披露宴模様(諸侯編)
ダニエルが王と騎士団長の後を追って、披露宴の会場である大広間に行くと、最前列のひな壇に案内される。
しかし、隣に座るべき新婦はおらず、出席者からはどうしたのか訝しがる声が囁かれるが、王の「始めろ!」という声で、披露宴は始める。
まず王が最初に話す。
「先程、ダニエル・ジャニアリーとジーナ・ヘブラリーの結婚式が無事に終わり、ダニエルはヘブラリー家の婿となった。
また、その後に余が叙爵し、ダニエルは、ヘブラリー伯爵及びジューン子爵で、5位下、騎士団参事兼王相談役となった。
諸侯諸卿よ。以後、ダニエルをよろしく引き立ててやってくれ。」
王の異例の挨拶といきなりの要職就任に、参列者から盛大な拍手、ざわめきが起こる。
5位下と言えば下位の侯爵や辺境伯並みであり、騎士団参事は国の軍事作戦へ関与できる。
極めつけは王相談役である。前例のない役職であるが、王との密接な関係を示すものだ。
「これは、まだ若いダニエル殿を自らの駒として使っていこうということか。」
「王と一心同体の騎士団長の秘蔵っ子というからな。
しかも都合のいいことに実家からは距離をおいているとの噂だ。」
「婿養子ならば婚家優先のはずだが、花嫁が来ていないところを見ると、婚家とも微妙だな。
ヘブラリー家も広場の戦闘では不様だったしな。あまり強くも出られまい。」
「王にしてみれば、名誉と若干の俸禄で、ジャニアリーとヘブラリーの兵を使えるんだ。厚遇もするだろう。」
「宰相が失脚して、次の宰相にはマーチ侯爵かと思ったが、孫娘や婿も制御できないんでは国の舵取りは難しいんじゃないか?」
各テーブルに集まった貴族達は噂話と臆測に精を出す。
ダニエルが主賓として挨拶する。
「本日はご多忙のところ、私共夫婦のためにご足労いただき、ありがとうございます。
わたくし、先ほどを持ってダニエル・ヘブラリーとなり、僭越ながら伯爵と子爵の両爵に加え、身に余る位官と官職を授かりました。
以後、お引き立ての程をよろしくおねがいします。
妻は婚礼の行列が襲撃されたショックで体調を崩しており、皆様にくれぐれもよろしくと申しておりました。
ささやかな宴ですが、お楽しみください。」
花嫁がこんな時に出席しないとはという囁きもあるが、こちらは王がバックにいる。
陰口は気にせず、ダニエルは、諸侯諸卿に顔を売り、また顔を覚えるため、順次高位貴族から挨拶に回る。
本来なら、新郎新婦で回るのが通例のところ、一人であるため、違和感が甚だしい。
まずは王族のテーブルで王と王妃、王弟の大公などに、続いて、パーマストン参議以下の宮廷の重臣に挨拶する。
如何にも腹に一物ありげで、ものを言いたそうだが、王が近くにいることから差し障りのない挨拶に終止する。
次に諸侯のテーブルに近づく。
この集団には、法衣貴族と違い、いかにも戦人の匂いがする。
今後は、彼らと肩を並べて付き合っていかなければならないと少し緊張しながら向かうと、集団の中、特に三人が話しているのが目立つ。
ここから挨拶を始めるかと、大声で談笑しているところに割って入る。
最初に先ほど娘を売り込んだセプテンバー辺境伯を見つけ、今後のご指導ご鞭撻をよろしくと言う。
セプテンバー辺境伯は、50歳ほどの禿頭でモミアゲを伸ばす眼光鋭い男である。エーリス国の最大の敵、トーラス国の最前線におり、毎年のように戦うがジリジリと領土を侵略し、大きな負けは喫したことがない。
通称、北方の虎。そこには強いという意味と、自国でも周辺領主の弱点を見つければ、容赦なく侵略するという貪欲さへの怖れが含まれている。
「この虎に近づくと喰われるぞ。」と言うのは、エイプリル侯爵である。
彼は40代後半か、薄い髪を纏め、口髭を生やす。
通称、西の蝮。
一介の騎士から戦の上手さと、主人を次々と謀殺して成り上がった。
西方の隣国ジェミナイとの戦では頼りになるが、何をするかわからない。
ヘブラリー伯の隣に位置し共闘相手でもあるが、隙をみては侵略を仕掛けてくると聞いている。
ダニエルにとっては最大の要注意人物になる。
更に横から口を出す若い男がいる。
「このオッサン達は放っておけ。
これからは、オレたち若者の時代だ!
