事件後のあちこちの模様

 ダニエルが宮廷に向かう頃、ミラー男爵は大急ぎで自宅に戻り、隠し金庫を漁っていた。


「ない!貯めておいた金も、これまでの陰謀の手紙もない!」


 ここを知っているのは自分だけのはずだが、執事のバビーは勘づいていたかもしれない。そして朝から姿を見ていない。


「あいつか!許さんぞ!」


 しかし、いつここに追っ手が来るかわからない。

 とりあえず少額だがあるだけの金をかき集め、服を庶民のものに着替えて屋敷をでる。

 まずは隣国に亡命し、その後、宰相と連絡を取り援助をもらい、復権を狙おうなどと考えながら、西門に行く。


「私だ。所用で門を通る。開けろ。」


 いつもなら直ぐに衛士が指示に従って行動するのだが、門の側で立哨している衛士は冷やかにミラーを見て、見張り塔内にいる同僚に呼びかける。


「ミラーが来たぞ!」

ミラーは、塔内から出てきた衛士に捕らえられ縛られる。


「何をする!私は衛士長だぞ。」


「そうでしたか。アンタのやったことのせいで仲間が何人死んだ?

王命と嘘をついて、私戦に巻き込みやがって!

せめてアンタを引き渡して皆の無罪を訴えてやる。」


「私を逃したら褒美をやろう!」


「今までアンタにどれだけ罵られ、殴られたことか。

今更何を言っても無駄だ。」


縛られたミラーを衛士達は殴る蹴ると暴行を加える。


「本当は殺してやりたいところだが、この仕業がアンタ一人の責任だと言ってもらう必要があるので生かしておいてやる!」


そこにミラーを探し求めて、カケフの部隊がやって来た。

衛士が集まっているのを見て、警戒するが、衛士達は縛り上げたミラーを前に出し、抵抗する気のないことを示す。


「我々はこいつに騙されただけです。反乱する気などありません。

何卒お慈悲を。」


「お前達の気持ちはわかった。俺には何の権限もないが、その言葉は伝えておく。」

カケフはそう言ってミラーを馬に括り付け、宮廷に向かう。


 広場では、オカダの指揮のもと、ダニエル軍の従士や兵が逃亡した兵を捜索するとともに、囚えた衛士に死傷者の運び出しや清掃をさせていた。


指示を終えると、オカダは味方の死傷者を見舞っていた。


「テーラーの親父、死んじまったか。

いい歳なのによく頑張ってくれた。

この親父の奮戦のおかげでファランクスは持ったと思うぞ。


 最期は騎士と相撃ちになったそうだな。

墓にキルスコアを記録しておいてやれよ。」


 テーラーの冥福を祈っている時に、仲間の騎士に大声で呼ばれる。


「オカダ、傭兵団長を見つけたぞ!」

 団長は建物の陰に身を潜ませ、追っ手から逃れていたが、捜索に慣れた騎士の眼は誤魔化せなかった。


「部下も全滅した。傭兵団は終わりだ。サッサと処刑しろ!」


「まあ待て。

見たところ、貴様は元は騎士だろう。

最期にオレと勝負しないか。お前だって一矢報いたいだろう。」


「確かにオレは名前は言えんが、某領主家の次男だ。

兄貴に追い出された後、苦労してようやく名の知られるようになった傭兵団を創り上げたのに、馬鹿な雇い主のせいで何もかも失くした。


聞いた時は楽な仕事と思ったが、あんたらの方が一枚上手だったな。


いいだろう。最期に騎士らしく勝負しよう。

地獄で部下に会ったときに自慢話の一つも欲しいしな。」


「よし、ならば好きな得物を持ってこい。

オレはこの槍で行くぞ!」


やり取りを聞いていた三人組の騎士から声がかかる。

「オカダ、お前は散々愉しんだだろう。俺らに譲れよ。」


しかし、オカダは聞く耳を持たない。

「遅れてくる奴が悪い。

今日はダニエル軍の仕切りなので黙ってみてろ!」


用意ができたところで名乗りを上げる。

「この国の最強の騎士、アキノリ・オカダが相手してやる。掛かってこい!」

