チャールズの判断とオームラの放つ次の一手

ネルソンは南部軍を立て直し、サナーダの城は付城を築いて一部の兵で監視し、大部分は進軍を開始させた。


その手腕はさすがは歴戦の武将であると周りを唸らせたが、彼の真骨頂はそこにはない。


ネルソンはめぼしい敵もいない中、進軍する南部軍をオカダ配下のメイ家やジャニアリー家の重臣に任せ、自らはヒデヨシからの情報に基づき、子飼いの少数の兵とともに密かに迂回して、北部の国境に赴く。


その際には謹慎中のチャールズの身柄をノーマに頼んで貰い受け、自身に同行させた。


「ネルソン卿、私に何をさせるのだ?

己の失態で大敗を喫し、父から叱責された私に付いても何もいいことはないぞ」


チャールズはそう自嘲する。

これまで長子として後継者の最有力候補としてちやほやと人が寄ってきていたものが、一度の敗戦で一気に敬遠されて、人心の脆さに気づいたようだ。


ノーマのもとで謹慎していたチャールズに今まで通りに接するのはノーマと妹のヴィクトリアのみ。

後は腫れ物を触るかのように遠巻きにされていた。


「ギャンブルでは私は穴狙いなのですよ。

本命に賭けるなど賭け事の楽しみがわかっていない。


まあ、チャールズ殿を穴馬呼ばわりするのは失礼でしょうが、しばらく私にお付き合いください」


あちこちに放った諜者からの報告が届けられる。


「どうやらシロー殿は北のレスリー公のところに真っ直ぐに逃亡されるようだが、王子とキタバタケ卿は国内にとどまるつもりのようだな。


王からは国内で王党派を育てろと言われているのだろう、哀れな。

さて、二手に分かれたうちのどちらを追うべきですか?」


試すように問いかけるネルソンにチャールズは即答する。


「それは王子に決まっているだろう。今度の出兵は偽王子の追討が名目。

それを果たさなければ凱旋はできぬ」


「その通りです。

さすがはレイチェル様が手塩にかけて育てただけありますな。

では、王子を捕えて名誉を回復いたしますか。

これから急ぎますので遅れないように」


ネルソンは少数の手勢とともに、猛烈なスピードで山中を駆け始めた。

無論、馬などはなく、ひたすら二本の足で歩く。


これまで大身の子息として馬での移動がほとんどであったチャールズには試練であったが、誰もが自分のことで精一杯な中、遅れればここで放置されるだけであろう。


(クソッ、こんなところで死ねるか!)

