宰相の失脚

 ダニエルが宮廷に現れると、すぐに騎士団長が駆け寄り、「無事だったか。」と嬉しそうに声をかける。


 「ダニエル、その姿を見ればいかに大変だったか分かるが、何があったか教えてくれ。」と王に言われ、ダニエルが自分の姿を見ると返り血で染まっている。


「これは見苦しい姿で参り、申し訳ございません。着替えて参ります。」


「良い。今は一刻を争う。すぐに国事の間に行くぞ。」


国事の間では、国務会議のメンバーが揃っていた。

ダニエルは淡々と起こったことを話す。


 王をはじめとする宮廷重臣は、傭兵団の襲撃までは頷きながら静かに聞いていたが、王命を騙り衛士が投入されたところで驚きの声が上がり、宰相と法務大臣への視線が厳しくなる。


 更に、南北区の衛士の増援、攻城兵器の持ち出しが語られるに至り、法務大臣は「私は何も知らない・・・」と顔を伏せ、呟く。


 最後は騎士団の友人が援軍に来てくれ、助かったということで締めくくる。

暫く誰も発言がなく、沈黙が続いたが、やがてマーチ侯爵が先制攻撃を仕掛ける。


「これだけ大規模に衛士を動かし、ダニエルの殺害だけを企んだとは思えません。

 おそらくはダニエルを斃したあとにそのまま宮廷に報告と称して入り込み、王と騎士団長、重臣を拘束・殺害し、王政府の権力を握るつもりだったのでしょう。場合によっては攻城兵器も使い、王城も破壊する気でしたか?

 そうではありませんか、宰相閣下。」


「何を根拠にそんなことを。

マーチ侯爵は白昼夢を見ておられるのではないか。国政に関わるより家で昼寝していた方が良かろう。」


 宰相も反撃するが、状況は不利と見た宰相派の貴族は目を逸らし、無関係を装う。


 宰相は前王の時代からこれまで十年以上にわたり国政を掌握し、冷徹な手腕を恐れられてきた。何か不審な事件があると宰相が裏で糸を引いていると噂され、実力以上の虚像ができていた。


 今までは敵を恐れさせていたその虚像により、今は、逆に宰相ならそれくらいの陰謀は企むだろうと敵味方とも思うような状況に陥っていた。


「騎士団は私がいなくても非常時には出動するぞ。衛士なぞ蹴散らしてくれる。

 ひょっとして、騎士団との戦いに備えて、親しい諸侯の軍を動かしているのてはなかろうな。縁戚のメイ侯爵など怪しいのではないか?


 メイ侯爵の軍勢が王都を目指すならジャニアリー領を通るはず。

ダニエル、実家から何か聞いていないか?」


 騎士団長の問いかけに、ダニエルは、メイ侯爵の軍が集まっている様子があることを話す。


 しかし、内心では、

(妙なことになってきた。

 オレの知っている限り、そんな大陰謀ではなく、オレを殺し、王とマーチ侯爵の勢威を失墜させるぐらいの狙いだったはずだが?)と訝しがっていた。


 ダニエルは、クリスを通じて、ミラー男爵の保管していた各方面の手紙を入手していたのでこの事件の真相をほぼ掴んでいた。


(まあ、宰相やメイ侯爵が誤解され、苦境に立つのはいいことだ。ここは余計なことを言わずに静観だな。)


 ダニエルの答えを聞き、出席者が頷く中、王が話を纏める。


「さすがだな宰相。

 余がだんだん傀儡から脱し、自分の主張をするようになると早速クーデターで、王の差し替えを狙ったか。


 それも結婚式で重臣が一同に会するところを一網打尽する計画、更に攻城兵器の用意、諸侯の軍の動員とは、敵ながら感心するぞ。


 正直なところ、精々ダニエルを貶め、余やマーチ侯爵の権威の失墜による宮廷での復権くらいが狙いかと思っていたが、宰相の器を見縊っていたわ。


 しかし、その大計画も、最初の切っ掛けのダニエルで躓くとは。こいつを過小評価していたのではないか?」


そして、騎士団長の方を向き、命じる。


「ヘンリー、宰相はまだ余裕がありそうだ。更に何か企んでいるかもしれない。宮廷や王都の警備につく衛士を全て拘束し、騎士団は戦闘態勢をとれ。


 また、メイ侯爵の軍勢の動きを探らせろ。

仮に王都に向け進軍しているようであれば、ジャニアリーの兵と協力して撃退せよ。」


更に宰相に話しかける。

「さて、宰相、何か申し開きはあるか?」


 宰相は、長年の政治経験で、動揺を見せず無表情であったが、内心はこの窮状に激しく動揺していた。


(ミラーの暴走が全て儂が裏で操っていることにされるとは!

