オカダの城攻めとオクトーバー伯爵の動き
「伯爵様、とにかく兵を集めて現地に赴きましょう。
このままではダニエル軍は領境の城を攻略してそのままこちらに雪崩込んできます!」
カークラがそう進言すると、オクトーバー伯爵はじっくりと考える様子であった。
ダニエルへの心境を吐き出したことで落ち着いたようだ。
「急がねば落城に間に合わない可能性があります。
とりあえず手持ちの兵を援軍に送りましょう」
「いや、なまじ方針を固めずに援軍を送れば、敵は警戒して更に戦火が拡大するかもしれない。
あそこにはもともとセプテンバーからの侵略に備えて小さいけれど堅城を築いており、食糧や武器も備蓄してある。
あそこの守将を命じたウェインは機転は効かないが粘り強い男。
大軍相手でも10日や20日は持つだろう。
まずは兵を集めて和戦両睨みで行く。
北部戦線がどうなっているのかが鍵となろう。
レスター公の軍が引き上げ、北部が落ち着いたのか、損害を厭わずに間諜を入れて必ず報告させろ」
そこで一息入れた伯爵は思い出したように言う。
「あの男を引き出しておけよ。
担ぎ上げるか、贄とするか、いずれにしてもこの時のために飼っておいたのだ。役に立ってもらおう」
「畏まりました」
カークラが使者を連れて去っていくのを見ながら、伯爵は空に呟く。
「ダニエル、初めて会った時は成り上がりの若僧がと歯牙にもかけなかったものだが、それが俺を脅かすほどになるとはな。
貴様がどのくらい成長したのかを見せてもらうぞ」
その頃、ダニエル軍はオクトーバーの軍が立て籠もる城を力攻めしていた。
「押せー!
こんな小城、短時間で揉み潰せ!」
そう人が変わったように激を飛ばすのは、いつも力攻めを嫌い、理に適った戦術を使うオームラである。
「今回は力攻めとは珍しい。何か急ぐ事情があるのか?」
ダニエルは不思議がっていたが、信を置くオームラの采配に任せる。
それにたまには強攻戦をするのは配下の武将の心境にも叶い、文句は出ない。
オームラの腹の中を覗けば、このお互いに損害がない団塊で時間をかけて、オクトーバー伯爵から頭を下げられ和議を求められば、ダニエルは応じるかもしれず、伯爵家を潰すという己の構想は破綻する。
城まで落としてしまえばお互いに抜き差しならぬ状況となり、もはや全面的な戦にならざるを得ないと考えての犠牲を惜しまない強行策である。
「あの、いつも損害を減らせだの頭を使えだの言う男が先に攻めろと言っているんだ。
ここで我が部隊の強さをみせてやれ!」
先鋒を任されたオカダ軍は奮い立って攻め寄せる。
この人選も、本来であれば降伏したばかりのセプテンバーの諸将を使い、彼らの忠誠心を見つつ腹がわからぬ彼らの戦力を費やさせるのが常識のところを、時間を惜しんで精鋭のオカダ隊を投入する。
しかし、流石にオクトーバー伯爵が北の守りに築いただけあり、城に目立った弱点が見当たらない。
「オカダ様、正面や裏門から攻めても、こちらの犠牲が増えるばかり。いかがすべきでしょう」
1時間ほども力押しするが攻略の糸口が見えないため、前線の隊長から泣き言が入る。
「攻めて攻めまくれば相手も疲れて、突破口が見つかるだろう。
泣き言を言うには早すぎるぞ!」
オカダはそう叱りつける一方、自身の馬廻りを呼ぶ。
「貴様らに手柄のチャンスをくれてやる。
俺の守りはいいから、何としてもこの城の防衛線を突破して城内に入ってこい!」
決死隊を命じられた彼らは怯むどころか、意気揚々とそれぞれの郎党を連れて、突破口を探しに行く。
そして見つけたのは自然の谷を活かした急傾斜の空堀である。
ここは登ってこられないと思っているのか、敵兵は正面などの激戦区に回っているのかこの辺りには誰も見当たらない。
「ここを行くしかなさそうだな」
そういう強気な騎士に、慎重な朋輩は異を唱える。
「しかし、ここは粘土質で滑りやすい上、この底には竹槍が敷き詰めてある。
下り降りる時に足を滑らせれば串刺しぞ」
「行きたくない奴は来なくていいわ!
