婚約者への最後の説得

 ダニエルはまず両家の親に会うために貴族が集まっている大広間に急ぐ。

マーチ侯爵が付いてきて話しかける。


「ダニエルよ。ジーナは供人が死傷して混乱しているようだ。

式は延期してはどうか。」


ダニエルは内心激怒する。

(このジジイ、宰相が失脚してオレは用無しと思ったか!

そうはいくか!)


「何があったかを両家にお話しして決めましょう。」


「何があったと言うのか!」


 ジーナの大荒れの様子から、ろくなことではないと思い、マーチ侯爵は脅すように大声を出すが、ダニエルは動じることはない。


(オレのために部下が何人も死んだのに、今更、馬鹿女のワガママでひっくり返されてたまるか!)


 大広間では、諸侯・貴族にようやく騒乱の情報が入り、多数の敵に打ち勝ったダニエルが称賛され、実家のジャニアリー家と婚家のヘブラリー家は羨ましがられていた。


 そこにダニエルが登場し、皆喝采する。


「噂に違わぬ武勇だな。3倍の敵を打ち負かすとは!」

「うちもこんな婿が欲しい!」


 諸侯は戦で強くなければ家臣はついてこないが、ダニエルは勝ってその資格を示した。


 ダニエルは、今まで貰ったことのない称賛の声に戸惑いながら、父とヘブラリー伯夫妻に話しかける。


「王から、場所を用意しているので早く結婚式の準備をするように命じられました。

 ジーナさんは何処にいますか。すぐに準備をしてもらわないといけません。」


ヘブラリー伯夫人が困った顔で話す。


「ジーナは、襲撃されたことがショックだったようでまだ出て来られないのよ。今日の結婚式は延期にできないかしら?」


一方、ヒソヒソと声がする。

「助けてもらった婚約者が出迎えないとはどういうことだ?」

「仲が良くないという噂は本当だったのね。」

「別室からは、結婚なんてしないという泣き声が聞こえたそうだが。」


横から声がかけられる。

「何やらもめている様ですが、ヘブラリー家でダニエル殿を婿にしたくないなら、我が家の娘は如何ですか?

 うちの娘は戦ってきた夫を出迎えもしないということはありませんぞ。」


国境沿いの大領主であるセプテンバー辺境伯である。

他にも年頃の娘を持つ諸侯が関心有りげにダニエル達を見ている。


 慌ててヘブラリー伯は答える。


「婿にしたくないなどとんでもない。

今頃になって横槍はやめていただきたい。」


「ヘブラリー家の供人は一瞬で倒されたとか。

援兵も少なかったようですし、尚武の家という噂とはかけ離れていますな。

ダニエルくんには勿体ないのではないですか。」


他の諸侯から笑いものにされ、ヘブラリー伯爵の顔が真っ赤になる。


「部屋を移しましょう。」


 ダニエルは大勢の前でできる話ではないと、宮廷の侍女に頼んで、両家の親族と小部屋に移る。


ダニエルが話す前に、いきなり母が怒鳴りつける。


「ダニエル、お前はポールになんという仕打ちをしたのですか!

あの子は可哀想に大怪我をさせられ、あれでは当分、人前に出られないでしょう。お前みたいにいくら怪我をしてもいいスペアとは違うのよ!」


ダニエルは喚き立てる母を冷たく一瞥して、クリスに言う。

「クリス、この関係のない伯爵夫人を外に出してくれ。」


「母親に何ということを言うの。だからお前は・・・」


「産んでもらったかもしれないが、母親らしいことは何一つしてもらっていないし、母と思わない。

 お互い関わらないところで生きていきましょう。」


クリスが伯爵夫人付きの侍女を呼び、無理やり外に出す。

父はため息をつくも何も口出ししなかった。


「邪魔が入りましたが、まずはこれを御覧下さい。」

ダニエルは話しながら、ミラー男爵が持っていた手紙を見せる。


みるみる両家の顔色が悪くなる。


「これはミラー男爵の家を探したときに偶然見つけたものです。

陛下には話していませんが、中を見れば、宰相の陰謀に両家も加担したものとして、処罰されるのではありませんか?」


 確かにその内容は、ポールとジーナが、宰相の影響の下に、駆落ちやダニエルの殺害を図り、宮廷を混乱させようとするものであり、王が見れば激怒することは必定である。


 両家にとって、既に落ち着いていたと思っていたのに、未だに二人が想い合い、親に逆らって駆落ちまで考えていたことは衝撃だった。


(物語なら美談なのだが、貴族社会では愚かとしか言いようがない・・・)


 ヘブラリー伯爵夫妻には、ようやく娘が実らない恋を諦めて、無事に相続ができると思っていたところだったのでショックが大きい。


 ジャニアリー伯爵にとっては、嫡子のポールが、宰相や紛争相手のメイ侯爵に利用され、擁立を図られていたことも驚きである。


(まともになったと思い、ポールに本家の家督を譲るつもりだったが、これではダメだな。命だけでも助けてやりたいが・・・)


