披露宴(親族編)

 妹のアリスとその婚約者のバート子爵が前方にいるのを見つけ、ダニエルは話しても不快になるだけなので、そのまま別のテーブルへ回ろうとするが、立ちふさがるように前に立つ。


「ダニエル、あなたの結婚式なんか来たくなかったけど、父さんに言われて、来てあげたわ。


 花嫁のジーナさんはどうしたの?早速愛想を尽かされたの。

ポール兄さんに酷いことして、いい気味だわ!」


 いきなりの正面口撃に、ダニエルは

(陛下も臨席しているんだぞ。場を考えろ。家族も誰も止めないのかよ。) 

と思うが、父は離れたところで何か話をしており、母は薄笑いしながら見ている。


 アリスは続けて言う。

「まぁ、ジーナさんには気の毒だけど、もうアンタと結婚しちゃったしね。

私が、ジーナさんにこんな男だけど我慢するようにとりなしてあげようか。


 その代わり、今度の私達の結婚式と新居の費用を持ってよね。

 棚ぼたで領主に就任して、おまけに陛下のお気に入りにもなったんだから、このくらいは軽いでしょう。


 今後も親族として付き合ってあげるから、色々と援助してよ。」


バート子爵も口を揃えて頼み事をする。


「義理の兄弟になるわけですから、お義兄さんとして僕の官職なんかも上げるように働きかけをお願いしますね。

 王相談役なら色々と口を利けるでしょう。」


 外に家の恥を晒すのはと堪えていたダニエルだが、流石に堪忍袋の緒が切れた。


「アリス、お前と話すのも嫌だが、兄として最後に教えてやる。

 オレはもう5位下を持つ貴族の当主だ。そして、ここは陛下もおられる公式の場。


 お前は、宮廷作法も身に着けずにみっともないとオレのことをよくくさしていたよな。

 その宮廷作法では、無位無官の者がいきなり貴族の当主に名を呼び捨てにして、話かけて良かったのか?


 周りを見ろ。話す内容もだが、あまりの無作法に皆呆れているぞ。


 お前は、いつもオレとは赤の他人と言ってただろう。

今後もそのままでいい。いきなり兄妹面するな。気持ち悪い。」


そしてバート子爵の方を向く。


「バート子爵殿でしたか。

 妹の婚約が決まった後に、お会いして挨拶させて頂いたときの言葉はよく覚えていますよ。


 確かこう言われましたよね。


『私は、アリスから、兄はポール兄さんだけで、ダニエルという名前の男が兄と名乗るかもしれませんが、何の関係もないタカリなので無視してくださいと聞いている。従僕、タカリが帰るぞ。』


そして家から追い出され、以後顔を合わせても無視されてましたよね。


 何か言うことがありますか?」


 流石の厚顔無恥な二人も周囲から呆れ顔で見られ、口を閉ざす。


 そこに母方の伯父が口を出す。


「そう言うな。ダニエル。

 血は水よりも濃しという。困ったときや栄えたときに親族で分かち合わなくてどうする。」


ダニエルは冷たく伯父を見る。

「これは伯父さん。まさか来られているとは思いませんでしたよ。


 私が幼くして騎士団に入れられた時、休日にお宅に遊びに行くとき言われましたよね。


『ダニエルか。もうポールも無事に大きくなったし、スペアの価値も減ったので騎士団に行かされたのか。


 うちが付き合うのは、援助をくれるジャニアリー家を継ぐものだけだ。

まあ、腹が減っているなら裏口に回れ。親族の誼で飯ぐらいは食わせてやる。』


 伯父さんも飯ぐらいは食っていいので、それ以外に口を開かないでください。」


周りにいる母親や親族に言う。


「先程、先輩諸侯から家族や親族との付き合い方をご教示頂きましたよ。

 私は今のところそこまで考えていませんが、何か私から受け取りたいなら、その前にその価値があることを示してください。


 まず、今日の戦闘では誰も助けにも来なかったですね。

 今後も揉め事はあるでしょうから、その時に参戦ぐらいはしてから物を頼んでください。」


 しーんとしたジャニアリー家のテーブルを後にして、ヘブラリー家のテーブルに向かう。


 ヘブラリー前伯爵夫妻は、今日の戦闘を聞いた親族から祝福されていた。

「いい婿を貰って良かった。これなら領地をしっかり守ってもらえる。」

 