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
弱気なことを言っていて手柄をえられるか!」
真っ先に下り降りる騎士を追って、騎士や従者が次々と急傾斜の谷に身を投じる。
「ギャー!」
足を滑らせ、谷底で竹槍に刺される者が続出するが、その一方で慎重に下まで降りて、それから崖を登って城内を目指す者も次々と現れる。
「ワシが一番乗りじゃ!」
ついに崖を登りきり城に入り込んで名乗りを上げる騎士が出てきた。
彼は何やら様子がおかしいとやって来た敵兵を斬り殺し、追いついてきた従者を侍らせ突撃を開始する。
次々と登ってくる騎士とその郎党がその後に続くと、敵軍は一気に動揺し始めた。
「どこかが破られたようだ。
もう一度押し返せ!」
守将ウェインが叫ぶが、動揺した兵士はもはや指示を聞かない。
「敵は弱っているぞ!
今が攻め時。総掛かりじゃ!」
そして相手の動揺を感じたオカダはここがチャンスと大声で叫ぶ。
背後を気にしながらの防衛では、オカダ軍の猛攻を凌げない。
「もう駄目だ!
相手は猛勇なオカダ軍。
回りはダニエル軍が取り囲んでいる。
命あっての物種。俺たち末端の兵隊まで命は取るまい。
降伏しよう」
ついに兵が諦めだす。
「クソッ。もう駄目か。
伯爵様の期待に応えられず申し訳ない。
しかし少しでも抵抗して時間を稼ぐ。わしに付いて来い」
ウェインは正門が突破されたのを見て、側近の騎士を連れて本丸に引き上げるが、本丸はすぐに包囲された。
「指揮官の首を取れ!
そうすれば最大の手柄だぞ」
先に城に攻め込んだ馬廻りたちが押し寄せる。
その勢いは凄まじく、諦めたウェインは近臣に防がせている間に、火を掛けて自害した。
その炎と煙は最も近いオクトーバーの砦の兵の目に留まる。
「あれ、城が燃えているぞ。
少なくとも10日はもっと聞いていたが、どうなっている?
まさか落城はしていまいだろうが、一応見て来い」
砦の指揮官が指示を出して暫く経つと、物見が血相を変えて戻ってきた。
「大変です!
城は落とされ、ウェイン様は自害されたようです。
更にダニエル軍はその勢いで進軍する構えです」
「なんと!
想定より遥かに早い。
こんな砦ではとても防げない。
伯爵様にこの情勢を知らせて、我らは退却するぞ」
指揮官はオクトーバー伯爵の本拠ウラヌスに早馬を飛ばせる。
その知らせを受け取ったオクトーバー伯爵は蒼白となる。
「まだ動員が進んでいない。
東部での戦闘が終わり、一度帰したのが裏目に出てしまった。
ウラヌスで籠城するか、一旦ウラヌスを捨てて、後方に下がりそこで兵を集めてから決戦を行うか。
カークラ、どう思う?」
伯爵は苦渋の表情で腹心のカークラの意見を徴する。
「ウラヌスは堅城、みすみす敵に渡す必要はありません。
ここで敵を防ぎ、各地からの軍を召集してから反撃に出ましょう。
敵は北部からの転戦。攻城する準備はないでしょう」
カークラは籠城を説いた。
しかし、オクトーバー伯は必ずしも賛同する顔色ではない。
「籠城は外の援軍が絶対に必要だ。
しかし、エーリス国でダニエルと戦う気概のある諸侯はもういない。
東部の中でどこまで俺に与する領主が集まるのか、ダニエルに付く奴らが多く現れるのではないか」
そう言われるとカークラも自信はないが、彼は思うところを言う。
「とは言え、もはや領内を侵略され、城も落とされた今、和睦ということは難しいと思います。
そもそもダニエルがこちらに何らの交渉もせずにいきなり攻めてきたということはオクトーバー家を滅ぼすつもりであることは明らか。
今更和を乞うなど恥をかくだけであり、腹を決めて戦うべきだと愚考いたします」
「それは一理ある。
とは言え、俺は勝ち目のない戦はしないこととしている。
そしてダニエルがそんな陰謀を行う男とは思えないのだ」
そして伯爵はしばらく独りにしろと言って、部屋に閉じこもる。
その間に城の失陥とウェインの死を知った家臣は城に集まり、ヒソヒソと密談を交わす。
伯爵がいない場とあって、本音が出る。
「ダニエル軍はあの堅城を1日で陥落させ、ここウラヌスを目指して進撃していると聞くぞ」
「数万の軍と聞くが、こちらは数千がやっと。
とても相手にならん」
「猛将オカダや賢将バース、謀将ネルソン、調略の名人ヒデヨシなど多士済済。ダニエル自身も負けたことのない名将。
伯爵様はどうされるつもりじゃ」
中には強気な発言をする者もいる。
「ダニエル何するものぞ!