 しかし、事件の表面を見れば、確かに王の言うことは説得力があり、皆が頷いている。

このままでは、大逆罪で一族根切り!)


 宰相には、この事態に陥ったのは悪夢を見ているような気分であった。


 (とにかく弁明しなければ。)


「王よ。私は何も存じません。

全てはミラー男爵が自分で考え、行ったこと。

しかし、奴を引き立てた責任を取り、隠居いたします。」


「宰相閣下、これまで多くの政敵を倒してこられましてが、そんな弁明で許したことなどないでしょう。


 最期くらい潔く白状すればいかがですか?

さすれば慈悲もあろうかというもの。」


 マーチ侯爵がここぞとばかりに攻めたてる。


「儂の仕業という証拠があるのか!」


「狡猾なあなたが明白な証拠を残すはずはないでしょう。

 しかし、この状況が全てを語っているのではありませんか。」


 水掛け論に飽きたのか、王はもう一人の参議のパーマストン卿に尋ねる。


「直接の元凶であるミラー男爵はもちろんだが、宰相や法務大臣も罪に問えると思うか?」


「王の言われる罪がどこまでか分かりませんが、失職など政治的なことであれば問題はありませんが、貴族に対して死罪などの刑事罰を行うには貴族院の許可が必要です。


 緊急の場合、国務会議か王の命で行なえますが、ミラーや法務大臣はともかく、宰相を処罰すると、後々宰相派が騒ぐでしょう。」


王は暫く考えて、決断する。

「貴族院で揉めるのも、国論が割れているように周辺諸国に見られ、面白くないな。

 やむを得ん、宰相よ、取引しよう。


 この件について貴様の罪は問わず、命を保証しよう。

その代わりに宰相の職を退き、永久蟄居を命じる。


また、相続は認めるが、公爵から伯爵に降格し、家禄は8割減とする。


 このあと、宮廷に参集している貴族・諸侯に対して、この件の責任を取り、本来なら死に値するが、王の慈悲を受け、宰相を辞任し、公爵位と家禄を返上すると述べよ。」


宰相にとって大きな屈辱だったが、家を残すためにやむを得ない。


「承知いたしました。」

(この屈辱は忘れん。必ず復讐してやる!)


パーマストン参議が提案する。

「陛下、宰相が良からぬことを考えないよう、自宅蟄居でなく、私の屋敷で預かりましょう。」


「確かにその方が良かろう。座敷牢に入れ、誰にも面会させるな。

検非違使に時々査察に行かせるからな。」


パーマストンは宰相に近づき小声で話す。


「宰相殿、派閥の貴族に、今後は私が旗頭になることを伝えて下さい。

彼らがどれだけ私の言うことを聞いてくれるかで、あなたの待遇が決まりますから。」


「貴様、傀儡のふりをして儂の後釜を狙っていたのか・・・」

宰相はもはや腹を立てる気力もなかった。


王は続けて命じる。

「検非違使長はいるか。ミラーと法務大臣以下の関係者は容赦なく調べろ。

拷問しても構わんので、事件の全貌を洗い出せ。」


王の命令にダニエルは口を挟む。

「ミラーは国外逃亡しようとするところを捕えてあります。」


「よくやった。

ダニエル、お前はもうここはいいので、結婚式の準備をしろ。

宮廷の礼拝所を使ってよい。司祭には話してある。


その後に叙爵するぞ。


 余も宰相以下の人事や諸侯への連絡で忙しいが、これだけの功績を上げたお前には直々に授けたい。」


「ありがたき幸せ。」

 ダニエルは答えながら、あの婚約者が素直に結婚すると思えず、どんな事態になるか頭を抱えたかった。



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