聞き、ダニエルをはじめ諸侯達の顔から緊張感が消えていく。


「お待ちください。

領地の境で襲ってきた案件が残っております。

あれは明らかな敵対行為、うやむやとすべきではありませぬ」


和平へ漕ぎつけようとする伯爵の雄弁に対してオームラはなおも言い返す。


「あれは誤解だ。

俺が本気で戦をするならあんな中途半端なことはしない。

部下が先走ったまでのこと」


「伯爵様のお話し通りならば、領境の守将は先走って伯爵家を謀反に巻き込もうとした大罪人。

彼は討ち死にしましたが、その遺族達は処罰されているのですか。

まさか遺領の安堵や加増などはないでしょうな」


オームラは追い詰める。

この時に国境を任されるのであればその守将は伯爵への信頼厚い家臣。

それを切り捨てるのかと迫る。


一瞬、あっという顔をした伯爵だったが瞬時に立ち直り、明快に言い返す。


「言われるまでもない。

家の存亡に関わる愚挙をしでかした家臣に温情をかけるはずもない。

本人と嫡男は戦死しているが、残る男子は自裁、女子供は追放し、お家は取り潰しとすることと決めてある。

これで文句はあるまい」


「奴は指示や忠実に従っただけ。忠臣にその仕打ちはあまりにも・・」


後方の家臣から嘆く声が聞こえるような気がするが、今は危急存亡の時、あとで償えば良いと伯爵は割り切った。


「はっはっは、オクトーバー家では命を捧げた忠臣の扱いがそれですか?

騎士が命を賭けて戦働きをするのは自分の子孫のため、お家では誰も命を賭けて働くことは無くなりますな」


オームラは挑発するため、伯爵の言葉を嘲笑し、伯爵家の家臣は掴みかからんばかりにその顔を睨みつける。


一触即発の空気を変えたのはダニエルである。


「そこまでにしておけ。

オクトーバー伯爵は、こうして自らの非を認めて罪人の装いをされ、偽王子も捕えられた。

それ以上貶める必要はない。


もちろんこれまでの行動への罪は償ってもらうが、以後はこの国のために働いて貰えば良い」


「かたじけない」


もともと自分よりも下位のぽっと出のダニエルに頭を下げる伯爵の心情はわからない。


しかし戦争はなくなったが、その後のオクトーバー伯爵への処分は厳しいものがあった。


戦争により併合した近隣諸侯の領土は全て没収され、ダニエル軍への戦闘の責任をとって数名の重臣を自裁させられ、伯爵の子を人質を出すこととなる。


この条件を突き付けられたオクトーバー家中は騒然とし、一戦してダニエルと雌雄を決すべきとの声が起きるが、伯爵は断固として許さなかった。


「今戦えばオームラの思う壺、罠が張り巡らされている。

ここは頭を垂れて、時期を待つ。

ダニエル、いつまでも貴様に順風満帆な時ばかりと思うな!」


オクトーバー伯爵は家臣をなだめて一連の裁きを受け入れた後、一人になると歯噛みして王都の方を睨みつける。


オクトーバー家の恭順を持って、ダニエルの北方・東方遠征は終了した。


ダニエルの不在を好機と王都では王家や貴族が蠢いていると、留守居役のカケフやレイチェルから報告が来ている。


「さて、懐かしの我が家に戻るとするか」


ダニエル軍の将兵は全国制覇が成ったことに喜びの大きな歓声が上がっていたが、ダニエルにとっては目先の問題に対処していったらここに辿りついたという思いしかない。


知らぬ間に登ってきた山頂に立って次ににどちらに進むべきか、ダニエルは困惑していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る