自分の代わりなど何人もいると誰もが思っていることは今回の失態でよくわかった。


ネルソンも付いてこれなければそれまでと思っているのであろう、チャールズを気にする素振りもない。


若さと体力と意地で必死に付いていくとやがて山頂に出た。


「よく付いてこられましたな。

まあ、お父上は西部での撤退戦でこれ以上の険しい山道を負傷者を背負い、自分が先頭に立って敵と戦っておられましたがな」


ネルソンの口ぶりは、この若造、まだまだ精進が足らんなと言わんばかりであった。


チャールズは肩で息をしながら、その言葉を唇を噛んで聞く。


「まあいいでしょう。

ここまで急いだので相手より先回りをしています。

あとは物陰に潜んで、王子たちが来ればそれを襲います。

チャールズ殿は離れたところで見ておいてください」


やがて身分高そうな少年と公卿らしい男を囲んで、十名程度の騎士が進んできた。

窪地に来たときに、公卿らしき男が「少し休憩しよう」と言う。

少年は鎧が重いのか、座り込んでゼイゼイと荒い息を吐いている。


「よし、行け!」

ネルソンの合図で隠れていた配下が一斉に矢を放つ。

矢を受けてバタバタと数名の騎士が倒れる。


「敵だ、王子を守れ!」


公卿の指示で少年の周りを騎士が囲む。


ネルソンは悠々と姿を表し、部下に包囲させた。


「私はダニエルの家臣、ネルソンと申します。

キタバタケ卿ですな。

申し訳ありませんが、私の手柄のためにここで捕まっていただきます」


「王陛下のため、先に逝った息子のためにも、儂は生き延びるぞ!」


キタバタケは持っていた短刀をネルソンに投げつける。

相手を公家だと侮っていたネルソンが一瞬怯んだ隙に、キタバタケは少年の手を取り、囲みの一角を目かけて走る。


キタバタケ配下の残る騎士たちはその場に残り、追撃を阻もうとするが、ネルソンは部下を二手に分けて直ちに後を追わせる。


残った騎士を全滅させて、しばらく待つと追跡隊は二人を連れて戻ってきた。

キタバタケ卿は観念したのか口を閉じているが、王子は「助けて!殺さないで!」と叫んでいた。


「さて、チャールズ様、この二人を如何にいたしますか。

お下知に従いましょう」


ネルソンはまた試すかのように悪戯っぽくチャールズを見る。


「うっ」

普通であればこのまま父ダニエルの下に送れば良いはず。

それをあえて聞くということは…


「ここで斬れ。

いや、自害を手伝って差し上げろ」


「何だと!もはや捕虜となっておるのじゃぞ。

儂はともかく幼い王子を殺すというのか。

王都に送って、王政府での裁判を受けさせよ!」


その絶叫が終わらぬうちに騎士がキタバタケ卿を縛り上げて、自らの手で喉を突いたような形で短剣で喉を刺して彼を殺す。


「嫌だ!殺さないで!」

それを見て震える王子をチャールズは見つめて言う。


「こいつはこのジジイが殺したという形としろ。

ジジイの剣でこいつの胸を刺せ!」


少し躊躇して顔を見合わせていたが、一人の騎士がキタバタケ卿の剣を取る。


暴れる王子を一人が押さえつけて、二人がかりで胸を刺す。

ぐったりした王子とキタバタケ卿の遺体を見ながら、ネルソンは尋ねる。


「さて、このような指示を出された理由を伺いましょうか?」


「とぼけたことを。

父のところに捕虜として連れていけばもはや公の場。殺すわけにいかずに王都に送られる。

王は彼らをなんとしても助けようとし、また機会あれば王党派を集める為に使うだろう。

ここで自害したことにして禍根を断つのが最善だ」


「よく出来ました」

ネルソンは生徒を褒める教師のように言う。


「では、ダニエル様のところに行きますか。

この首があれば先日の敗戦の汚点も消えるでしょう」


そう言うネルソンをチャールズは胡散臭いものを見るように睨む。


「ネルソン殿、これは借りだ。

将来、何らかの形で返すことを約束しよう」


「もちろん、利息付きでお願いしますぞ」


チャールズとネルソンが王子とキタバタケ卿の首を持ってダニエルの下にたどり着いた時、ダニエル軍は隣国の大領主レスター公と睨み合っていた。


「どういう状況だ?」

ネルソンはヒデヨシを見つけて尋ねる。


「何、亡命しようとするシローを追撃していたら、一足先に逃げ込まれてその出迎えに来たレスター公の軍と鉢合わせをしたのよ。

今、ここで開戦をするのかどうか軍議しているところだ」


奥の天幕の中では大きな声が響いている。

二人はその中に入った。


「これは絶好の機会。

宿敵ともいうべきトーラス国の主力を打ち破れば、以後、北からの侵略を気に留める必要はなくなる。

幸い兵力はこちらが上であり、レスター公は敵に背中を見せないことを信条としている。

ここで戦わずして騎士と言えるか!」


騎士団のレズリー第一隊長はそう主張する。

周囲の隊長もオカダやバースなどの騎士団上がりの将軍もその言葉に頷く。


もちろんダニエルもその一員だ。

一方、その傍に控えるオームラは苦い顔をしている。


(オームラは開戦に反対か。

しかしこのままでは騎士団に押し切られる。

では助け舟を出してやるか)


ネルソンはそう思い、オームラに近づき囁く。


「王子とキタバタケ卿の首を持ってきた。

その話を明らかにして、この議論を中断させればどうだ?」


「それは名案。恩に着ますぞ。

報告に当たっては東に急いで逃げようとしていたと強調してくだされ」


そしてオームラは大声で叫ぶ。


「ここのネルソン殿が朝敵の偽王子とキタバタケ卿の首を持ってきたとのこと。

このことは急ぎ王宮に伝え、王陛下達の胸襟を安んじねばならない。

詳細の報告をお願いしたい。

ダニエル様、皆様、よろしいですな」


せっかくこのまま開戦にという勢いを削がれ、ダニエルも騎士団の隊長達も苦い顔をするが、その言葉に理があるので反対はできない。


「では、私から話をさせていただきます。

ダニエル様のご長子チャールズ殿の指揮の下で四方から逃亡の情報を募ったところ、東の方角に慌てて走っていった一団がいると聞き、それを追跡いたしました。


神のご加護か、幸いにも追いつくことができました。

チャールズ殿は、幼い子もいる、なんとしても生きて捕えよと言われたので、抵抗しなければ傷つけないことを伝えながら、彼らに止まって尋問を受けるように話しかけたのですが、いきなり相手方の騎士たちが斬り掛かってきました。


しばらく戦いが続きましたが、こちらが優勢になったのを見ると、観念したのか突然公卿らしき男が少年の胸を刺し、返す刀で自らの喉を突きました。

やむを得ず首を取って持参した次第です。


この戦果は指揮官であるチャールズ殿の見事な采配のお陰だと、このネルソン感服いたしました」


そしてネルソンはチャールズを天幕に呼び込み、袋から二人の首を取り出してテーブルに置く。


「なんと無惨な!

