オームラの深謀と独眼竜ことオクトーバー伯爵の苦悩

東に向かって進むダニエル軍の本陣に、前方の捜索からの報告を受けたヒデヨシが来て、オクトーバー軍が武装して陣を張っていることを告げる。


「やはりオームラの言う通り、レズリー公との戦闘に介入するつもりだったのか。

オクトーバー伯爵め、惣無事令に反して東部で諸侯を潰して勢力を伸ばすのに飽き足らず、一気にオレと騎士団を倒してこの国を狙っているのか」


「向こうがその気ならばそれに乗るまで。

望み通りにどちらが上か戦場で決着をつけてやろう」


ダニエルと家臣達は唸るとともに、俄然戦気を纏う。


ヒデヨシはその軍が少数であったことや城を拠点とした守勢であったことは告げず、誤解させたままとしておいた。


戦支度を整えるダニエル以下の諸将を横目で見ながら、ヒデヨシはオームラに近寄る。


「こんな感じでよろしかったかな」


「何のことでしょう?

それよりも頼んでいたことはやって頂けましたか」


ヒデヨシの問いかけには惚けて、オームラは逆に聞き返す。


「言われたとおりにこちらを伺っていたオクトーバーの間諜は見つけ次第殺すか追いはらいましたよ。

目を潰された彼らは我が軍がどこにいるのかわかっておりますまい。


そして何も知らぬ少数のオクトーバー軍を、ダニエル様には敵と思わせ、そこに襲い掛かる、そして怒ったオクトーバー伯爵が本軍を率いて来るところを決戦し、殲滅するのですか」


興味津々にそう尋ねるヒデヨシに、無愛想にオームラは言う。


「わかっていれば聞く必要はないでしょう。

セプテンバー辺境伯は潰れて、残る大諸侯はオクトーバー伯爵のみ。

かの方は狡猾にしてしぶとい。

不利な状況で正面からは戦は挑まないでしょう。

そしてダニエル様は陰謀を嫌う方。

面倒でもこちらで準備を整えねばなりません」


そこで話は終わりと支度にかかるオームラの背後からヒデヨシは声をかけた。


「しかし、ダニエル様の覇業にまだ大きな障害が残っていますぞ。

あれはどうなさるのですか?」


「気づいていましたか。

まあ、あれに思い入れが無ければ気づくか。

あの男もわかっているようだしな」


そう呟くとオームラは、こちらを密かに窺っているネルソンの方をチラリと見る。


「多くの人が出入りしているここではまずい。

少し離れますか」


小用に出ると告げて、オームラはヒデヨシと陣を離れたところに行く。


「それで騎士団様に対しては、今後どうされるつもりじゃ」

ヒデヨシは待ちかねたように聞いた。


『様』と付けたのは今回の北部征伐に当たって、ダニエルから騎士団への応援として、その偵察や陽動、補給などの任務を任され、さんざん苦労したヒデヨシによる騎士団への皮肉である。


「騎士団の方々は戦闘するだけが己のお仕事、そこまでの段取りをつけるのは下々がやるべきことで、うまくいって当たり前と思っておられる。


天の時、地の利、人の和という条件を揃えて、有利な位置で戦端を開ければあとは目先の敵と戦うだけ。そりゃあ楽なものだ。


そして、十分な食糧の供給も、敵のいない安全な道や宿の確保も、それを下賤な我らに怒鳴れば整うと思っておられるのだからな。


騎士団様の御用をやらせてもらうと、ダニエル様が儂らのことを大事にしてくれていることがよーくわかりましたわ」


ヒデヨシの愚痴に、オームラはニコリともせずに答える。

「ダニエル様は騎士団長の下で補給などの裏方の仕事や行軍の計画づくりもされていたそうだからな、

そのあたりの苦労はわかっておられる」


「敵地を探り、安全な宿泊地を準備したり、周囲の商人たちから食糧を集める。そんな簡単にできることではありません。

ダニエル様は儂らの苦労をよく労り、恩賞も与えてくださる。

それをお前たちの仕事だろう、もっと十分な食糧や飼い葉を持って来いと騎士団の騎士に怒鳴られ、殴られそうになった時は、もう放っておいて逃げるか、誰がこんな仕事を与えたのかと思いましたよ」