「某家のジョン・ドゥだ。いくぞ!」


周囲から野次が飛ぶ。

「お前が最強の訳ないだろう。騎士団長にぶっ飛ばれるぞ!」


「オカダ負けろ!そしたら次はオレが出るからな。」


立会人の合図とともに、傭兵団長は片手の剣を投げつけ、同時に突進、もう一方の手に持つメイスでオカダの胴を殴りつける。


「死ね!」


オカダは投げられた剣を躱し、メイスの打撃を片手の分厚い装甲で防ぐ。

「渾身の一撃を片手で受け止めるだと!」


「すまんな。ちょっと実力が違いすぎたか。」


オカダはそのまま相手を蹴りつけ離れたタイミングで、防具の薄い喉を槍で貫く。


「もう終わりか。キルスコアを伸ばしただけだったな。」

言いながら相手に近づき、自分の甲冑に付けてある笹の葉を毟り、口に入れる。


「何だそれは?」


「オレが討ち取った騎士が分かるように目印だ。

最期に酒(ささ)を含ませて供養も兼ねている。」


「お前らしくもなく風流だねぇ。」


そんなやり取りをするオカダに後ろから声がかかる。


「機嫌良さそうじゃないか、オカダ。

ところでこの有様について説明してくれないか?」


「げっ!?アンタは騎士団副団長。何でこんなところへ?」


「団長に言われて、大急ぎで騎士どもを集めてやって来れば、死屍累々。

その中、得意気に騎士対決をやっているバカを見つけた訳だ。」


「途中でダニエルに会わなかったですか?」


「会ったとも。そうしたら、自分は陛下に説明に上がるため忙しい、お相手は現地のオカダに任せると言っていたぞ。」


(アイツ、逃げやがったな!)


 騎士団副団長は、団長が戦いしかしないため、それ以外の全ての仕事を任せられている切れ者だ。

 王政府との交渉、予算獲得、経理、人事、法規を差配し、いずれも漏れなくこなしているが、規則第一の厳格な対応の為、騎士達からは蛇蝎のように嫌われている。


 とりわけ細かい事を気にしないオカダとは極めて相性が悪く、オカダが騎士団からダニエルのところへ転籍したのはそれが一因である。

 そうは言っても、元上司のいうことなので、やむを得ず、ここであった事を簡単に説明する。


 聞いているうちに、副団長の顔がみるみる険しくなる。

「おい、そんなに準備していたのなら襲撃があると知ってたな。何故騎士団に事前に言わないんだ!

 この王都の戦闘に騎士団が間に合わなかったなど、大恥ではないか!!」


(知るか。何でオレが騎士団を離れたあとまで怒られるんだよ!)

オカダも気が短い。怒られてムカムカしてきた。


「オレは下っ端なんで解りません。副団長も、お前は脳まで筋肉かと言ってましたよね。

 ところで俺らが死にそうになって戦っている時、昼寝でもしてたんですか?

大恥とか言うならサッサと出撃すりゃ良かったでしょうが、あぁ!」


「お前には解らん政治の問題があったんだ!

ところであそこに立っている騎士団の旗は何だ?

誰の許可を得て掲げているんだ!」


副団長は目ざとく旗を見つけ、追及する。

こういう無断使用は副団長の最も嫌うところである。


 ニヤニヤしていた三人組の騎士は、これはマズイと副団長の後ろの騎士達に紛れ込む。


 オカダも、正直にジュライ家の令嬢の指示とは言えず、こうなったら全部ダニエルのせいにしておけと思った。


「全部ダニエルの指示です。

 アイツが最後不味くなったら騎士団の振りをするのに使えと言ってたんですよ。」


オーと背後の騎士達から感嘆の声が上がる。

「そこまで読んでたとは!」

「神算鬼謀か!」


 騎士の頭の殆どは戦いが占める。

如何なる手段を使おうが、3倍の兵力差を打ち勝ったダニエルは尊敬の的である。


(あれ、なんかみんな感心してるぞ。ちょっと吹きすぎたか?