奴らが攻めてきたのなら散々な目に合わせて、オクトーバー軍の精強さを示してやればよいわ」
しかし、その発言を空威張りとみて誰も相手にしない。
カークラはそんな彼らを見て、
(東部地域では無敵だったのが、中央からの軍というだけでこれほど浮き足立つとは。
確かに主君の言われる通り、これでは寝返りすらもあるかもしれない)
と暗澹たる気持ちとなる。
数時間が経過し、家臣達の話も尽きた頃、大広間の上段のドアが開き、オクトーバー伯爵がその唯一残る目に涙を浮かべて入ってきた。
「伯爵様、どうされますか?
和議ですか、戦ですか?」
「我が領内を荒らすダニエルなど許すべきではない。
伯爵様、戦いましょう!」
嵐のように様々な声が上がり、伯爵が何を言うのかを皆が一斉に見つめる。
「聞け!
俺は勝つ為に戦をするのであり、意地のために戦い、家臣に犬死にをさせるなどということはしない。
今の状況はあまりにも我らに不利。
いくら武勇に優れたお前達でも勝利を得るのは至難であろう。
臥薪嘗胆というが、ここは地べたに這いつくばっても和を結び、時節を待つしかない。
悔しいだろうが、耐えてくれ」
伯爵の言葉に対して、家臣からは安堵の溜息と悔しさへの歯噛みの声が溢れる。
「伯爵様!
我らの働きが足りず、このような屈辱を味わっていただくこととなり、申し訳ありませぬ」
重臣一同の詫びの言葉を、カークラは腹の中で嘲笑う。
(よく言う。
お前達が一番に気にするのは自家の存続だろうが)
しかし、表面上、君臣の仲の良さを演出するのは重要なこと。
ましてこの中にダニエルに内通する者がいるかもしれない今は尚更だ。
君臣調和のセレモニーを終えたオクトーバー伯爵はカークラを連れて自室に戻る。
「それで伯爵様、和議成立の目処は立っているのですか?」
カークラの問いに、伯爵は難しい顔をする。
「正直わからん。
しかし、ダニエルの配下には多くの降伏してきた諸侯がいる。
ここで、本来なら格上の俺が辞を低くして和を乞うのに、奴がそれを蹴飛ばせば他の諸侯に明日は我が身かと思わせる。
周囲の同情を買うことが必要だ。
そして、あとはダニエルの資質だ。
奴は元々騎士団の騎士、降参して腹を見せている相手の心臓をえぐるようなことはできまい」
そこで一呼吸をおいて、陰惨な笑みを浮かべる。
「生まれながらに諸侯の嫡子である俺ならば、降参など関係なく利にならない相手は殺すがな。
そういう教育をされ、肉親すらも信じられないのが諸侯という者だ」
捕らわれた父を敵ごと射ち殺し、裏切った弟を謀殺し、それを厭った母は実家に帰るなど肉親に恵まれない伯爵は自嘲気味にそう言い、言葉もないカークラに更に話を続ける。
「ダニエルのところには数名の馬廻りだけを連れて俺自身が行く。
サシで話さねば、こんな話はうまくいく訳はない。
それでも半々の確率と踏んでおり、もし俺がそのまま捕らえられたり、殺されたりすれば、お前は我が子を担いで抗戦せよ。
あれだけ家臣に情を見せたのだ。
奴らもその仇討となれば立ち上がらざるを得まい。
その時はとことんまでダニエルを苦しめ、名を挙げてから亡命せよ」
カークラはオクトーバー伯爵の命がけの交渉に当然随行するつもりだったが、そう言われては残らざるを得ない。
主君の幸運を祈りつつ、留守居役としての勤めを果たすことを約束した。
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