なんとか結婚、そして痛い叙爵
ダニエルは、礼拝堂近くの部屋を借り、血まみれのチェーンメイルなどを脱ぎ捨て、婚礼用の衣装に着替える。
クリスが来て報告する。
「司祭様は、寄進を受け取られ、きちんと結婚してもらうのが私の仕事です、お任せくださいと言われていました。」
「よし、それなら大丈夫だろう。
ジーナが当たり前に挙式してくれれば問題無いのだが。」
着替えを手伝いながらクリスが尋ねる。
「先程は、何故ジーナ様へあんな提案をされたのですか?
命まで狙われたこれまでの仕打ちを考えれば、夫婦としてやっていくなどありえないと思います。」
「普通はそう思うだろうな。
理由は二つある。
一つは、オレの立場は所詮は入婿。
ヘブラリー家を継ぐのであれば、家付娘のジーナと協力せざるを得ないことから、家の為に少しでも妥協するつもりはないか、下手に出て様子を見てみたのだ。
ジーナの反応は予想通りだったがな。」
「ダニエル様は波風立てたくない方ですからね。
しかし、よくそこまで我慢できるものです。
私には無理です。」
「オレだけのことなら、こんなことは言わないさ。
さっきの戦闘ではっきりわかったが、オレの為に生死を賭けてくれる奴らがいるんだ。コイツラに少しでもいい目を見せてやらないと思うと、我慢もできる。
そしてもう一つの理由は、ヘブラリー伯爵夫妻に対してオレの最大限の誠意を見せようとした。
ここまで譲歩した以上、あとは好きにさせてもらうつもりだ。」
「好きにするとは?ジーナ様を幽閉して実権を握るとかですか?」
「そんなことできるか!だいたいオレは平和主義者だぞ。
オレのアイデアは、ジーナにもいい話だと思うぞ。」
そこに司祭から準備が整ったと連絡が来て、ダニエルは礼拝堂に向かう。
礼拝堂に入ると、まず司祭に「よろしくおねがいします。」と頭を下げる。
多額の寄付の効果か、司祭は「お任せあれ。」と心強い返事をしてくれる。
見渡すと、既に両親や妹などポール以外の家族がいたが、ダニエルは父に「出席いただき、ありがとうございます。」と声をかけた以外は視線も向けない。
父の伯爵は、ポールの件を聞いてから目に見えて憔悴している。
(親父は大丈夫か?なんだかんだと長男の兄貴を可愛がっていたからな。
しかし、このあとメイ侯爵との戦闘も待っているぞ。)
ダニエルにとって、メイ侯爵が攻めているのは本家であるため、この争いは本家の話であり、精々お手伝いする程度と考えている。
そのうちに、新婦の装いをしたジーナと両親、祖父のマーチ侯爵などヘブラリー家親族がやってきた。
ジーナは涙の跡を隠すためか随分と化粧が厚い。
(やれやれ、なんとかここまでは来てくれたか。
この後も大人しくしていてくれるといいのだが、あの女は理解し難い思考回路だから、油断できん。)
次に、見届人として、王や騎士団長、重臣たちが入ってくる。
「皆様、お揃いですな。では始めます。」
司祭が結婚式を開始する。
ダニエルとジーナは司祭の前に立つ。
「ダニエル・ジャニアリー、汝はジーナ・ヘブラリーを愛し、妻とすることを誓うか?」
「誓います。」
ダニエルにとっては叙爵までの手続きのようなものである。
「ジーナ・ヘブラリー、汝はダニエル・ジャニアリーを愛し、夫とすることを誓うか?」
ここで、誓いますと言ってくれれば、それで片がつく。
しかし、ジーナは何も言わない。
参列者が訝りだす頃、囁くような声で「神の前で、私は嘘をつけません。」
と言う。
幸い、その言葉はダニエルと司祭にしか聞こえず、参列者はジーナが何かを言ったことしかわかないだろう。
ダニエルが司祭を見ると、司祭は頷き、大きな声で言う。
「誓いはなされた。神の名により二人の婚姻を認める。」
ジーナはそれを聞き、絶望した顔で司祭を見る。
そして、大声で「何を・・」と言いかけるところを、ダニエルは身体を引き寄せ、唇を合わせ、口を防ぐ。
そのまま、首に手を回している素振りで、頸動脈を圧迫し失神させる。
「つい、気持ちが急いで口吻をしてしまいました。
ジーナは興奮のあまりか、気を失ったようなので別室で休ませます。」
と参列者に断り、ヘブラリー伯爵にジーナを託す。
その際に、小声で
「気がついたら騒ぎ出すと思うので、披露宴には出さずに別室で休ませておいてください。」と言う。
ヘブラリー伯爵は頷き、供の者へ指示する。
王が司祭に代わり、前に立つと大声で呼びかける。
「時間が惜しい。このまま、叙爵するぞ。
ダニエル、前に来い。」
ダニエルが王の前に罷り出でる。
「剣を取れ。そして誓いの言葉を。」
「我ら領主、一人一人は弱くとも、皆の力を束ねれば強さは必定。
最も強き王に力を集め、強き力として、我らの誇りを守らん。」
「ダニエル・ヘブラリー、ヘブラリー伯爵の継承及びジュライ子爵として認め、我が名において、5位下・騎士団参事・王相談役に任じる。
忠勤に励め。」
「承知致しました。
王と国のため、粉骨砕身いたします。」
ダニエルは答えながら、聞いていた話より、役職に王相談役が増えていることに驚いた。
こんな役職は聞いたことがないが、王がダニエルをいいように使おうとしていることを感じる。
この後は、王が叙爵者の手を包むように握り、儀式は終わりだ。
「ダニエル、いつもなら手を握って終わりだが、こんな事件が有ったあとにそれでは勿体無い。
騎士団では騎士叙勲の時には、忘れないように叙勲者がぶん殴るらしいな。今回はそれでいこう。」
えっ、ダニエルは、騎士叙勲で団長に力任せに殴られ、三日間寝込んだことを思い出した。
「陛下にそんなことは恐れ多い。普通で結構です。」
「遠慮はいらん。今後は腹心となってもらうからな。」
騎士団長も横で言う。
「ダニエル、名誉なことだ。是非陛下に一発殴ってもらえ。」
(このオヤジは、いらんことを言うな!)
ダニエルはそれ以上の抗弁もできず、やる気いっぱいの王から思い切り殴られ、ぶっ倒れる。
「陛下、いいパンチでしたな。
ダニエルもこれで叙爵のことは生涯忘れないでしょう。」
「そうだろう。
よし、次は披露宴だ。
今日の事件の解決も祝い、飲むぞ!」
騎士団長と王の上機嫌の声を聞きながら、ダニエルはクリスに助け起こされ、青痣をつけながら大広間に向かう。
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