キタバタケ卿は諦めの悪い方。

その方が自害、それも幼い王子を道連れにしてなど考えられん。

ネルソンと言ったか、貴様、お二人を殺害したな!」


そう叫んだのは副団長のサミュエルである。


「何を根拠にそんな馬鹿げたことを言われる。

そして彼らは偽王子とそれを担ぐ謀反人。

それをよく考えて発言されたい」


ネルソンが副団長を馬鹿にするかのように話す。


騎士団はいきり立った。

ネルソンなど陪臣であるダニエルの家臣であり、おまけに他国から来たどこの馬の骨とも知れぬ者。

それが栄光ある騎士団の副団長を見下すような発言をするとは!


立ち上がり、既に手を剣にかけている者もいる。

しかし、ダニエル側はネルソンの発言をいつものこととして、しらっとしており、応戦する様子もない。

それを見た騎士団長が静まれ!と一喝すると、やむを得ず騎士団も席につく。


ダニエルはそれを見て、チャールズを呼び寄せて大声で尋ねた。


「先程のネルソンの言葉に嘘偽りは無いとお前は保証できるか。

父の目を見て答えよ!」


「はい、神に誓って事実です」

チャールズは真っ直ぐに父の顔を見て、胸を張って答える。


その言葉を聞こえなかったかのようにダニエルはチャールズを厳しい表情で見つめ続ける。


沈黙がしばらく続く。


「ダニエル、もういい。

その若者の言うことを信じてやれ。

オレはお前が言ったことを疑ったことがなかったぞ」


騎士団長の助け舟で場は収まった。

ダニエルはなおもチャールズに何か言いたげであったが、オームラがその前に発言する。


「ことの真偽も定まったところで、今後の動きに提案があります。

まずはこの首を王宮に届けて朝敵を討伐したことを報告すること。


それと彼らが東に向かったことには理由があります。

おそらくは、この朝敵討伐軍に参加しなかったオクトーバー伯爵が彼らを迎えようとしていたのでしょう。

ネルソン殿、東から兵の来る音を聞こえませんでしたか?」


「よくわかったな。

言うことを忘れていたが、東から数十名の騎士が馬を走らせる音が聞こえて、急いで逃げ出してきた」


ネルソンが話を合わせる。


「やはり。

オクトーバー伯爵がこの討伐軍への参加の呼びかけにはっきりした返事をしなかったのは、我らとセプテンバー軍の戦闘を横から突き、漁夫の利を得んとしたのでしょう。


その際に王子を担いでいれば大義名分もある。


それが予想以上に早く決着がついたため、当てが外れたところ、今度はレスター公との睨み合い。

これで争ってくれればと虎視眈々と狙っているでしょう」


理路整然としたオームラの話は諸将を納得させた。


「一理ある。

あの独眼竜、貪欲で有名だからな。

一気に国を呑み込む機会と口を開けて待っているか。

オレの部隊が先鋒を勤めよう。

小汚い相手に負けたことの雪辱戦をしてやろう!」


そう言ったのはオカダである。

負傷もおおかた癒えて、再び戦に参加している。


「いーや、負けた男は黙っていろ。

独眼竜ならば相手にとって不足なし。

我ら騎士団で蹴散らしてやろう」


レズリー隊長が威勢よく言うと、両者は立ち上がって睨み合う。


一触触発の空気の中、そこに淡々とした声が聞こえた。


「お待ち下さい。

この目前にはレスター公の兵が隙を伺っています。

全軍で転戦すれば背後を突いてくることは確実。

少なくとも彼らに対抗できるだけの軍は残らねばなりません」


「それはもっとも。

では誰が残る?

残った者はあの軍神と戦うという栄誉と危険を担えるぞ!」


ダニエルがそう言うと、みな黙り込んだ。

軍神と独眼竜、どちらと戦うべきかと考えたのだ。


「ダニエル、お前たちでは軍神は荷が重かろう。

ここは騎士団が受け持ってやる。

お前たちは東に向かうが良い」


騎士団長がそう決断し、その一言で決まった。

ダニエル軍の諸将は、当然のように騎士団を上に置くその発言に反感も抱いたが、トップのダニエルが、頭を下げて礼を言うのを見ると沈黙するしかない。


(計算通り)

転戦するために天幕を去るダニエル軍の幹部の中で、オームラは内心ほくそ笑んでいた。












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