 出来が悪くても我が子は可愛かったが、流石に家を危うくするのでは跡継ぎにできない。


 混乱する周りを他所に、ダニエルは話を続ける。


「付け加えるなら、襲撃の際、ジーナさんの救出に行った私に、ポールは襲いかかり、ジーナさんはポールを助けるために私を後ろから刺してきました。


クリスとイザベラが証人です。

このことは両家の外聞のために話していませんが。」


顔を苦々しく歪めたヘブラリー伯爵は問いかけた。

「それでダニエルくんは、我々に何を求めたいのかね?」


「特にありません。予定通りに結婚式と叙爵をしていただければ結構です。」


伯爵夫人が言う。

「私達もそうしたいのだけど、ジーナが頑として言うことを聞かないの。」


「多少キツいやり方になりますが、私が説得すれば、言うことを聞いてくれると思います。」


「わかった。ただ、私たち夫妻もそこに入れてくれ。

手間をかけさせて申し訳ない。」

伯爵夫妻は頭を下げる。


ダニエルは部屋を出る前に父に話しかける。


「父上、さっきジャニアリー伯爵夫人に話した通り、今後は父上以外は家族と認めない。

 特にポールは、今度オレの前に姿を見せたら殺してやるから、そう伝えてください。」


「わかった。

ポールは館に軟禁しており、帰ったら何らかの処罰を与える。

お前とは叙爵が済んだら、また話をしよう。」


ジャニアリー伯爵は苦渋に満ちた顔で言葉を返す。


 ダニエルは侍女に案内され、ジーナのいる部屋に入る。

室内には、ダニエルとジーナ、伯爵夫妻の他はクリスとイザベラが控えているだけである。


ジーナはもう涙も尽きたのか、ベットに座り、黙って宙を見ている。


ダニエルが話し始める。


「ジーナ、あなたには残念だろうが、オレは無事だったよ。

それで話があるので、聞いてくれ。


 オレを殺そうと企んだことは不問にするから、これからは普通に妻として振る舞ってくれないか。

 ずっととは言わない。一人子供を産んでくれれば、後は愛人を囲おうが好きにして良い。


 そうしてくれれば、あなたも、お腹にいるポールとの子供も当初の約束通りに扱おう。」


「誰がアナタなんかと、暫くだけでも夫婦になれるものですか!

よくもポール様にあんな仕打ちをしたわね。

殺してやりたい!」


ダニエルはそれを聞いても怒ることなく、話を続ける。


「オレがあなたに何をした? 


 返事がなくとも話しかけ、機嫌を取り、プレゼントをしてきただろう。

一方的に嫌われた挙げ句に殺されかけたオレの方が色々と言いたいんだがな。


まあいい。


 ならば第二案として、結婚式を挙げるのだけでも協力しろ。

その後は、形式以外はお互いに関わらずに生きればいい。

ポールとは会えないと思うがな。」


「嫌よ。神の前での神聖な結婚式に、そんな嘘をつくのはゴメンよ!

私が結婚式を挙げるのはポール様とだけよ。」


「やれやれ。どこまで白昼夢を見ているんだ。

ならば、やむを得ないな。


 アンタが宰相の陰謀に加担し、オレを殺そうとしたことを陛下に申し上げる。証拠もあるぞ。この手紙だ。


 そうすれば、アンタもお腹の子供もポールも死罪で、ヘブラリー家はお取り潰しだ。

 それでいいんだな。」


伯爵夫人は真っ青になって、ジーナに言う。


「ジーナ、よく分別して、ダニエルさんの言うことを聞いて。

今や我が家の命運はダニエルさんに握られているのよ。」


伯爵も同様の言葉をかける。


ジーナは涙ながらの母の訴えに動揺を隠しきれないが、まだ折れない。


「家を人質にしたり、私の手紙なんて隠し持ってどこまで卑怯なの。

騎士物語なら、アナタは絶対に最後に処刑される役だわよ。」


「残念ながら、ここは物語ではないんでね。

それで時間がない。YESかNOかで答えてくれ。」


「YESよ!

 結婚式だけは付き合ってあげるから、ポール様と私の子供と、家に手を出さないで!」


「わかった。少しはマトモなところがあって良かった。


 但し、一言言わせてくれ。


 アンタとポールの愚行のせいで、ヘブラリー家の家臣は多数死傷し、家の評判は地に落ちた。オマケにあの広場では敵味方合わせて100人以上が死に、血の海となったぞ。


'ポール様'しか頭にないアンタには関係ないかもしれないが。」


 言い捨てると、ダニエルは、伯爵夫妻にすぐに式の用意をして、礼拝堂に向かうよう伝える。


 自分も用意の為に礼拝堂に向かいながら、クリスに命じる。


「あの様子では式が順調に進むかわからんな。

クリス、オレの持参してきた金を司祭に渡し、何があっても結婚を成立させるよう頼んでおいてくれ。」


「わかりました。いざとなれば脅してでも言うことを聞かせます。」


「よし、行け!ここが山場だ!」








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