ダニエル、怒るかもしれんな。)

オカダはこの件は黙っていることにする。


 副団長も騎士達の雰囲気を感じ、これ以上言っても仕方がないと思ったか、追及は止め、この機を活かし法務部との権力争いを優位にもっていこうとする。


「もういい。この件は後でダニエルから聞かせてもらう。


 それよりこれだけの衛士が武装蜂起したということは、王政府を転覆しようとする陰謀があり、法務部はその手先となっていると見るべきだろう。

 お前達、各衛士長を捕らえ、衛士の代わりに治安を守れ。」


 衛士が嫌いな騎士は喜々として四方に散る。


(けっ。後から来て権限争いかよ。つまらない事をしやがって。)

 オカダはもう後の始末は騎士団に任せ、死傷者の手当が済むと部下と酒屋に繰り出すことにした。


 さて、襲撃から暫く後、ヘブラリー屋敷は大騒動であった。

 ジーナ姫の行列が襲撃され、姫は馬車に乗ったまま行方不明、供人は全員が死傷、ダニエルとその供人のみが広場で戦っているという。


 待機している筈のヘブラリー兵は従士長トマソンを筆頭に酒を呑んで潰れて、いくら起こしても起きないため、クロマティ以下10名の兵のみが出動する。


 やがて、姫は無事に宮廷にたどり着いたという知らせに安堵するも、ヘブラリー家供人の死傷者達が屋敷に運ばれてきて、阿鼻叫喚の騒ぎとなる。


 そして広場の戦いは騎士団の援軍が来て、ダニエルの勝利に終わったことが知らされた頃、ようやくトマソン達は起き上がることができた。


 留守番役の家老のジョンソンが冷たく言う。

「伯爵様は、襲撃後直ぐにヘブラリー兵が援軍に行っていると思われていたぞ。それを酒を呑んで潰れているとは。


 しかも、ヘブラリーの供人は誰もろくに戦えず、ダニエル様の供人の奮戦ぶりと大違いだと見物人が口々に話している。

 精兵で鳴らしてきた主家のこの恥をどうするんだ!?」


「いや、あのくらいの酒、いつもなら何でもないのだが、身体が痺れて動かなかった。薬が入れられていたんだ!」


「言い訳はいらん。酒を飲むこと自体がおかしいと思わなかったか?

 また、ダニエル様の指示通り、供人にも武装させておけばこんなに死ななかったんじゃないか。

 この兵や侍女の傷ついた姿を見ろ!お前のせいだぞ!」


「死ねばいいのか。せめて家族に累が及ばないようにしてくれ。」


「貴様に指示された50名の兵はどうするんだ。勝手に死ぬのは無責任だろう。取りあえず地下牢に入り、伯爵様の命を待て。」


 トマソンは屋敷中の冷たい視線を浴びながら地下牢に入る。


 一方、王都を遠く離れたメイ侯爵領の境界近くでは、軍勢が知らせをまだかと待っていた。


「狼煙が見えました。」

「王都の襲撃は成功したようだ。早速侵攻しろ。」


 メイ侯爵は事前に決めてあった狼煙を見るとすぐに侵攻を命じた。

 これは、ダニエルがミラーの執事にやらせた偽情報だが、無論メイ家の誰もわからない。


 目指すはジャニアリー領の領都であり、そこでポールを当主に祭り上、そのまま領土を割譲させるのが目的である。


「しぶといジャニアリーから領地を奪えるとは千載一遇の好機。

馬鹿な嫡男で良かった。宰相に感謝だな。」


「侯爵様、くれぐれも無理をなさらずに。陰謀はどこかで破綻したらおしまいです。素早く手仕舞い出来るように考えてください。」


「もちろんだ。」


 メイ侯爵は、煩い家老を適当にあしらいながら、この好機に目が眩み、ポールにどこまで割譲させられるかで頭が一杯だった。

 

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