 ヘブラリー領は西から非友好的な隣国、北からエイプリル侯爵にしばしば攻め込まれ、領地を守れる、戦に強い領主を求めていた。


 親族や家臣・領民の声がそこまで強くなければ、娘に甘い夫妻は、ジーナの言うがままにポールを婿としていただろう。


 ヘブラリー夫妻は、その祝福の声に喜び半分という表情であった。


 ダニエルが予想以上に活躍し、名を売ったことはヘブラリー家の世評にも繋がる喜ばしいことであるが、反面、王のダニエルに対する異例な厚遇は王の駒として使うことを意味しており、領地のために将才を活かしてほしいヘブラリー家としては痛し痒しである。


 加えてジーナの頑なな婚姻拒絶、ヘブラリー兵の失態を考えると、なかなか頭が痛い。

 まずは、ジーナやヘブラリー家に怒っているであろうダニエルの機嫌を直し、どう取り込んでいったものかと言うのが、夫妻の腹の中である。


「お義父さん、お義母さん、無事に結婚式も叙爵も終わりました。

これからよろしくお願いします。」


 そこにダニエルが回ってきた。


(少なくとも結婚式は無事ではなかったがな。)

胸の中で呟きながら、前伯爵は言葉を返す。


「ダニエル君、いやもう当主だからダニエル殿か、朝から大変だったな。

君が王都で名を挙げ、我々も誇らしい。


また、ジーナのことやヘブラリー兵が援軍に行かずにすまなかった。

後ほどしっかり教育し直すので、許してくれ。」


「そのことで考えがあります。ちょうどマーチ侯爵もおられて都合がよい。

クリス、この付近から人払いをしてくれ。」


ダニエルと前伯爵夫妻、マーチ侯爵が近くに集まる。


「私としては最大限努力してきましたが、結婚式の様子を見ても、私とジーナさんが夫婦としてやっていくのはとても無理でしょう。」


「あの子をなんとか目を覚まさせるので、見捨てないで下さい!」

夫人が涙ながらに頼む。


「見捨てられているのは婿の私の方だと思いますよ。」

ダニエルは苦笑する。


「少なくとも私のことを殺そうととした女性とベットをともにするのは無理です。

 そこで提案ですが、私は当初、兄のポールとジーナさんの子供に跡は継がせないと言いましたが、それは撤回し、その子をヘブラリー家の跡取りとして下さい。


 私は3年間、ヘブラリー家の陣代として軍事をやりましょう。

 その3年の間に、ジーナさんの気に入る婿か、その子の結婚相手を見つけ、その後はその方なり後見人に家を見てもらって下さい。


お義父さんが暫く当主に復帰するのも有りと思います。

そうすれば、みな丸く収まるのではないですか?」


一見、ヘブラリー家とジーナにとっては悪くない話と思える。


(そうすればお腹の子はダニエルくんとジーナの子供として認めることもでき、醜聞も出ない。

 問題は、ジーナが気に入り、ダニエル君に遜色ない婿が現れるかだが・・・)

ヘブラリー前伯爵にも悩ましい話である。


マーチ侯爵も計算する。


(宰相を失脚させてくれて、ダニエルは予想以上に働いてくれた。

 しかし、思った以上に王がこいつを取り込んできているし、こいつもそれに乗り気なようだ。


 これ以上、駒として使うのが難しいなら、3年で新しい駒を見つけたほうが良いかもな。)


沈黙が続いた後、前伯爵が口火を切る。


「それではいいように利用した後に我々が追い出したようで、ダニエル君に申し訳ない。


 やはり、まずはジーナの心を入れ替えさせ、きちんと領主夫人になれるように努めてみる。それで上手くいかなければまた話し合おう。

今決めることでもあるまい。」


「そうですわ。私ももう一度必死になって再教育しますから、きっとジーナも改まるでしょう。」


「そうそう。ジーナは元々良い娘じゃ。

一時の気の迷いは若い頃にはあること。

結婚式も済み、頭が冷えれば現実が見えるじゃろう。」


夫人も侯爵も話を合わせる。


 しかし、ダニエルの提案を否定はしなかったことから、おそらくこの案が受け入れられたが、すぐに肯くのは世間体が悪いと言うことだろうとダニエルは思う。


(まあ、結婚式の日に離婚の話をするオレもオレだが。)

と自嘲するが、まだ話は終わっていない。


「では、そちらの話はまたジーナさんの様子を見ながら相談しましょう。


 ところで、私はヘブラリー伯爵家と別にジューン子爵家を父から分与されました。当然ですが、こちらはヘブラリー伯爵でなくなっても、私のものです。


 ジーナさんが領主夫人になれるかわからない以上、ジューン子爵家の女主人は別に立てる必要がありますので、そのことをご了承下さい。」


「ジーナが改心するまで、御母上にでも面倒を見てもらえばどうですか?