「散々苦労をかけたな。

ヒデヨシ殿達の苦労は私もよくわかっているとも。

ところで騎士団の扱いだったな」


この遠征計画と役割分担を立てたオームラにもヒデヨシの憤懣が回ってきそうで、彼は話を変える。


「できれば騎士団とレスター公の軍と潰し合ってくれるのが最善だ。

オクトーバー伯爵を倒した後の目障りなものは王宮と騎士団だ。

そこがなくなればダニエル様の覇権は完成する」


オームラの構想は王国への反逆そのものだが、ヒデヨシは驚かない。


「そうでしょうな。

しかしダニエル様はそのお気持ちはなさそうですが、それはよろしいので」


「そうだな。

ダニエル様は今のところ王に取って代わる気はなく、また騎士団出身の上、騎士団長を父とも兄とも思っておられる。

騎士団長との太い繋がりはこれまではダニエル様の大きなメリットであったが、今や桎梏となっている。

私は、ダニエル様がこの国を取るためには騎士団こそが逆に最大の問題とすら考えている。


そして、ヒデヨシ殿の質問であるダニエルさまの気持ちだが、気にする必要はない。

ダニエル様はもともと大望を持って計画的に動いてきた方ではない。

その場その場で生き残るために戦ってこられた方だ。

ならば今回もそういう場となれば、家族や家臣、領民のためダニエル様は戦われるはずだ」


「それはダニエル様を欺くということですか」


珍しく長舌弁を振るうオームラに対してヒデヨシは淡々と聞き返す。


「人聞きの悪いことを言われるな。

主のためであれば主の意思に反しても行うことが真の忠臣の行いだと私は信じる」


オームラはわるびれることなくそう嘯いた。

この態度は私心がない故かと、人の何倍もの欲望を持つヒデヨシは考える。


まあいい、自分と部下の働きを認めない騎士団など滅んでくれるのが望ましいとヒデヨシはオームラに引き続き協力することとする。


「儂らがやることはないですか?」


「少し考えていることがある。

騎士団とレスター公、どちらも相手の実力をよく知っていてこのままでは衝突しない可能性が高い。

ハチスカ党の腕利きにそれぞれの兵の格好をさせて夜間でも襲撃させてみてもらえないか。

薪は乾いているはず。少しの火でも燃えるのではないか」


「オームラ殿は大悪党ですな。

しかしいいでしょう。

夜に矢を射かけて火をつけて大声て騒ぐぐらいなら軽いものです。

まずはレスター軍の格好で騎士団を襲わせますか。

そのまま頭に血を上らせて敵軍に走っていきそうだ」


ヒデヨシはニヤニヤしながらそう言って、走り去った。

オームラが無表情にそれを見送っていると、ダニエルが呼んでいると護衛隊長のクリスがやって来る。


「あれはヒデヨシ殿。

何か重要なお話でもされていましたか」


「いや、ダニエル様にはますます頑張ってもらわねばと雑談していました」


この男、ダニエルの為ならは水火も辞さない乳兄弟にダニエルを騙そうとしていることを聞かれればその場で斬られるかもしれない。

オームラは少し冷や汗をかきながらダニエルの下に向かった。


その少し前、オクトーバー伯爵は宿敵ともいうべきカレドニア伯爵に大勝し、その首級を眺めていた。


「ようやくこいつを倒せた。

これで東部の覇権は俺のもの。

これから中央に打って出る基盤ができた」


その一つしかない目はギラついている。


「しかし、王政府からは名分なき私闘は止めよと何度も使者が来ていました。

今はダニエル卿と騎士団が北部討伐に出ておりますが、北部の戦争が終われば叱責の使者が、いや命令違反の追討すら考えられますぞ」

腹心のカークラが口を出す。


伯爵はいい気分に水をさされて、不快げに彼を見た。


「数では少数とはいえ、セプテンバー辺境伯も武門の名門。

奴らを討伐するにはかなりの時間もかかろう。

しかも背後のレスター公と結んだとも聞く。

かの軍神が出てくれば勝敗すらどうなるか。

もし混戦となれば、我が家に応援要請が来るかも知れない。

そうなれば、この私戦のことなど誰も気にしなくなる」


伯爵の楽観的な言葉にカークラは渋い顔を崩さない。


「北部に放った諜報員からの連絡がありません。

一応警戒も兼ねて、様子を伺うため部隊を北部との国境に置いてあるのですが、そちらからも音沙汰がなくどうなっているのやら」


「状況が混乱しているのかもしれん。

こちらの戦いを控えて人がおらず、国境に出した指揮官は言われたことをやるだけしか能のない男だ。

機敏な情報収集は期待できない。

よし、一度帰って状況を整理しよう」


敵兵の追跡などの戦後処理を終えて、一旦帰城したオクトーバー伯爵に驚愕の知らせが入る。


それは騎士団に入っていた一族の騎士からの書簡であった。

その中には、騎士団とダニエル軍がセプテンバー軍を打ち破ったことが記され、今後レスター公と決戦する予定だと誇らしげに記されている。


彼は一族の長に自らの功績を示すために送ってきたようであったが、北部の情報から遮断されていた伯爵には青天の霹靂であった。


「こんなに早く決着がつくとは。

セプテンバーめ、何が武門の名門だ、恥を知れ!」


八つ当たりする伯爵に対してカークラは冷静に助言する。


「まだレスター公との戦が残っています。

今のうちにその加勢に赴けばその功績で勝取った所領を認めてもらえるかもしれません」


「そうだな。

うまくすれば軍神との戦の時に背後を突けばダニエルを葬れる可能性もある。

急ぎレスター公と連絡を取れ!」


なおも貪欲に利益を追い求める伯爵をカークラは諌める。


「伯爵様、ここは危ない橋を渡るべきではないと考えます。

おとなしくダニエル殿の応援に参りましょう」


「馬鹿な!

ここでダニエルに屈すれば俺はずっと奴の下につくことになる。

俺は大諸侯の嫡男、奴より遥かに家柄もよく、能力でも奴の上を行っている。

あいつにあるのは幸運だけだ。

ここが奴に逆転する最後のチャンスなんだ!」


主君の悲痛な叫びにカークラは声が出ない。

ダニエルの躍進を表面では気にしない素振りであったが、内心ではそこまでダニエルを意識していたのか。

同年代の諸侯として、そして天下を狙う者として、ダニエルには負けられないというオクトーバー伯爵の気持ちが痛いほどわかったが、それでも言わねばならないとカークラが口を開こうとした時、急使が飛び込んできた。


「伯爵様!

北部に置いていた部隊がダニエル軍と交戦。敗勢となって城に立て籠っていますが、圧倒的な戦力差の前に陥落は時間の問題。

直ちに救援をお願いします!」


「奴はレスター公とあらそっているのでは無かったのか!

何故こちらに向かっている?

そして間諜どもは何をしていたのだ!」


疲労で倒れんばかりの使者を睨みつけ、大声で怒鳴りつけるオクトーバー伯爵に対して、カークラも直ちに言うべき言葉が思い浮かばなかった。

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