ダニエル、俺より若い諸侯ができて嬉しいぞ。上手くやっていこうぜ。」
この男はオクトーバー伯爵。
通称、東の独眼竜。まだ30代前半と若い。
東の国キャンサーと隣接し、領土を削り取っているが、その拡大に手段を選ばない男だ。
先年は、王同士の停戦合意後に油断した敵に侵略を行い、激怒した王からの召喚に死装束で現れ、王の機嫌を直し、許しを得たという逸話を持つ。
この三人は騎士団でも三大悪諸侯として有名であり、ダニエルも顔だけは知っていた。
「ダニエルというのか。
諸侯になるなら王に尻尾を降ってたらダメだな。
信頼するのは己と己が見込んだ家臣のみ。
家族なんかは敵ぐらいに思え。」
「この虎は父親を追放し、息子を殺してるから、説得力があるわ。
さっき娘を売り込んでいただろう。
以前に妹を嫁がせたあと、そこの領主を殺して、領地を奪ったからな。
気をつけろよ。」
「蝮、お前は、何人主君を殺し、追放した?
主君の愛妾まで奪い取ったのだろう。
今の嫡男は、その主君の子供との噂だぞ。」
「ケッ。見苦しい争いだなあ。
オッサンらはろくな最期を迎えないな。」
「独眼竜、敵ごと父親を殺したお前が、人のことを言えるのか。
おまけに母親を追放して、弟を殺したよな。お前が一番酷いわ。」
三人の言い合いは、いつの間にかダニエルに向かう。
「このダニエルも、そういう点ではなかなかのものだぞ。
兄貴を半殺しにし、嫁は披露宴にも出さず、母親や妹とも縁を切ったらしいな。諸侯の資格がある。」
「なんと言っても、こいつは相手を罠にかけ、王都の広場を血と死体で埋め尽くした男だ。
オレたちの上を言ってる。」
「そろそろ二つ名も貰えるぞ。オレのオススメは餓狼とかじゃないか。
スペアの次男から肉親を蹴落とし、敵を謀略で血祭りに上げ、成り上がる。
狡猾で残忍な狼が良さそうだ。」
自分の情報網で取った情報に、自分ならこうするとダニエルの行動を当て嵌め、悪人に仕立て上げる三人。
ダニエルは、この悪党達が仲間のように言うことが心外であり、また外部からはこんなふうに見られているのかとショックを受けた。
(ここから早々に出なければ!)
「では、他も回らねばなりませんので。
今後、よろしくお願い致します。」
「ちょっと待て。」
西の蝮ことエイプリル侯爵が呼び止める。
「隣同士になるんだ。
ヘブラリー領に入ったら、一度ゆっくり時間を取って会談をしよう。
場所は領地の境にある正徳寺が良かろう。
楽しみにしているぞ。」
「わかりました。」
談笑時から一変し、噂通りの毒蛇のような眼光で睨みつけられ、ダニエルは頷くしかない。
ただの会談の筈がなく、伏兵を伏せて暗殺か、毒を飲ませるのか、替わりたての当主を狙って、何が仕掛けてくるだろう、ダニエルは憂鬱になる。
そこにポンと肩を叩かれる。
「やあダニエル、久しぶり。思いがけない出世だね。
でも願っていた一家を持てて良かったじゃない。」
騎士団で一緒だったアレクサンダー・アレンビーである。
騎士団で修業中に、領地近くで隣国と大戦があり、近隣の多くの領主や嫡男が亡くなった。アレクサンダーもそれで父と兄を亡くし、子爵家を継いだ筈だ。
「アレク、ありがとう。
色々あって、そんなに目出度くもないんだがね。
お前は、狙っていたアイラと結ばれてそうで、良かったな。」
「まあ、領主家業はなかなか大変だけど、アイラが支えてくれるからね。
しかし、子爵や男爵はまだ規模も小さいし、権力闘争に巻き込まれることもあまりないけど、ヘブラリー伯爵ぐらいになると、宮廷やさっきの怖い方々との付き合いもあるし、気が休まらないねぇ。」
騎士団で苦楽を共にした仲間らしく、ハッキリと言ってくれる。
「オレもお前と同じで、大諸侯になるような教育も受けていないの。
精々、親父に分けてもらったジューン子爵領の面倒を見るのが関の山だ。
伯爵家は軍事以外は家臣団に丸投げしかないと思う。
いずれにせよ、先輩領主として色々教えてくれ。」
「また日を改めて、騎士団出身の領主の同期会でもやろうか。
他にも何人か、ボクと同じで家族を亡くし、騎士団を辞めて当主を継いでいるよ。」
そして、口を耳元に近づけて囁く。
「騎士団仲間から聞いたけど、先程の戦闘でダニエルを助けに来た貴族の令嬢がいるんだってね。
この婚礼の様子を見ると、ヘブラリー家の花嫁とは最初から上手く行ってないようだけど、領主の仕事は妻と二人三脚じゃないと難しい。
婿養子だから大変だろうが、花嫁とやり直すか、その令嬢と上手くやるか、なんとか頑張って。
愚痴くらいならいつでも聞くから。」
「ありがとう。アレク。」
ダニエルは、アレクサンダーとの話で少し気が持ち直したが、向こう側に妹とその婚約者が待ち構えているのを見て、ゲッソリする。
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