もともとの領地だし、よくご存知でしょう。」


ダニエルは先程の騒ぎもあり、少しカッとなり、声を荒げて言う。

「ご存知ないので仕方ありませんが、私は父を除く家族からいないもののように扱われていました。もう、兄は言うまでもなく、母や妹とも縁を切っています。


 こんなことは言いたくありませんが、私はジーナさんと上手くいくように努力してきたつもりです。

 一時、彼女が暖かく接してくれたときは、これで普通の夫婦になれるかと明るい気持ちになりました。

 それが全てポールと繋がり私を殺すためだったとは!!


 正直なところ、彼女が改心してくれる見込みは非常に乏しいと思っています。その乏しい見込みのために、ずっと私に我慢しておけと言われるのでしょうか?」


 そこまで言われると、前伯爵夫妻も返す言葉がない。

 全ては娘のジーナが悪く(勿論ポールに騙されたからだとは思っているが)、ダニエルは陰謀の露見後もギリギリまで譲歩してくれていた。


 マーチ侯爵もやむを得ないと思ったが、そうなると気になるのはジューン子爵家の実質的な妻に誰がなるのかだ。


そこに自分の息のかかった者の娘を押し込もうと思い、口を開く。


「ダニエルの言うこともわからんではない。

ならば罪滅ぼしに儂が子爵夫人に相応しい娘を紹介しよう。」


(このジジイは転んでもただでは起きないというやつだな。)

思いながら、ダニエルは答える。


「侯爵様のお手を煩わせるまでもありません。


 妙なことから縁ができたジュライ家のレイチェルさんがジューン領統治のお手伝いをしましょうかと申し出てくれたので、彼女にお願いするつもりです。


 今回のミラーとの戦闘でも、身の危険を顧みず助けに来てくれました。

縁を作って頂いた侯爵様に感謝しています。」


(あの小娘が!

 叔父との紛争でも、儂の思惑を外してダニエルをいいように使いよったが、また出し抜きよったのか!)


と思いつつも、ことここまで来ては、マーチ侯爵も後で思い知らせてやると考えながら、笑って済ますしかないが、最後に一言チクリと刺す。


「左様か。要らぬお世話だったようだな。

ダニエルも見かけによらず手が早いな。」


 結婚式の日に、愛妾を認めろと言われ、前伯爵夫妻も文句を言いたかったが、これまでのことを考えれば、そういう立場でもなく、黙っている。


 話は済んだと、ダニエルは挨拶をして、席を立つと同時に王に呼ばれる。

見ると王の近くに騎士団長や父もいる。


 何事かと近づくと、王が言う。


「やはり宰相とメイ侯爵は繋がっておった。

ジャニアリー領に進軍しているそうだ。

狼煙でジャニアリー伯爵に連絡が来たと。


ダニエル、騎士団と出かけ、撃退してこい。」


「何故私が?攻められているのはジャニアリー家ですよね。

無論援軍は出しますが。」


「ジャニアリー伯爵は子供のことで体調を崩しているそうだ。

お前の兄貴が軍を率いることができると思うか?


お前しかいない。行けダニエル!

領地を分与してもらったのだろう。親孝行と思え。


それと騎士団はヘンリーが率いる。

お前の指揮ぶりを見たいそうだぞ。」


王は悪戯っ子のように笑う。

団長の率いる騎士団が出れば、勝利は疑いないという信頼感が現れている。


(本気かよ!

 団長や騎士団のみんなが見ている前だと、よっぽど上手く戦わないと、ずっと笑いものにされるじゃねえか!

 ジャニアリー兵は弱兵だというのにどうしよう?)


 他人事からハードモードになり、ダニエルは顔を引き攣らせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る